拍子抜けする奴だ、と暫し、困ったような、力無い笑みを湛えて甲太郎は。
「お前となら、何か上手くやっていけそうな気がして来た。…………そうだ、葉佩」
一つ目のカレーパンの最後の一欠片を口に放り込みながら、漸く、転校生、と呼び掛けるのを止め、九龍の名字を音にした。
「…………九龍」
「は?」
「だから、俺の名前は、九龍。葉佩は、名字」
「…………………………葉佩」
「…………………………九龍」
「……葉──」
「九龍っ!」
「…………九龍」
「何? 甲太郎」
しかし、その呼び方も今イチ気に入らないと、九龍は粘りに粘り、甲太郎を根負けさせ。
「お前とは上手くやっていけそうな気がすると思ったのは、俺の気の迷いか……? ……っとに……。──ほら、お前にこれをやる」
無駄に疲れたと、げんなり肩を落とした彼は、九龍に生徒手帳を出させ、明日香がそうしたように、生徒手帳なのに何故かあるアドレス欄に、ぺたり自分のプリクラを貼って、全校生徒の一人に一つずつ与えられる、学内サーバーのメールアドレスを綴った。
「俺も気が向けば、お前の『夜遊び』に付き合ってやるよ。墓地に行く時は教えろ」
「プリクラ貰ったり、メルアド教えて貰ったりするのは嬉しいし、そう言って貰えるのも、凄く嬉しいんだけど……。……あのさ、甲太郎」
シールと、少しだけ右肩下がりの筆跡をまじまじ眺め、九龍は眉間に皺を寄せる。
「何だよ」
「この学園って、プリクラ交換が流行り? でも、甲太郎がそんな流行に乗っかる口とは思えないし……」
「俺だって、撮りたくて撮った訳じゃない。──俺達が一年の頃に、当時の売店の店主が、プリクラの機械を導入しやがったんだよ。この学園は娯楽が少ないから、流行るとでも思ったんだろ。そうしたら、案の定物凄い勢いで流行って、猫も杓子もプリクラ撮って、誰彼構わず交換するようになってな。気が付いたらすっかり、この学園ではそれが当たり前になりやがった」
彼の眉間の皺の理由は、甲太郎までが持っていたプリクラにあって、ああ……、と甲太郎は事情を語った。
「だから、甲太郎も?」
「……今年の春、クラス替えで同級生になったばかりの八千穂に、無理矢理引き摺ってかれたんだ。郷に居れば郷に従え、って。皆がそうするようにプリクラでも撮って、交換して歩けば、友達も出来るー、とか何とか」
「おおお。流石は明日香ちゃん。気遣い屋さんだねぇ」
「……俺は、迷惑この上無かった」
「でも、言われるまま引き摺ってかれて、プリクラ撮ったんだろう?」
「…………あの騒がしい女に逆らう労力が勿体無い。面倒臭い」
「だけど、それでも一応持ち歩いてて、俺には貼ってくれた、と。ふっふっふーー」
「………………気味の悪い声で笑うな」
「聞こえませーん。……俺も後で、撮りに行こーっと。甲太郎、一緒に撮らない?」
経緯を知り、素直でない彼へとニヤリ笑って、九龍は二つ目のカレーパンに手を伸ばす。
「断る。断固拒否だ」
ムスっとしながらも、甲太郎も又、二つ目のパンに齧り付いた。
「一緒に撮ってくれないならー、明日香ちゃんにー、甲太郎がプリクラ貼ってくれたって、生徒手帳見せびらかそうかなー」
「お前な……。宝探し屋ってのは、恐喝もするのか?」
「そういうことも、この先にはやるかも知れないけど、これは純粋なおねだり。昼休みが終わる前に、プリクラ撮り行こうな?」
「だから──」
「──俺とプリクラ撮るのと、明日香ちゃんに生徒手帳見られるのと、どっちがいい?」
「判ったよっ。一緒に行けばいいんだろ、売店までっっ! 但しっ! 昼休み中は御免だ。どうしてもって言うなら五時限目をサボれ。売店から人がいなくなったら付き合ってやる。それが交換条件だ」
「よっしゃあ! そういうことなら、いっくらでもサボるっ! ……って、あ、そうだ。プリクラは後で渡すとして……。甲太郎、携帯持ってるよね? 貸して」
そのまま調子に乗って、一緒にプリクラを撮る約束を強引に取り付け、九龍は甲太郎の携帯電話をぶん取った。
「何してるんだよ」
「んー? 俺のメルアド、アドレス帳に打ち込んでる」
「そんなことしなくったって、学内サーバーのメルアドは、そいつの所属してる学年とクラスと出席番号の羅列なんだから、嫌でも判るぜ?」
「あー、そっちじゃなくて。個人的な奴。『H.A.N.T』って言ってさ、うちのギルド所属のハンターは皆持ってる、携帯端末みたいな機械があるんだけど、そっちの」
「お前の辞書には、守秘義務って言葉はないのか……?」
取り上げて行った携帯に、ピコピコ、何やら九龍が打ち込み始めたので、ひょいっと画面を覗き込み、その正体を知った甲太郎は、理解出来ない、と天を仰いだ。
「完了ー! 確認の空メールも送って……、と」
「あっ! お前、何を勝手にっっ。学内の方のメルアド教えてやったろう? 直接やり取りしたら、携帯電話会社のアドレスがっっ」
「いいじゃん、別に。俺と甲太郎の仲じゃないか」
「どんな仲だっ!」
「どんな仲って、友人の仲」
が、天を仰いで嘆いたのも束の間、素早く手を動かした九龍によって、二つ目のメルアドをゲットされてしまい、がつがつとカレーパンを飲み下して、不貞腐れたまま彼は、床に横たわった。
「……寝るっ」
「はいはい」
「昼休みが終わったら起こせ」
「了解ー」
手枕で寝ながら、ぶちぶちと愚痴を零しはしたものの、約束通り、プリクラ撮影に付き合ってくれる気はあるらしい甲太郎にクスクスと笑い掛けて、九龍は、ぴろぴろと着信メロディを奏で始めた『H.A.N.T』を取り出し、甲太郎のプライベートなアドレスを、きっちり登録した。
それより、数十分後。
五時限目の始まりを告げるチャイムが鳴り終わってから十分程待って、甲太郎を起こすと九龍は、一階へ下り、人気の絶えた売店の片隅で、いそいそ、プリクラを撮った。
一度目は、自分だけで。二度目は、甲太郎と一緒に。
壁に耳有り障子に目有り、との、先人の教えをすっかり忘れたまま。
……故に。
その日の放課後には、『あの』皆守甲太郎が、転校生の葉佩九龍と売店でプリクラを撮っていた、との噂が、校内のあちこちを駆け抜けた。