九月二十二日の朝が来た。

極普通の転校生を装おうとの努力『は』続けている九龍にとって、『不幸』となる朝が。

──支度を整え、朝食も摂らず、九龍は一人校舎に向かった。

入った教室に甲太郎の姿はなく、三年寝太郎は重役出勤ですか、と肩を落としていたら、登校して来た明日香に捕まり、夕べの出来事を捲し立て、「これで退屈な学園生活ともお別れ、スリリングな毎日が!」と騒ぎ出した彼女に、

「朝、月魅に聞いたんだ。勿論、九龍クンの名前は出さなかったけど、夕べ九龍クンがしてたみたいな格好してる人達のこと知らない? って。……九龍クンって、宝探し屋さんだったんだねー。墓地に行く時は、絶対あたしも連れてってよね。抜け駆けして一人で行ったら、九龍クンの秘密、皆にバラしちゃうんだから!」

と、にっこり笑顔で彼は脅迫された。

「………………いや、その。バラされるのは凄く困るんだけど、明日香ちゃん連れて、って言うのもなあ……」

「何でよっ。男のくせにケチ臭いこと言わないのっ! 夜、墓地で待ち合わせしよっ。何時頃がいい? 九時頃? あんまり遅くなると徹夜になっちゃうもんね!」

それだけでも、九龍にとっては充分な不幸だったのに、もしかして、明日香に正体を知られたのは運の尽きという奴だろうか、と冷や汗掻きつつ無駄な努力をしてはみたが、無駄はどうしたって無駄だから、彼は、プリクラと連絡先を渡して来た明日香と、無理矢理約束を交わすしかなくなり。

仕方無い……、と理科室に移動する準備をしていたら、やって来た幽花には、「墓地へ行ったの?」とダイレクトに問われ、そんなことないと誤摩化したのに、

「……もし『又』行くつもりなら、気を付けることね。闇は、常に私達の傍らにあり──その《力》に魅入られた者は、誰も逃れることは出来ないのだから」

と、何処となくニーチェを思い出させるようなことを告げられ。

溜息付き付き、理科室に行こうと廊下を辿っていたら足許に石が転がって来て、んあ? と拾い上げれば、遺跡研究会部長で、三年D組の黒塚至人に捕まり、石に付いて熱く語られたので、ついつい熱く語り返し、勢い、「ザラザラした石を見ると舐めてみたくならない?」との黒塚の問いに調子づいたことを言ってしまった所為か、目一杯懐かれ。

異様な疲れを覚えたまま、何とか理科室を目指せば、今度は担任の亜柚子と行き会ってしまって、立ち話する羽目になり。

月魅からは、『八千穂さんから、遺跡に埋もれた宝を探し出すことを生業としている人達について詳しく教えて欲しいと言われた。敢えて理由は訊かなかったが、但、ふと貴方の顔が浮かんだ』といった内容のメールを送られ。

そして。

「ふぁーあ、眠い。……よう。午前中から授業なんて出るもんじゃないと思わないか?」

どんより落ち込んだまま受けた地学の授業終了直後、ふらぁっと現れた甲太郎に、

「処で八千穂から聞いたんだが…………、お前、トレジャー・ハンターなんだって?」

と、暴かれトドメを刺され。

今朝の俺は、不幸を通り越して呪われている……、と九龍はその場に、ばったり倒れた。

「おい。何、転けてんだよ……」

「言わないって言ったのに。言わないって言ったのに。絶対誰にも言わないって言ったのに。一緒に墓地連れてかなきゃ、俺の正体バラす! って盾に取ったのに。……明日香ちゃんの、馬鹿ーーーーーー!!!」

倒れ込んだ廊下の隅で膝を抱え、彼は雄叫びを放つ。

「八千穂に見付かったのが運の尽きだったな」

「俺も、そう思う…………。……あの、甲太郎……」

「……お前が何であろうと、俺には関係ない。誰でも、人に言えない秘密の一つや二つ、あるもんだ。そいつを誰かに喋る趣味はないから、安心するんだな」

鬱陶しい姿を晒す彼を、ぐい、と甲太郎は爪先で小突いて、内緒にしておいてやるから立ち上がれ、と促した。

「ありがと……。信じてるよぉぉぉぉ。誰にも言わないでぇぇぇぇ……」

故に九龍はパッと立ち上がり、心の友よー! と甲太郎にしがみ着く。

「判ったから抱き着くなっ。んなことよりお前等、今日も墓地に行く──

「きゃあああああっ!」

がばちょ! と腰に縋る彼を、ゲシゲシと甲太郎は引き離そうとして──その時。

理科室とは廊下を挟んで並んでいる、音楽室の方から悲鳴が聞こえた。

「行ってみよう」

「うん」

女生徒の物らしい悲鳴を聞き、何事かと、渡り廊下に繋がる廊下を越え、駆け付けた音楽室は、二つある入口の両方に人集りが出来ており、それを掻き分けるようにしながら、二人は中を覗き込んだ。

「……ん?」

「誰か倒れてるっ!」

ひょい、と首だけを突っ込めば、カーテンの引かれた薄暗い教室の片隅に何かがある、と判り、甲太郎は目を凝らし、女生徒が! と九龍は駆け寄って、倒れていた彼女を抱き起こした。

「大丈夫っ? しっかりしてっっ?」

「助けて……。手…………あたしの手が……。あたしの手、あたしの……」

意識はあるらしい彼女の肩を抱いて、九龍が問えば、彼女は、ふる……と両手を差し出す。

「手が、干涸びている…………」

九龍に続き教室に飛び込んで、傍らにしゃがみ込んだ甲太郎は、手首から指先までが、ミイラのように干涸びてしまっている彼女の両手を見遣り、顔色を変えた。

「あ……う…………」

「何が遭ったっ?」

「誰かがあたしに飛び掛かって……突然、そこの窓から逃げ出して……。話し掛けただけなの……それだけなのに…………」

「そこの窓から? どんな奴だった?」

「判らない……。判らない…………」

「思い出せっ。どんな奴だったっ?」

「化け物……、化け物がぁぁぁぁっ!」

「おいっっ」

「甲太郎っ。駄目だって、そんなにきつく言ったらっ! 錯乱しちゃうだろうっっ!」

「ちっ。……おい、取り敢えずこの女を保健室に運ぶぞっ」

「うんっ。甲太郎、そっち持ってっ!」

少女の意識は、ある、だけのようで、何とか事情を語ろうとする声は辿々しく、記憶も混乱している風で、焦っているのか驚いているのか、犯人を聞き出そうとする甲太郎の口調はきつく、九龍は慌てて彼を押し留め、彼等は協力して少女を抱え上げると、恐る恐る覗き込んで来るだけの野次馬を蹴散らし、一階の保健室へと駆け込んだ。

「おい、急患だっ。いるか、カウンセラーっ? おいっっ。いないのかっ!!」

昨日、明日香に校内案内をして貰った際には、鍵が掛かっていて入れなかった、美人と評判の中国人カウンセラーがいるらしい保健室のドアをけたたましく九龍が開いて直ぐさま、甲太郎が怒鳴り声を上げた。

「そこを退いてくれ……」

「あ、御免」

それに、今日はいるらしいカウンセラーが応えるより早く、ゆらり……とやって来た、一八〇センチを優に越す身長の、青白い肌した男子生徒が、入口を塞いでいる二人を見下ろし、あ、と九龍は脇に退く。

「有り難う……」

くぐもった声で礼を告げ、横を抜けて行こうとした彼は、ふと、足を止めた。

「君は……誰だ?」

「え? 俺は葉佩九龍。昨日、三年C組に転校して来たんだ。宜しくっ!」

きっと、見慣れない顔が珍しかったのだろうと、全開の親愛で九龍が答えれば。

「葉佩九龍? 君が…………」

「……何だ、取手じゃないか。又保健室でサボってたのか?」

「皆守君……。僕は、別にサボってる訳じゃないよ。最近、割れるように頭が痛くなるんだ。気を失うくらいに激しい痛みがして。だから、薬を貰いに」

長身の少年を見遣り、お、との顔付きになった甲太郎が彼の名を呼び、二人は話し出した。

「甲太郎? 知り合い?」

「ああ、まあな」

「僕は、三―Aの取手鎌治。皆守君とは、よく保健室で会う内に話をするようになって。と言っても、僕はルイ先生にカウンセリングをして貰いに来てるだけで…………」

「あーー。甲太郎は、純粋なサボリ、と」

「俺は、一日十時間くらい寝ないと調子が出ないんだよ」

その輪に、するりと九龍も加わり、加わった彼に取手は自己紹介をして、少女をベッドに寝かせながら、三名は暫し話し続けた。

「その女子……どうかしたのかい?」

「新たな犠牲者ってトコだろ。三ヶ月前、墓地で行方不明になった男子に続いてな。誰だか知らないが、酷いことするぜ……」

「そうだね……。……それじゃ、僕は行くよ」

「たまには屋上で太陽にも当たれよ? お前、顔色悪いぜ?」

「じゃあ、又ねー。お大事に」

その内、ちらりと二人が担ぎ込んだ女子の両手を見た取手は、保健室を出て行き。

「大丈夫かよ、取手の奴……」

「具合悪そうだねえ……」

覚束無い足取りの彼を、不安そうに二人は見送って、はた、と我に返り、緊急事態だった、と甲太郎は再び声を荒げた。

「っと。こうしてる場合じゃない。カウンセラーっ!! いないのかっっ!」

「騒々しいな。そんなに大声を出さないでも聞こえている」

すれば、保健室の大半を覆い隠す、幾つかのベッドを個々に覆う白いカーテンの影から、凛とした女の声がした。