「全く、あの二人は…………」

──龍麻から御門への『おねだり攻撃』で、済し崩しに話が終わって、ミサや杏子も帰宅した約三十分後。

申し訳ないけど、時差ボケが治らないから帰るね、と席を立った龍麻と、そんな龍麻を労るようにしながら共に帰って行った京一を見送って、御門は、開いた白扇で口許を覆いつつ、溜息を零した。

「……まあ、龍麻は言い出したら聞かないからな。京一が言っていた通り」

彼の、愚痴めいた呟きに、如月は苦笑し。

「でも……余りにもこだわり過ぎてましたね。葉佩君という彼にも、彼を取り巻くことにも」

壬生は、何かを考え込むようになった。

「そいつも気にはなるが、それよりも」

だが村雨は、それ以外のことも、と劉に視線を送り。

「……何や? 村雨はん」

「…………なあ、劉。この五年間のあの二人のことに関しちゃ、お前が一番よく知ってるよな。……あの二人、何か遭ったんじゃねえのか?」

「何か……て、何や……? 別に、これと言って…………」

強い瞳でじっと見据えられた劉は、そろっとそっぽを向いた。

「ほー。そうかい。俺達に、白状するつもりはねえってかい。お前さんがそのつもりなら、言うぜ。都合のいいことに、『こんな面子』だしな」

彼のそんな態度に、少々カチンと来たのか、村雨は不敵な笑みを湛えて劉を追い詰める体勢を取って。

「言う、て……。な、何を?」

「……………………デキてるだろ、あの二人」

ボソ……っと、彼は『爆弾発言』をした。

「えっ? ……えっ? その、あの……うぇっ!?」

真っ正面から告げられ、劉は目を白黒させ、奇声を放ち。

「デキてる…………?」

「祇孔、それは、あの…………」

「下世話な意味での『一線を越えた』、ということですか? 村雨」

壬生は目を点にし、如月はピキリと顔を強張らせ、御門だけが、平然と発言を受け止めた。

「下世話な意味での一線以外に、どんな意味があるってんだ? デキてるに」

「……それもそうですね。…………さて。それは本当なんですか? 劉」

「知らんって! わいは何も知らんっ。知らんーーーーー! 京はんとアニキがデキとるとかデキとらんとか、わいが知っとる訳ないーーーーっ! 第一、京はんもアニキも男やんかっ!」

「男同士だろうが何だろうが、デキる時はデキるもんだ。…………あのな、劉。俺だって、無闇矢鱈に、先生と京一の旦那の、探られたくない腹探ろうと思って、こんなこと言い出した訳じゃねえんだぜ? あの二人が、唯惚れ合ってそういう関係になったにしちゃあ、ちょいと様子がおかしいと思ってな。だから、だ」

「村雨はん……。勘弁してぇな…………」

「いいや。駄目だ。──五年振りの再会だったが、俺には一目で判った。ああ、こいつ等の関係、変わりやがったな、ってよ。だが、それだけにしちゃ、どうにも腑に落ちねえ。京一の旦那は、先生のこと、何処か腫れ物みたいに扱ってやがるし、先生も、何処か旦那に遠慮してる節がある。そこへ来て、あの、到底信じられねえ『時差ボケ』発言だろう? 一年半も、義弟のお前さんにさえ連絡もしねえで行方晦ました挙げ句、だ。一年半前、一体あの二人に何が遭ったのか、気にならねえ方がおかしいってもんよ」

「…………確かに。──いい加減、白状したらどうです、劉」

思考を停止させてしまったらしい、壬生と如月の二人を捨て置き、村雨も御門も、劉を問い詰め。

「……………………………………そらな。わいも、隠し通せるとは思っとらんかったけど……。アニキや京はんに、絶対に言うなて、ごっつ口止めされたさかい……。……ほんっっまに! ホンマに、わいがこのこと喋ったって、京はんとアニキには内緒にしといてなっ! 男同士の約束やでっ!?」

幾度も幾度も溜息を付いて、がくりと肩を落とし、しょぼくれながら渋々、劉は、二〇〇三年初頭、中国広東省の、広州の街にて起こった出来事と、京一や龍麻から聞き及んだことを、皆へと話した。

「……どうして、今までそのことを黙っていたんですかっ」

「幾ら、先生や京一の旦那に口止めされたからって、聞けることと聞けねえことがあるだろうがっ!」

「そんな状態だと言うのに、あの二人……っ」

「劉。今白状しておいて、正解だったよ」

──話を聞き終え。

御門も村雨も、思考停止状態より復活した如月も壬生も、一つ年下の彼を盛大に責め始める。

「そやかて、仲間の皆には絶対に言うなて、アニキと京はんにー! あの二人に真顔で迫られてもうたら、わいかて素直に頷くしかないっちゅーねんっ! それに…………」

だから、自分は悪くない! と劉は細やかに反撃し、けれど言葉を濁した。

「それに? 何です?」

「そこいら辺の事情っちゅーんは、わいにも良う判らんのやけど……。……あんな。広州の一件で、アニキん中の黄龍の封印が緩んでしもうたことと、京はんとアニキの関係が、そないな風になったっちゅーことが、どないしたかて、あの二人の中の何処かで結び付いとる風やねん。何で、そないなことになるのか謎やけど。やから……御門はんに相談しよかて、思うとったこともあるんやけど……中々言い出せへんかったんや。二人して口揃えて、龍脈のおかしな所さえ避けとったら平気やって言い張るし、実際、アニキの様子は変わらへんかったし。わいかて、アニキや京はんの、無茶苦茶私的なこと、迂闊に言えへんし……。そやから…………」

「……判りました。その辺りのことは、二人にバレないように、私の方で調べてみましょう。ですが……厄介ですね」

一同から視線を外し、ボソボソと劉が呟いたそれを受け、御門は、厄介、と言った。

「厄介? 何がだ?」

「劉が話してくれたように、緋勇の中の黄龍の封印は、かなり不安定です。何かが起これば、簡単に封印の蓋は外れる。それを抑え込めているのは、彼自身の強い意志故でしょうが、蓬莱寺の存在も、深く関わっているのに間違いはないでしょう。実際、五年前のあの時、黄龍と入れ替わってしまった緋勇を引き戻したのは蓬莱寺ですし、あの頃から、彼等の結び付きは過ぎる程に固かった。……あの頃同様、今、黄龍の封印のバランスが崩れ切ったら、緋勇を引き戻せるのは、蓬莱寺唯一人の筈です。でも。二人の関係は、友愛ではなく、恋愛に変わってしまった。しかし。村雨、貴方の勘を信じるなら、彼等は、何の問題もない恋人同士、という訳ではなさそうです。もしかしたら、『関係』はあるけれども、恋人同士、ですらないのかも知れない。……だとしたら。黄龍の封印がそうであるように、『デキている』というあの二人のバランスが、危うい物でしかないなら、それが崩れた時、私達の誰の目にも明らかな程、如何なる意味に於いてかは兎も角、蓬莱寺京一という彼に対する想いの大きい緋勇の、精神のバランスも崩れる筈で、即ち、不安定な黄龍の封印の蓋も外れ、けれどその時、蓬莱寺の言葉を緋勇が素直に聞き入れるとは…………」

──何故、京一と龍麻の今を、『厄介』と例えたのか。

その理由を御門は語って、トン、と白扇にて机を叩き、芙蓉を呼んだ。

「芙蓉」

「……ここに」

式神である彼女は、ふわりと虚空より姿を現し、御門の背後に従い。

「先程の件。もう一度、手配のし直しを。天香学園担当の職員を、全員、転勤させるように。代わりに、緋勇と、蓬莱寺と、私の直属の警備担当部門の中から、一〇〇%以上信頼の置ける者を何人か」

「御意に。直ちに、手配して参ります」

新たな指示を与えられた彼女は、又、虚空へと消えた。

「………………仕方ありません。こうなった以上、私達に出来ることを探しましょう。それが建設的です。……あの二人の恋愛云々に、口出しは出来ませんが」

「そうですね。個人としても、M+M機関の者としても、黄龍の封印の件を放っておく訳にはいきません。それ以外のことは、彼等が幸せならそれでいいですけれど」

「それは僕も同感だ。あの二人がその道を選ぶと言うなら、それでいいと思う。水臭いことをされた分、手出しはするが。飛水家は今尚、東京を護るのが使命であるし」

「……どいつもこいつも、人がいいな。……ま、俺も賛成だ。出来ることがあるなら、手ェ貸すぜ。色恋の件も、俺なら、上手いこと突けるかも知れねえしな」

「わいもや。出来る限り、協力するで。そうやないと、ご先祖様にも、弦麻殿にも、申し訳立たへんしな。アニキや京はん、わいかて大事やし」

──そうして、一癖も二癖もある質の割に、結局の処人の良い彼等は、京一や龍麻には極秘裏に、共同戦線を結んだ。