……碌な情報は記載されていなかった、天香学園に関するロゼッタの資料には、《生徒会》の文字があった。
以前に潜入したハンターの誰かが報告したのだろう、学園を真に掌握しているのは《生徒会》であり、その存在は、『奇妙』である、と。
………………奇妙。
学園に在籍する生徒による、自発的、自治的な組織を指して、奇妙、というのはおかしいが、確かに天香の《生徒会》は奇妙だ。
それは、転校初日の九龍にも充分理解出来る。
行き過ぎていると思える権限を持ち、校則さえ定め、生徒を取り締まっている。
だが、潜入したハンターが、報告書にわざわざそれを書いたということは、そういった意味以上の『奇妙』さを、ここの《生徒会》は持っている、ということだ。
即ち、遺跡の何かに関わる奇妙さ。
資料の中には、『奇妙』である、その一文しか《生徒会》に関する記載はなかったが、世界最大の宝探し屋ギルドであるロゼッタ協会にすら詳細を掴ませない、多過ぎる行方不明者を出す遺跡の何かに、『極普通に奇妙』なだけの生徒会が、関わりがある筈も無い。
だから九龍は、甲太郎の面を盗み見続けた。
…………しつこく名乗っても、しつこく転校生としか甲太郎は呼んでくれないけれど、己が名を、甲太郎は絶対に記憶している、と九龍は確信している。
恐らく、転校生、との呼称は、自分達の間には、転校生とクラスメート、との関係しかないし、それ以上の関係を持つつもりもない、との彼の遠回しな意思表示なのだろう。
自ら口にしたように、人間など全て面倒臭いと感じる、無気力万歳主義が、甲太郎の本音なのだろう。
だと言うのに彼は、屋上にて初邂逅を果たした時、《生徒会》に対する忠告をし、放課後の直前には話し掛けて来て、寮までの道案内まで申し出て来た。
……それは矛盾だ、と九龍には思えた。
人間全てを面倒臭いと思い、無気力と夢と睡眠を愛すると言い、他者との関わりを自ら断ちたがる者は、学園の法である《生徒会》と、クラスメート以上でも以下でもない《転校生》が揉めようがどうしようが、学園内で路頭に迷おうが、知らぬ存ぜぬを貫くだろう。
不案内な為に迷子になった転校生を、同級生なのだから探せ、と命ぜられても、授業をサボるように、あっさりとサボるだろう。
でも、甲太郎はそうしなかった。
その理由は恐らく、明日香が言っていた通り、三年寝太郎でサボり魔の『不健康優良児』の正体は人情に厚い男か、それとも、明確な意図があるのかの、何方かだ。
「でもなあ…………」
──穴が空く程甲太郎の寝顔を盗み見つつ、そこまでを考えて九龍は、ボソっと呟いた。
インスピレーションで、皆守甲太郎は、心底の願いを叶えてくれる者かも知れない、と己は見定めたのだから、甲太郎のこの行動は、正体は人情に厚い男、に一票を投じたいと彼は思う。
生き馬の目を抜くのが商売の宝探し屋と言えど、友達になりたいと思った相手を疑いたくはない。
けれど、『皆守甲太郎人情に厚い説』に素直に一票を投じられぬ程、彼は余りにも、《生徒会》という単語を口にし過ぎている。
三年寝太郎でサボり魔の『不健康優良児』が、そこまで《生徒会》を気にするなら、親切に学内のことを色々教えてくれた明日香も、《生徒会》のことを多少は口にしてもおかしくはないのに…………──。
「『でも』? 何だ?」
「あ、やっと起きた」
「ふぁーあ……。よく寝た…………。──で?」
「ん? ……ああ、日が暮れ切っちゃったから、いい加減甲太郎のこと起こした方がいいんだろうけど、『でも』、あんまりにもぐっすり寝てるし、寝起きが悪かったらどうしようかなー、と思ってた処なんだよ」
──思考の波にゆらゆらと揺られながらの九龍の呟きを、甲太郎が拾った。
囁き声で目を覚ましたらしい彼は、伸びをしながら起き上がって、ポケットから似非パイプとジッポのライターを取り出し、丘紫の香りを漂わせ始めつつ、んあ? と九龍へ向き直り。
えへへー、と九龍は、拾われた呟きを誤摩化した。
「ああ、もうこんな時間か。……お前、俺の昼寝に付き合ったのか?」
「見捨てたら薄情っしょ?」
「俺なら見捨てる」
「友情に薄いお人で」
「お前と俺は、転校生と同級生。友情云々未満だ。──以上」
「何だよ、友達になる第一歩目の条件クリアは、それで充分じゃんかー!」
漂い続けた思考を覆い隠し、誤摩化し、けれど。
今は一先ず、『皆守甲太郎人情に厚い説』に一票を投じておこう、と九龍は決めた。
友情云々未満、と甲太郎はすげなく言うけれど、こんな風に言い合える。そして自分を見詰めてくれる。
だから、今だけでも信じてみよう、…………と。
聞けば聞く程、知れば知る程、高い塀に囲まれた一つの街、としか思えぬ充実した施設を有する学園内を、「施設が整っているのはいいが、校舎から寮が遠いのが難点」、とぼやく甲太郎と共に又進んで、男子寮の郵便受け前で、ペンギンの首を絞めたような、疲れから来る奇声を放っていた、マミーズの新人ウェイトレス舞草奈々子と知り合ったり、としながら、九龍はやっと、男子寮に辿り着いた。
学内の男子生徒全員が寝起き出来る巨大な三階建ての建物は、寮と言うよりはマンションと言った方が相応しい感があり、一階が一年生、二階が二年生、と、階と学年が一致するような生徒配置になっていた。
建て直されたことがあるのか、古びた校舎とは違い新しめで、一階には舎監の個室や大きな浴場があり、各階に、調理室と洗濯室を兼ねた水場や、娯楽室もあった。
共同トイレの数も申し分なく、完全個室で、部屋には、一口だけの電熱コンロとワンドアの冷蔵庫を有する、一寸した煮炊きなら出来る極狭のキッチンスペースと、細やか……なシャワーブースもあって、これなら、人目を気にせず夜食も食べられるし、遺跡に潜って泥だらけになっても大丈夫そうだな、と九龍はにんまりした。
「嬉しそうだな」
「寮って言うよりも、下宿屋みたいだからさ。高校生の寮にしちゃ、部屋の設備も立派だし。簡易キッチンまであるんだろう?」
「まあな。給食室や食堂を作るスペースの問題で、仕方無し、苦肉の策でそうした、って話を聞いたな。本当かどうかは知らないが。食料品店や売店もあるんだから、出来る限り自分で拵えろって意味なんだろうさ。自炊したくなけりゃ、マミーズで食えばいいんだし」
「……下宿ってよりは、アパート?」
「学生会館、の方が近いんじゃないか? 規則が厳しい学生会館。因みに、調理場と洗濯室の利用時間は午前六時から午後十時まで。風呂は、放課後から午後十時まで。部屋のシャワーブースは午後十一時まで。消灯も十一時だ」
「規則では、だろ?」
「勿論。ま、破らない方が無難だがな。特に風呂は」
「何で?」
「ボイラーの火が落ちるから、夏場は兎も角、これからの季節は風邪引く」
「……納得」
向う先は二人共に三階だからと、ひたすら道行きを共にし、相変らず懇切丁寧な甲太郎の話に九龍は耳傾け。
「何号室なんだ? お前」
「えーーーーと。確か……」
事前に伝えられていた己が部屋の番号を、素直に彼が教えた途端、甲太郎は頭を抱えた。
「およ?」
「部屋まで隣かよ……」
「好都合じゃん、友情育むには持って来いじゃん。ラッキー」
「俺は、嬉しくない。お前はうるさ過ぎる。……っとに。──俺は寝る。お前も、俺に付き合ってあんな所でぼっさりしてたんだから、体冷えてるだろ? さっさと風呂入って寝ちまえ」
「残念でした。俺はこれから荷物整理」
選りに選って隣室か、と天を仰ぎながら辿り着いた自室の扉を潜って行った甲太郎に、べー、と九龍は舌を出し。
「……甲太郎って、人情に厚いと言うよりは、関西弁で言う処のオカン? オカン属性?」
彼的には充分検証に値する新たな疑問を胸に、これよりの自室へ入った。