墓地の地下に眠っていたのは、床も壁も一面が石造りの、大広間のような空間だった。

何本かの柱は崩れ落ちていたが、階段や扉も窺え、エジプトのルクソール神殿やカルナック神殿にあるような感じの石像もあった。

中央には、十二分割された溝に取り囲まれた、円形舞台のような物もあって、十二ある溝の内、一つにだけ、発光する石蓋状の物が嵌まっていた。

石蓋状のそれのように、遺跡全体を構成している石も発光しているようで、含有物が化学反応でも起こしてるのかなー、でも、『H.A.N.T』の電源入れてみても、有害物質の検出は訴えて来ないから、いいやー、と。

そんな遺跡の直中で、敷物代わりのカーテンに正座した九龍は、どかりと胡座を掻いた甲太郎と、ちょこん、と横座りをした明日香に向き直る。

「えーーと。この中を探索する前に、二人に聞いて欲しいことがありまーす」

「ふんふん」

「勿体ぶらずに早く言え」

「せっかちだなあ、甲太郎。──俺は、この遺跡が二度目の仕事の、ぺーぺーもいいトコな駆け出しの宝探し屋だけど、それでも一応は宝探し屋なんで、遺跡に潜ってる限りは、俺の言うこと聞いて? んで。行動は原則、必ず三人一緒で。何があるか判らないからねー。甲太郎は鼻で笑うかもだけど、この間俺が初仕事で潜ったエジプトの遺跡には、亡霊なんだか化け物なんだか判んない、変なのがホントにいたから、万が一ってこともあるし、化け物は大袈裟にしても、毒蛇や毒虫とかはいてもおかしくないし、隠された遺跡ってのは基本的に、俺みたいな不届き者の侵入を阻めるように造られてるのが相場だから、罠があって当たり前、と考えて欲しいから」

「要するに、俺達の想像以上に危険、ってことだな」

「う、うんっ。判った!」

「宜しくねー、二人共。それに、面白そうな物とか見付けても、勝手に触っちゃ駄目だよ。どんなモノが飛び出て来るか判らないから。気になることがあったら、通信機渡すから、それで俺呼んで」

「大丈夫だよ、九龍クン! ちゃんと言うこと聞くし、ラケット持って来たし! 変なの出て来たら、あたしのこのスマッシュで、えいっ! ……と!」

「八千穂……。お前、そのラケットで戦うつもりかよ……」

「勿論!」

「…………やっぱり、来るんじゃなかった……」

二人の顔を代わる代わる見比べ、簡単な注意事項とお約束を九龍が告げれば、少しばかり顔を青褪めさせながらも、明日香は担いで来たラケットを握り締め、そんな彼女の姿に、己の決断を心底後悔している風になった甲太郎は、やれやれと、アロマを香らせ始めた。

「まあ、ラケットも、武器になると言えばなる、かなー……」

彼等へ掛ける言葉に詰まり、ははは……、と苦笑いを九龍は浮かべ、居住まいを正した。

「九龍?」

「……甲太郎。明日香ちゃん。脅かそうと思って、こんなこと言い出す訳じゃないんだけどさ。──俺達の仕事はさ、こういう所に潜り込んで、お宝をかっぱらって来ることなんだ。それはやる気になれば誰にでも出来ることで、資格がいる訳でもないし、自分で自分のこと、トレジャー・ハンターって言い張れば、業界で認められるかどうかは兎も角、それで通っちゃうヤクザな職業だけど。その分、大なり小なり危険は付き纏うし、大怪我してその辺に転がってるしかなくても、誰も助けてくれない。野垂れ死にしようがどうしようが、全部自分だけの責任だし、馬鹿な奴だって笑い飛ばす人だっている。…………だから、お願いだから。そんな碌でもない商売してる俺と一緒になって、正体不明の遺跡の中駆けずり回って、大馬鹿野郎がする仕事に片足突っ込むんだ、ってこと、忘れないでくれるかな……」

どうして、そんな顔をする? と眼差しを向けて来た甲太郎へ、少しばかり悲しそうに笑んでから、彼は真顔で告げた。

ここから先は、己自身で己の命の全責任を持たなくてはならない世界だ、と。

「でもっ!!」

しかし彼は、直ぐさま勢い込んで、力強く立ち上がった。

「一緒に探索して貰う以上、二人は俺の『バディ』だから! 絶対に、俺が守るからっ!」

そうして、グッと、甲太郎と明日香の眼前で、ピースサインを決めてみせる。

「バディ? 何だ、それは?」

「あ、うちのギルドでの、探索協力者の呼び方。相棒みたいなもんだよ。ハンターとバディは、一心同体、一蓮托生、運命共同体!」

「一蓮托生、なあ…………。有り難い響きじゃないな。……ま、お前の話はよく解った。精々、気を付けるとするさ。……八千穂、お前は九龍の傍離れるなよ」

「オッケーー!」

真剣な気配を漂わせたのは一瞬のこと、瞬く間に何時も通りの熱血さを溢れさせる九龍に、甲太郎は肩を竦めて応え、ぴょんと立ち上がった明日香は、これから始まる冒険に目を輝かせた。

「んじゃ、手始めに、この大広間みたいなとこから調べようか。何かがいる気配はしないし、『H.A.N.T』も反応しないから、足許と、壁とか柱とかだけ気を付けてねー」

そんな二人に、ぽいっと、ワイヤレスインカムのような形状の小型特殊通信機を放り投げ、あーだこーだ、使い方を説明しつつ、九龍は、天香遺跡探索の、第一歩目を踏み出した。

ほぼ正方形と言える形をしていた広間には、周囲の壁に沿って並ぶ感じに、都合十三の扉があったが、開閉が可能だったのは、その内二つだけだった。

一つは、全体が緑色に発光している、ほんわりと暖かい部屋で、正面奥に、大きめの井戸があった。

だが、井戸が湛えていたのは水ではなく、遠目には水そのもののように揺らめく、濃厚な空気と光の塊だった。

立ち上る空気と光に手を差し込めば、丁度、温泉に浸かった時のような心地良さを感じたので、パワースポットって奴かな、と九龍は、『緑部屋』と仮に名付けたそこを、安全地帯と定め、もう一つの扉を開けた。

黄金に近い色した石で出来ているらしい、閂が掛けられるようになっている重たい扉を引き開ければ、その先は少し急な坂になっており、登り切った右側には更に扉があって、先には、片側をそれぞれ五体、計十体の石像に囲まれた、長い通路が続いていた。

「広そうだなー、この遺跡……」

「みたいだな」

「何か可愛いなあ、これ。人形?」

「人形じゃなくて、土偶だよ」

坂道を登り切った先の扉の傍らに、隠すように置かれていた、『先人』──何十年か前に、この遺跡の探索に乗り出した、江見睡院という名らしい者が残したメモを『H.A.N.T』で撮影して記録したり、あちらこちらを調べたり叩いたりしながらの九龍と、大人しく彼に従っている甲太郎と明日香は、インカム越しに話しながら賑やかに奥へと進んだが、その先は行き止まりだった。

扉は二つ程あったし、その向こうに隠し部屋を抱いていそうな、パルスHGと呼ばれる小型特殊手榴弾でなら壊せるだろう皹割れた壁などもあったが、扉は両方とも開かなかった。

「鍵穴チックなのは見当たらないから……絡繰り錠かなー」

そうしても問題無いと踏んだのだろう、開かない扉をバカンと殴り、ボコリと蹴って、九龍はふむ、と首を傾げる。

「どうすんだ?」

「絡繰り錠ってんなら、仕掛け動かしてやればいいじゃん」

「どうやって」

「ふふん。その手のシステムな鍵の欠点は、錠部分と鍵部分を引き離せないってことなんだよねー。……目の前に『錠前』があるんだもん、鍵もこの部屋の中っしょ」

「………………お前、馬鹿じゃなかったんだな」

「酷い、甲太郎っ!」

押しても引いても開かない扉の前で、ぼさっと立ち尽くす甲太郎と、軽い調子で言い合って、彼はくるっと振り返った。

「あれ? 明日香ちゃん?」

そこには、いる筈の明日香の姿がなく、慌てて見回せば、辿って来た通路の対面の壁に立て掛けられていた、三棺の棺を彼女は眺めていた。

「明日香ちゃーーーーんっ!!」

少し離れた所で彼女がそんなことをしているのを見付けて、九龍は悲鳴を上げる。

「お願いー! 戻って来てーー!」

「ねえねえ、九龍クン。これって棺? それに、何? この宝箱みたいなの」

叫び声に応え、彼女は九龍達へと駆け戻りながらも、旺盛な好奇心であちこち指差し。

伸ばされた彼女の腕が、敢えて九龍は触れようとしなかった、部屋のど真ん中に並んでいた宝箱めいた箱に触れ、蓋をずらした。