「あーあ……」

──今日は、甲太郎を誘って夕飯食おうと思ったのに……、とぼやきつつ、明日香や瑞麗と別れた九龍は、一人寂しく、マミーズで天婦羅蕎麦を啜っていた。

「……あんな皆守クン、初めて見た。どうしちゃったんだろう。取手クンのこと、保健室仲間だ、なんて言ってたのに……」

と去り際明日香は言っていて、美味いのだろうが、一人で食べてもちっとも美味く感じられない蕎麦をそれでも平らげながら、「言い過ぎちゃったかなあ……」と彼は落ち込む。

甲太郎は、一般論を言っているだけだと言い張ったが、自分が告げたことの方が、遥かに『一般論』だ、と思っていたから。

取手の言ったことが、『誰にも救われたくない』と聞こえるのだろう彼が、救われたくないと思っている者に救いの手を差し伸べるのは罪悪だ、と言わんばかりの態度を取るのは、一般論云々ではなしに、或る意味、正解だ。

人として正しいか否か、は別問題だが、少なくとも、甲太郎本人の感情と想いは籠っている。

けれど自分が訴えたことは、その辺の教訓本の中に転がっている、その本を読めば誰もが受け売りとして語れる、『一般論』の域を出ていない。

友人、と例えても差し支えなくなった甲太郎に、偽善者、と思われても仕方が無いくらいに。

「でーもーーーー…………」

しかし、だからと言って、と九龍は、丼の底に少し残った麺汁を、行儀悪く割り箸で掻き混ぜた。

「ああ、もうっ! けど、それよりも…………」

むきーーっ! と一人喚き、考えても仕方の無いことを一旦棚上げした彼は、少しだけ違うことを考え始める。

取手の心の闇を救う救わない、に甲太郎は反応したのか、それとも、取手の心の闇を解く鍵が、あの穴の向こう側にあるかも、に反応したのか、さて、どっち、と。

もしも、取手の心の闇を解く鍵の在処が、あの穴──遺跡ではなく、別の場所にあったら、甲太郎はどうしたろう、とも。

だが、考え始めて直ぐさま、友達を疑いたくはないー! と小さく悶え、寮へ帰るべく、すくっと立ち上がり、「あれもこれもそれも、うだうだ考えた処で答えなんか出ない。今は考えたってどうしようもない。だったら、遺跡探索の支度に手を動かした方が、遥かに建設的だ」と彼は、手早く会計を済ませて自室へ戻った。

届いていた亀急便の段ボール箱を開け、ロープと弾を引き摺り出し、SMGやナイフの手入れをして、アサルトベストに装備を詰めて、暗視ゴーグルの充電も確認し、夜になるのを彼は待つ。

そうしていたら、学内サーバーよりの転送でなく、『H.A.N.T』に直接、甲太郎の携帯アドレスからメールが送られて来た。

件名は、『墓地へ』だった。

『さっきは悪かった。あんな風に言うつもりはなかった。色々考えてみたが、八千穂の言うことも一理あるかも知れない。墓地に行くなら、俺も一緒に行くから連れてってくれ』、それが内容の大筋で、幾度も読み返した九龍は、とてもとても嬉しそうに『H.A.N.T』を弄り、そのメールに保存を掛けると、明日香へ、『甲太郎も、墓地に行ってくれるって』と記したメールを送り、にこにこしながら部屋を出た。

「甲太郎ーーー!」

隣室のドアにへばりつき、ガンガンとノックし、うざったそうに開けられた扉の向こう側に滑り込む。

初めて踏み込んだ部屋は、甲太郎本人から香る以上にラベンダーの香りがして、甲太郎そのものな部屋だなー、とキョロキョロ中を見回し、余りにも片付き過ぎている室内に、ちょっぴりだけ顔を顰めてから彼は、笑みを拵えた。

「何だよ」

「メール、有り難う。……俺も、さっきは御免。一寸言い過ぎたかなって思ってたんだ」

「……何だ、用事はそれだけか?」

「いんにゃ。……それと、九時に墓地の前で明日香ちゃんと待ち合わせしてるからってのを伝えようかと」

「メールでいいだろう、そんなこと」

「隣同士なんだから、口で伝えた方が早いって」

「鬱陶しいだけだろうが」

「俺は、鬱陶しくないっ!」

「お前の話じゃない、俺の話だっっ」

そうして彼は、甲太郎に掛け合いを仕掛け、コーヒーを淹れさせることにも成功し、長々居座る権利を獲得した。

午後九時になる頃。

夕べのように、部屋の窓から立ち木経由でロープを渡して、装備一式を詰めたスポーツバッグだけを滑らせ、アサルトベストの上から素知らぬ顔して制服を着込んだ九龍は、二十四時間営業のマミーズ辺りへ行くような振りをして、殊勝に一緒に連れて行ってくれと言い出したくせに、眠いだの怠いだの面倒臭いだの、ぶちぶち文句を垂れる甲太郎と寮を抜け出し、墓地へと向かった。

待ち合わせ場所には既に明日香が立っており、何故か彼女は、テニスラケットのケースを背負って、腰にはボールバックをぶら下げていた。

「九龍ク──

──しーーーーっ」

二人を見付け、嬉しそうに話し掛けようとした彼女を先に制し、制服の上衣を脱ぎ去った九龍は、甲太郎と明日香に暫く待っていてくれと言い置くと、一番近くの大樹にロープを結んで例の穴の中に垂らし、するすると、暗視ゴーグルを頼りに途中まで下りた。

思った通り、地下は空洞になっていて、遺跡以外の何物でもない建造物が見え始め、ロープにぶら下がったまま器用に、ゴーグルのスイッチを切ってみれば、何か灯されでもしているのか、内部は明るいと判り、が、何の気配も感じられなかったので、彼は一旦地上へと戻った。

「甲太郎と明日香ちゃんに質問」

「何?」

「何だ?」

ちょちょい、と二人を手招き車座になって墓石前にしゃがみ込み、九龍は、声を潜めて問い始める。

「二人共、運動神経と体力に自信はある方? ここ、下までの深さが、十メートル以上はあるみたいなんだよね。下りるだけなら何とかなるだろうけど、帰り、登れる? 出来ないなら、一緒に行くのは論外になっちゃう。流石に俺も、甲太郎や明日香ちゃん担いでは上り下り出来ないしねえ……」

「任せて! 運動神経には一寸自信あるし、体力にはもっと自信ある!」

彼の問いに、明日香は即答でガッツポーズを取り。

「八千穂に出来るんだ、俺も出来るだろ」

普段の就寝時間が近いのか、早くも目をショボショボさせ始めた甲太郎も、問題無いと答えた。

「じゃ、下りよっか。詳しいことは、その先で。ここで喋ってると、墓守のじいさんに見付かっちゃうかもだし。あ、そんで、下り方だけど……──

大丈夫だと言い切ったのだから、大丈夫でしょう、と二人の答えを信じることにし、さらさらっと降下方法を教えると九龍は、今度は下まで下り切り、明日香、次いで甲太郎が下りて来るのを待って。

「ほう……。墓地の下に、こんな場所があったとはな……。遺跡か何かか?」

「もうっ、皆守クンっ! ロープ揺らすなんて酷いじゃないっっ。落ちたらどうするのよっっ!」

「そうなったら、九龍が受け止めてくれんだろ」

ぎゃあぎゃあと言い合う二人を尻目に、『魔法ポケット』からスルスル、昼間、こっそり一人巡った校内の、講堂からかっぱらって来たカーテンを引き摺り出すと、レジャーシート宜しくその場に広げ、ポンポン、と叩き。

「はーい。二人共、座って座って」

己のように、ここに座れと二人を促した。