九月二十一日 火曜。

東京都新宿区所在の、私立・天香学園高等学校三年C組に、一人の転校生がやって来た。

葉佩九龍、という名の。

……そう、あの、宝探し屋の彼。

────鴉の濡れ羽色のような髪、真っ黒な瞳、一七〇センチを越えるか越えないか、な身の丈の、比較的細身の体、整ってはいるけれど、ハンサム、と例えるよりは、可愛い、と例えた方が相応しい、童顔な印象の面。

それが彼の容姿で、一言で言えば、女の子受けしそうなアイドルタイプ、と相成る、何処からどう見ても、生粋の日本人な彼。

だが彼は、日本国内の学校に通った経験が皆無で、これまで住まっていたカイロでも、所謂『学校』に通ったことはない。

故に、非常にチャーミングな人だ、との第一印象を受けた、担任の雛川亜柚子に連れられて、遺跡探索が終わるまで在籍することになる三年C組に足を踏み入れた時も、クラスメート達への自己紹介を終えた時も、休み時間、隣の席になった、元気を溢れさせているお団子頭な髪型の少女、八千穂明日香に話し掛けられて、校内案内に連れ出して貰った時も、九龍は、とてもハイテンションだった。

己が、トレジャー・ハンターとして天香学園に潜入したことくらい、重々承知してはいるが、学園生活、という、『未知の世界』に対する興奮と期待に、彼は満たされていた。

修学経験がないまま、宝探し屋、などという、世間から見れば一風変わった生業に就いた所為で、彼には同年代の友人も皆無で、年齢が近しい者達と一緒に学んだり、寮生活をしたり、というそれを、経験してみたくて仕方無かった。

……要するに。

彼は、友達が欲しかったのだ。

カイロで、そして成田で縁を持った、蓬莱寺京一と緋勇龍麻のように、互い、とても素敵な笑顔を浮かべ合いながら、どんなことでも屈託なく語らえる、親友のような存在が自分にも出来たらいいな、と。

以前から見ていたそんな淡い夢を、あの二人と知り合ってより、九龍は深めていた。

…………否、友人や、親友だけではなく。

『今の己』には持ち得ぬモノを、掴んでみたい、との夢も。

但。

そんな彼が望むモノは、少々『特殊』で。

『特殊』なことを、己は望んでいる、との自覚も彼にはあったから、学園生活を送れる折角のチャンスだけれど、早々、望むモノなんて手に入らないよね、と、若干の諦めムードも持っていた。

だがしかし。

彼のモットーの一つは、どんなことでも情熱を持って、砕け散るまで打ち当たれ、なので。

本当に望むモノをゲット出来るか否かは兎も角! 先ずは、念願の友達ゲットから! そして楽しく充実した学園生活を! エンジョイライフっ!

……と、無茶苦茶元気で無茶苦茶賑やかな質をしている明日香と、充分過ぎる程張り合える賑やかさと元気さで以て言葉を交わしつつ。

「ええっと、ね。折角クラスメートになれて、こんな風に話す機会も貰えたのに、八千穂さんって呼ばせて貰うの、何となく淋しく感じるから。明日香ちゃんって呼ばせて貰ってもいいかなあ?」

「うんっ! あたしは構わないよ! 寧ろ嬉しいな。じゃあ、あたしも葉佩クンのこと、九龍クンって呼ばせてねっ」

「わあ、有り難う、明日香ちゃんっ」

本当に楽しそうに喋り続ける明日香に、にへらー……、と笑みながら、知り合った初日にしては少々過剰な親愛を送り。

「葉佩さんは、《超古代文明》という言葉を知っていますか?」

「勿論っ! 知ってるし、存在してたと俺は思うよっ」

「そうですよね! 私も絶対、《超古代文明》は存在していたと思うんですっ。オーパーツ等が、それを証明していますもの!」

「激しく同意だ、月魅ちゃんっ!」

明日香が最初に連れて行ってくれた図書室で出会った、彼女の友人であり、図書委員でもある七瀬月魅を紹介され、《超古代文明》がどうの、という話を始めた月魅とは、過ぎる情熱に満ちた暑苦しいやり取りをし。

売店では、八千穂のスカートを捲った助平ジジイ──もとい、校務員であり、売店の店主である境玄道と、こそこそっと、女性の乳は浪漫、と意気投合し、としながら。

思わず九龍が拍手を送った程の、見事な右ストレートを境に入れたのに、「あんのスケベジジイ!」と、憤慨を撒き散らすこと止めない明日香と共に、先程下りたのとは別の階段を昇り始めた。

…………と。

「あれ……?」

階段を昇り、辿り着いた三階廊下で、明日香が小さく声を放った。

「知ってる子?」

彼女が見遣る方へと視線を流せば、そこには、踝に届きそうな程長い髪の、首に鎖で出来た不思議なアクセサリーを嵌めた神秘的な雰囲気の少女が一人窓辺に佇んでいて、知り合いかな? と九龍は明日香に尋ねた。

「うん。同級生の、白岐幽花しらきかすかさん。──や、やあ! こんにちは!」

すれば、彼女は小声で、長い髪の少女の名を九龍に教え、何処となく、どうやって幽花に接したらいいのか判らないような雰囲気を漂わせながらも声を掛けた。

「…………私に何か用?」

「用って程でもないけど……何か窓の外に面白い物でも見えるのかなあ……、なんて……」

「別に、何も無いわ」

「そっか……。……あっ! あのね、白岐サンっ。葉佩九龍クンっ。白岐さん、ホームルームの時教室にいなかったから知らないでしょ? 転校生なんだよっ」

だが、幽花の反応は素っ気なく、何とか話題を、とでも思ったのだろうか、明日香は、えへへ、と彼女に九龍を紹介した。

「そう……。又、転校生が」

「…………初めまして、白岐さん。同級生のよしみで、幽花ちゃんって呼ばせて貰っちゃ駄目かな?」

「別に……」

「わー、良かったー。これから宜しく! ……処で、『又転校生』って?」

余り、幽花は己に興味を持ってくれていないようだが、折角明日香が紹介してくれたのだしと、相変らずの、少々行き過ぎたフレンドシップを発揮すれば、耳の奥に引っ掛かる発言をされ、ん? と九龍は首を傾げた。

「……あ、あのね!」

しかし、彼女からの答えは返らず、代わりに、明日香が慌ててフォローを入れる。

「九龍クンの隣に、もう一つ席が空いてたでしょ? 実はあそこ、半年前に転校して来た男子の席だったんだ。でも、ほんの三ヶ月前に、墓地のある森で行方不明になって、それっきり……。学園側と親御さんが探したんだけど、結局何処にも見付からなくってさ。警察は、只の家出じゃないか、って……」

「そうなんだ……。……でも、さっき月魅ちゃんも言ってたけど、墓地って? 学園の敷地内に、何で墓地なんか」

「それが……。大きな声じゃ言えないんだけど、この学園、行方不明になる人が多いんだ……。だからね、寮の裏手に墓地があるの。墓石の下には、行方不明になった先生や生徒達の持ち物が埋められてるんだって。この学園の皆が、行方不明になった人達のことをずっと忘れないように。そして、何時か見付かる日を信じてね……」

「ふ、うん…………」

幽花の代わりに明日香がしてくれた説明は、『学園』には余り似つかわしくない不穏な話で、それって……、と九龍は言葉を飲んだ。

「そして、又転校生が来た。…………貴方は何者なの?」

そんな彼へ唐突に、幽花が言った。

「へ?」

「は?」

「この学園は、呪われているの。眠りを妨げる者には、災いが降り掛かるわ」

「呪い……に、災い?」

「…………呪いは、伝説でも幻でもない。紛れもなく、この学園の現実よ。──羊の群れの中で、眠るように日々を過ごしなさい。この学園を覆う闇は、眠る者を脅かしはしない」

「え、え、と…………」

「……何時か、私の言っている意味が解る時が来るわ。…………それじゃ」

そうして彼女は、不吉な言葉を吐いて、階段の向こうに姿を消した。