プリクラ撮影会が終わるや否や、そそくさと甲太郎は何処かに雲隠れしてしまったので、詰まらん、と九龍は授業に戻り。

放課後。

そろそろ、下校を告げるチャイムが鳴り出す頃になっても彼は、教室の自分の席に座り、考えに耽っていた。

先程、C組までやって来た月魅にされた話が気になって。

──以前から、この学園には何かあると踏み、図書委員の立場を有効活用して、書庫にある古い文献を調べていたという彼女の話は、この学園の名称に関することだった。

天香学園の天香は、古事記や日本書紀に登場する『天香山』のことだと彼女は言うのだ。

記紀神話の中に度々登場する天香山は、日本の古代神話の中で重要な役割を担っており、そんな重要な名前を付けられたこの学園が、日本の古代史と何も関係がないとは思えない、昔ここで何かが遭ったか、それとも、今でも何処かに何かが眠ったままなのかではないか、と。

……そんな月魅の話に熱心に相槌を返しながらも、最初の内彼は、実の処素直に頷けずにいた。

根拠が薄い、と言われたらそれまでの説だな、と思って。

だが、言い忘れていた、と後から付け足された話を聞いて、彼は少し考えを改めた。

──天香山には、神聖な山という以外にもう一つ、『天を欠く山』という意味がある、と彼女は更に語った。

天を欠く山──普通、天に向かって山は聳えるもので、それを欠くということは、天に向かっていないことになる、と。

……それだけを告げて彼女は去ってしまったが、九龍はその話に捕われた。

天に向かわない山の、向う先は何処か。

…………万葉集に記されている、舒明じょめい天皇の国見の歌の中で、香久山──天香久山は、天皇すめらみことがそこに登って国見をする山だと歌われている。

又、同じく万葉集の中には、天香久山は、天降あもりつく──即ち、天から降って地に下りて来た山、と歌っている物もある。

天から降って地に下りて来た、天皇が国見をする山。

それが、天香山。

ならば。そんな山が天を欠いたら。

……………………向う先は、地、だ。

だからもしも、天香学園の天香が、天香山に由来しているのだとしたら、天から降って地に下り、されど天を欠いて地に向かう、高貴な者が何かを見る山、それが、あの墓地の下に眠っているのだろう天香遺跡の正体、ということになる。

「………………日本語の名前って、言霊めいてるから好きさー」

微動だにせず自分の席に座り続け、捕われていた考えより一つの仮説を立てた九龍は、にんまり、と笑って立ち上がった。

「おい、九龍」

すれば、又、気配を完璧に消し去って近付いて来ていたらしい甲太郎に、彼は声を掛けられた。

「あ、甲太郎」

「考え事は終わったか?」

「え?」

「さっきから黙って見てたら、何やら深刻そうな顔してたからさ」

「あー、終わった、終わった。今日の夕飯のメニューに関する考え事は、無事終わった」

「……何処まで本当なんだかな。──お前も、帰宅部だよな。帰ろうぜ」

「うん」

怠々姿勢で、似非パイプを香らせつつ立つ甲太郎の問いをさらりと躱し、九龍は鞄を取り上げる。

「ふぁーあ。今日は動き回ったんで、よく眠れそうだ」

「一日十時間寝ないと調子が出ないって、ホント?」

「まあな。俺は低血圧のようだし」

「…………ラベンダーのアロマってさ、低血圧の人が使っちゃいけないんじゃなかったっけ? だから、十時間も寝るんじゃないの?」

「余計な世話だ」

教科書が入っているのか謎な、薄い鞄を小脇に挟む甲太郎と昇降口へと向かいつつ、彼は口を滑らせ、黙れ、と甲太郎は彼の頭を引っ叩いた。

「愛が痛い」

「愛じゃない」

「じゃあ、何だよ」

「お前のうるさい口を塞ぐ手段の一つ」

「…………愛が無い……」

「だから、愛じゃないっ!」

そんな風に、他愛無いことを言い合いながら、靴を履き替えた彼等は東西に走る中央歩道を寮へと辿り始めて。

「僕に近寄るなっ! あっちへ行けっ!! …………《砂》だ……。《黒い砂》だ……。やめろっ。こっちに来るなっ! 止めろぉぉぉぉっ!!」

響いて来た、少年の悲鳴に足を止めた。

「この声は、取手……?」

ん? と首を巡らせた甲太郎の言う通り、叫び声のした方から駆けて来たのは取手だった。

「どうしたんだ? 取手。何か遭ったのか?」

「何がだい?」

「何が……って、今、慌ててこっちに駆けて来たのはお前だろう?」

「何でもない」

自分達の前に飛び出て来た彼へ、顔を顰めつつ甲太郎は声を掛けたが、今さっき悲鳴を放ったとは到底思えぬ表情で、取手は唯首を振った。

「そんなことないだろう? あ、又、具合でも悪くなったとか、頭痛がするとか? 大丈夫?」

「本当に何でもないんだ。心配してくれて有り難う、二人共」

九龍が話し掛けてみても、彼の態度も返答も変わらなかった。

「まあ、お前の事情だ。お前が何でもないって言うなら、それでいいさ。俺には関係ないことだしな」

言い張る取手のそれを、甲太郎は拒絶と受け取ったようで、肩を竦めると同時に、素っ気なくなった。

「あれ? 皆、どうしたの?」

「こんな所に集まって、何をしているんだ?」

そこへ、丁度通り掛った明日香と瑞麗が加わった。

「八千穂にカウンセラー……。何でお前等が一緒に?」

厄介な女が二人、と甲太郎は顔を顰める。

「玄関で靴を履き替えてたら丁度、ルイ先生に会ったんだ」

「どうやらこの学園には化け物が出没るようなのでな。そこまで一緒に行こうかと」

「二年の女子を襲ったのって、ホントに化け物なんですか?」

──と生徒達は噂しているようだ」

渋い顔をされても、二人の女性は無視して話し込み始め。

「化け物だの幽霊だの、下らない」

あー、鬱陶しいっ! とカチカチ、甲太郎は似非パイプのマウスピースを歯で鳴らした。

「でも、襲われた子が見たって噂だよ?」

「幻覚だろ」

「えー……。でもさあっ!」

「……はーい、そこのお二人さん。顔付き合わす度にエキサイトしない。──それよりも明日香ちゃん。部活は?」

彼の言い種に、明日香は少し臍を曲げたのか口調を強め始め、九龍が割って入り、話を変えれば。

「今日は早く上がったんだー。だってほら、墓地探検に備えて、色々準備とかもあるじゃない? 早く暗くならないかなー。あの穴の奥に何があるか考えただけで、楽しみだよね!」

取手も瑞麗もいるのに、彼女ははっきりと、墓地探検! と言って退けた。