「八千穂は兎も角、転校生のお前まで肝試しか? それに……、何だ? そのイカれた格好は?」

「イカれた……。あーー、さっき、明日香ちゃんにも説明したんだけど、実は、俺の趣味はサバイバルゲーム──

──あのさ、皆守クン。実はそこの墓石の────

ふわりふわり、ラベンダーの香りを振り撒きながら、胡散臭そうに見遣って来ている甲太郎に、九龍は、明日香には無視された言い訳を試みたのに、明日香の声がそれを遮った。

彼女も彼女なりに、こんな時間、己がここにいる理由を説明しようとして。

「夜の墓地への立ち入りは禁止されている。違反する者がいないか、《生徒会》の連中も目を光らせてるって話だ」

でも、甲太郎は全てを切って捨てるように、淡々と『校則』を諳んじる。

「それは、判ってるけど……」

「まあ、それだけじゃなく、実際この辺りは物騒だしな。昼間でも近付かない方がいい場所だし、三ヶ月前にも、この墓地のある森で生徒が行方不明になっている。……八千穂、お前だって知ってるだろう? お前の席の並びの奴だったんだから。──おい、転校生っ。折角、俺が今夜は出歩くなと忠告してやったのに……」

冷たく言われ、気拙そうに明日香は俯き、なのに甲太郎は一層冷たい声を出し、ギロっと九龍を睨んだ。

「うん、御免。折角の忠告聞かなくて、ホント御免。心配してくれて有り難う」

負けるもんか! と九龍は、底冷えのする眼差しを、親愛の情を目一杯込めた、全開の笑顔で受けた。

「俺は、お前の為を思っ……──。ちっ、何で俺が、お前の心配しなきゃなんないんだよ」

何時の日か、世界恒久平和にも一役買うかも知れない、全人類全てにその意味が通じるスマイル作戦は功を奏し、冷たいだけの瞳に、面に、甲太郎は温度を取り戻し、勢い本音だろう一言を吐露し掛けて、バツが悪そうに髪を掻き乱した。

「俺の為を思ってくれたんだ? へへへへー」

「そうじゃないっ!」

「そういう皆守クンだって、墓地で何してんの? もう寝てるかと思ってたよ」

勝ち誇ったように胸を張る九龍と、何時もと調子が違う甲太郎を見比べ、明日香は消沈させていた気分を浮上させ、甲太郎へ冷静な突っ込みを入れた。

「何だか寝付けなくてな。それで、気分転換に夜の散歩でもしようと思って、こっちの方へ来たのさ。この辺りは、夜ともなれば殆ど人が来ない。静かに散歩するには持って来いだ」

香りと共に、明日香へと顔を巡らせ、さらっと彼は答える。

「それじゃ、皆守クンこそ校則違反じゃない。それに、さっき墓地の辺りは物騒だって……」

「消灯後に寮を抜け出した、それは校則違反だって認めてやるよ。でも俺は別に、墓地に入ろうなんて思ってなかったさ。通り掛ったら話し声が聞こえたんで、覗いたらお前等の姿が見えたんだ。そんなことより八千穂、お前こそ、何だって墓地にいるんだ?」

「あたしは、月魅の話が気になって……」

「七瀬の?」

「うん。何かさ、この天香学園には秘密があるとかって。特に、この墓地が怪しいって言ってたから、夜になったら見に行ってみようかなー、って。九龍クンも月魅の話一緒に聞いてて興味持ったみたいだったから、墓地に行けば絶対会えるとも思ったんだ。二人で墓地を調べようってさ。えへへへ」

ここまで来た理由を告げる甲太郎の弁は澱みなく、明日香は全てを信じたようで、あたしはねー、と楽しそうに自分のことを語った。

「暇人が……。こんなシケた学園に何があるってんだよ」

「えーーー。先生や生徒が行方不明になったり、幽霊が出るとかいう噂があったり、絶対、怪しいと思うけどなあ。それに、ほら見て。そこの墓石が動いてて、その下に穴が」

「校舎同様、この墓地も古いらしいから、地盤が沈下でもしたんだろ」

「うっわ。夢のない発言。夢見るの大好き居眠りマンなのに」

「何だよ、その例えはっ。それに。眠りながら見る夢と、荒唐無稽な妄想とを一緒にするな」

二人の会話は、昼間もそうだったように、仲が良いんだか悪いんだか、な掛け合いとなって、だまーって聞いていた九龍は、これ以上騒がれるのはと、間に割って入ろうとしたが。

「誰だ……。墓に無断で入り込む者は」

彼が口を挟むよりも早く、地面にスコップが刺さる音と、しゃがれた声が起こった。

「きゃっっ。今度は誰っ?」

悲鳴を上げた八千穂、こいつも気配なしかよっ!? っと焦って振り返った九龍、表情一つ変えず身を返した甲太郎、その三人が注いだ視線の先にいたのは、ぼろぼろのマントを頭から被り、手にしたカンテラを揺らす不気味な老人だった。

「安心しろ。こいつが、墓地の新しい管理人だ」

睨み付けて来る、死人よりも死人のような不気味な老人の登場に身を固くした九龍と明日香を制し、事も無げに甲太郎はその正体を暴く。

「え? 管理人さん?」

「誰の許可があって、墓地に入り込んだ? さっさと出て行け。然もなくば、土の中に埋めてしまうぞ?」

「それは一寸、遠慮したいですねー」

眼前の彼は、墓守の老人、と教えられ、明日香は拍子抜けした風になり、老人の物騒な発言に、九龍は、あははー、と友好の笑みを拵えてみた。

「俺に、そんな顔をしてみせてどうする? この墓地を這い回る蛆虫や蠅共が、俺の唯一の友なのに」

甲太郎には効いた、全人類の武器・スマイルは、墓守の老人には通用しなかった。

くくく、とその容貌に相応しい不気味な笑いを洩らした彼は、本当に埋めてやると言わんばかりに、地面に突き刺したスコップを取り上げる。

「こいつは転校生なんだ。勘弁してやってくれないか」

ジリ……、と一歩進んだ老人と、近付かれた九龍の間に、するりと甲太郎が立ちはだかった。

「ふん。又、転校生だと? 新しい墓石が増えることにならなければいいがな。…………今回は見逃してやる。さっさと行け、俺の気が変わらん内にな。そして、もう二度とここへは来るな」

「言われないでも出て行くさ。……行くぞ」

老人と甲太郎は、暫し睨み合うように視線をぶつけ、結果、老人が引いた。

見逃してやると、追い払う仕草に手を振られ、甲太郎は、九龍と明日香の背を押す。

「う、うんっ」

「お邪魔しましたー…………」

促されるまま、早足で明日香は歩き出し、ぺこり、老人へ頭を下げてから、九龍も甲太郎の歩く速度に合わせて脚を運び、墓地を抜けた。

──少年少女が去った後。

佇み続けていた墓守の老人は、存外身軽に体を動かし、ぽかりと空いた墓石の穴を覗き込んだ。

「……何故、隠されていた《岩戸》が開いているのだ…………? 一体、誰が……」

見る者全てを誘うように、暗い口を空ける穴を確かめ、老人はブツブツと、《岩戸》と洩らした。

秘密を知っている風に。

そうして、彼は。

暫くの間、同じ姿勢で彼曰くの《岩戸》を眺め続け、マントの懐から何やらを取り出し、ふんぎりを付けたのか、ふいっと穴の中に消えた。

「《転校生》、か……」

──墓地を抜け、森の向こうの寮へと戻って行く三人の少年少女と、《岩戸》の中に消えた墓守の老人。

……それを。

寮の屋上から、彼等の誰にも気付かれぬまま、一部始終見ていた影が、その時、雲の晴れ間から覗いた月光に照らされ、浮かび上がった。

影は、背が高く、しっかりした体躯で、黒いコートを羽織っていた。

「………………呪われた学園に迷い込んだ愚かな贄よ。果たして何処まで行けるか、その腕前を見せて貰おう」

逆光の月明かりの中、面だけはどうしても窺えない影は、墓守の消えた穴と、歩き続ける少年少女達を何時までも見比べ、酷く重々しく呟いた。