「甲太郎?」

「こら、そこの男子っ! 寄り道しないで帰らないと駄目だぞ!」

この会話の流れで、何でそんな顔? と九龍は訝しんだが、それは、何時の間にやら彼等に近付いた明日香の声に遮られ。

「ちっ、うるせぇ女に見付かっちまったぜ」

「皆守クンもいいとこあるよね。なんんだ言って、九龍クンに親切だしー」

「誤解すんな。この転校生君に、授業のフケ方を教授してただけだ」

途端始まった、仲が良いのか悪いのか判らない、甲太郎と明日香の掛け合いに、彼の疑問は流された。

「中々、飲み込みが早くてな。サボり同盟としては、有望な人材だ」

「一寸ぉ、皆守クンっ!? そんなこと九龍クンに教えたら駄目じゃないかっ!! 大体、授業をサボってもいいことないじゃない。後で補習とか受けたり、内申書にも──

──でかい声出すなよ。冗談に決まってるだろ?」

「え?」

「寮までの道を案内してるだけだ。こいつが迷子になれば、探すのはクラスメートの俺達だ。そんなかったるいことは御免だからな。手間を省いたまでの話だ」

「そっか。なーんだ、心配して損しちゃった」

「八千穂…………。お前、俺をどういう目で見てんだよ?」

「えーっと、不健康優良児」

「何だ、そりゃ……」

二人の顔を、代わる代わる九龍が眺める中、彼等の掛け合いは続き。

明日香の、不健康優良児発言が飛び出た途端、甲太郎は咽せた。

「だって、そんな感じなんだもん。ねっ? 九龍クンもそう思うでしょ?」

けほけほと咳き込む彼を満足そうに眺め、明日香は九龍に話を振る。

「……不健康。…………不健康?」

「あ。疑問形」

「ふふん。転校生君は、俺の味方だそうだ。残念だったな、八千──

──不健康……と言うよりは。プチ不良?」

「…………お前の中の不良の定義は、絶対に何かがおかしい」

「プチ不良! あははっ! うんうん。大体さ、天香が全寮制なのも、充実した高校生活を送らせる為────

だから九龍は、思う処を正直に申告し、甲太郎はこめかみを押さえつつ項垂れ、明日香の説教モードは全開になり掛けたが。

──明日香ーーー! 何やってんのっ? 早く着替えないと、コーチに怒られるよっ?」

「やっばぁっ! テニス部の特別レッスンが始まっちゃうっ! それじゃ、二人共又ね」

それが真実全開になる前に、テニス部の仲間から掛かった声に急き立てられて、彼女は慌てて走って行った。

「騒がしい女だな……。……ふぁーあ、眠い。真面目に授業なんか、出るもんじゃないぜ……」

やっと嵐が去った、と言わんばかりの目付きで、甲太郎はぼんやり彼女を見送り、怠惰な愚痴を零すと、学園敷地内を東西に横切る通りの両端を埋める芝生に踏み込み、寝転がった。

「え。まさか、ここで昼寝?」

「放っとけ。俺は眠いんだ。もう、直ぐそこに寮は見えてる。一人でも帰れるだろ?」

自由奔放でいらっしゃる、と苦笑を浮かべつつ行動の意味を九龍が問えば、組んだ両腕を枕に、甲太郎は本格的な寝の体勢に入ってしまう。

「そりゃ、ここまで案内して貰えれば、幾ら何でも迷わないけど……」

だが、だからと言って、一人寮へと行くのも薄情な気がして、九龍もポン、と芝生に両足を突っ込んだ。

「………………見ろよ」

寝そべる己の傍らに立った彼を、甲太郎はチロリ見上げ、夕暮れの空へと顎を杓る。

「あれ……。蝙蝠?」

言われるまま仰いだ空には、蝙蝠が群れをなして飛んでいた。

「ああ。何時も、夕暮れになると墓地の上に姿を現す。全く以て、陰気臭い学園だぜ。そう言や昔、蝙蝠に襲われて怪我をした生徒がいたそうだ。陽が落ちたら、あの辺りには近付かないことだな……」

寮の裏手の森の方角から、校庭の方を目指して飛んで行く蝙蝠の群れを目で追い、ボソボソと甲太郎は言って、すう……っと目を閉じた。

「……あーあ。ホントに寝ちゃった」

暫くじっと、瞳閉じられた彼の面を眺めていたら、規則正しい寝息が聞こえ始め、あちゃ……、と九龍は渋い顔をし、その場にしゃがみ込んだ。

「風邪引くぞー? おーい? 甲太郎ー。甲太郎くーん。皆守甲太郎くーーん」

膝を抱え、ツンツンと肩口を突き、呼び掛けてはみたが反応はなく。

「詰まんないの」

プッと頬を膨らませて彼は、どっかりと腰を下ろす。

「寒くなって来たら、叩き起こしてやればいいか。甲太郎と真の友達になる為には、心砕かないとねっ!」

又、じーっと寝顔を眺め、おー! と一人意気込み。

展開中の、『友達ゲット大作戦!』も大事だけれど、宝探し屋としても頑張らないと、と制服の内ポケットから『H.A.N.T』を取り出して、協会から転送されて来ている天香学園に関する資料に、彼は再び目を通し始めた。

とっぷり、と日が暮れた。

日本到着より前に協会が寄越した資料の、何度目かの熟読を終え、そろっと九龍は、眠り続ける甲太郎を盗み見た。

──ここ、天香学園の敷地内に、《超古代文明》にまつわる遺跡の存在をロゼッタが確認したのは、昨日今日の話ではない。

協会所属のハンターも、これまでに幾人か派遣されている。

けれど、ロゼッタ内では便宜上『天香遺跡』と呼ばれている遺跡の詳細は、未だに殆ど謎のままで、協会が派遣したハンター達は、誰一人として帰って来なかった。

……皆、潜入を果たして程無く、ぷっつりと消息を絶ってしまったのだ。

中には、探索開始から一週間と経たずに姿を消した者もいる。

宝、と言われる物なら何でもロゼッタは集めたがるが、単なる秘宝ではなく、《秘宝》と重々しく呼ばれるソレを、遺跡そのものがオーパーツと言えるような場所から『救い出す』のがそもそもの主旨で、天香遺跡の《秘宝》は、そのロゼッタが何が何でも手に入れたいと願う手強い存在らしいから、探索が困難になるのも判らないではないが、それにしても、出してしまった行方不明ハンター数は多過ぎる。

協会所属のハンターは、誰もが、身分証明書代わりにもなる高性能携帯端末機『H.A.N.T』を持っていて、『H.A.N.T』は、任務中のハンター全てのバイタルサインを受信している。

どのようなハイテクを駆使しているのか九龍は知らないが、探索先が地中深くであろうとも、海底であろうとも、バイタルサインだけは協会本部に届き、送られ続けているバイタルサインに異常が見られれば、又は、『H.A.N.T』が破損するような緊急事態が起こった、と判断されれば、ヘラクレイオン遺跡の探索に赴いた際、砂漠で遭難し掛けた九龍がそうされたように、二次遭難の恐れがある場合を除き、必ず、救助隊は派遣される。

だから。

天香遺跡の行方不明ハンター数は、天香遺跡探索の全てのケースに於いて、それすら間に合わなかった、という事実を示している。

真実間に合わなかったのか、救助隊を派遣することは出来なかったのか、は兎も角。

………………故に。

そろそろ、起こしてあげた方がいいかなー、と考えながら、九龍は甲太郎の寝顔を盗み見ていた。