「ぎゃあああああああ!」

不可抗力とは言え、明日香の腕が箱の蓋をずらしてしまった瞬間、九龍は、ムンクの名画『叫び』そっくりの顔になって、更に叫び、甲太郎の二の腕を掴んで走り出した。

「明日香ちゃん、こっち来て、こっちっ!」

ずれた蓋が重力に従って開き切った途端、九龍の想像通り、ボフンと棺の蓋が全て吹っ飛び、中から、魔物と例えても差し支えないだろう不気味なモノが、ゆらり、這い出て来た。

何処からともなく、蝙蝠を、かーなーり、凶悪にしたような害鳥も出て来て。

「うわっ、何あれっ!?」

「何あれ、じゃなくて、二人共下がってーーー!」

明日香のセーラー服の襟を引っ掴み、引き摺り倒すようにして、九龍はSMGを構える。

「こんちくしょー!」

ヘラクレイオン遺跡でバディだったサラーが、この手の魔物には必ず弱点がある、と言っていたのを思い出しながら、急所を探りつつ、彼は銃をぶっ放した。

「あ……、あ……明日香ちゃん……」

………………五分か。それとも十分か。

大して長くはない、が、九龍には永遠にも感じられた時が過ぎ、全ての化け物を一掃した彼は、絶え絶えの息で、トラブルメーカー認定した方が良さそうな彼女を振り返る。

「何? 九龍クン」

「明日香ちゃんっ! 触っちゃ駄目だって言ったじゃないかーーーーーっ!」

「御免ー……。わざとじゃないんだよぉ……」

むきっ、と怒り出した彼へ、明日香は申し訳なさそうに詫びたが、余り、凝りた感は窺えなかった。

「気を付けて! お願いだから! 気を付けて! 心の底からの俺の頼み! あんなのに襲われて死にたくないよね? 明日香ちゃんだって嫌だよねっ? 俺だって嫌だよっ! 何が遭っても二人のことは守るけど、俺、言う程は強くないからっ!」

故に、どうしてくれよう……、と半べそを掻き、彼は再び叫んで、黙ったままの甲太郎へ首巡らした。

「甲太郎も──

──あ? 何だよ、もう終わっちまったのか」

すれば、甲太郎は大人しく黙っていたのではなく、隅の壁に凭れてうたた寝をしていただけのようで、ぼーー……っとしながら、欠伸を噛み殺した。

「…………………………うん、お陰様で無事に終わった……」

剛胆とは言える、緊張感の欠片も無いその姿に、がっくりと九龍は項垂れ、罠のスイッチを兼ねていた蓋がずり落ちた、箱の中味を改め出した。

「なあ。そんな風に、爆弾で遺跡の壁吹っ飛ばしたり、壷だの箱だの叩き割ったりして歩いてもいいのか?」

「何で? 俺、別に考古学者じゃないもん。学術的な価値になんか興味無いし、判んないしね。それに、この遺跡は大きいから、サンプルの一つや二つ減った処で、どーってことないよ、きっと。あちこち撮影して記録はしてるしさ」

「いい加減だなー……」

「あはははー。……トレジャー・ハンターってのはさ、狡っこい奴等な訳よ。『自分が追い求めているモノ』だけを、苦労しないでひょいっと拾えればそれに越したことはない、って考える人種なの。他人出し抜いてナンボなんですな。そんな連中が、少々遺跡傷付けたって、良心咎めたりしないって。壊せば手に入るモノがあるなら、ぶっ壊すのみでーす」

──そんな風な会話を甲太郎と交わしながら、施錠を解除した扉の向こうに九龍は進み。

所々に、まるでヒントのように置かれている碑文を解読しながら、同じ数だけある仕掛けを解いたり、宙に突き出している風に見える巨大な手の像に飛び移ろうとして、うっかり転げ落ち、下に流れていた地下水に遠く運ばれてみたり、としながら、更なる奥を目指して。

「睡院とかいう、あのメモ落として歩いた人が、化人って名付けたアレ、何なのかなあ……? 魔物……でもないっぽいし、妖怪でもないみたいだし、実体があるから、亡霊でもないだろうし……」

「九龍クンに倒されると、気持ち悪い、変な色した液みたいの垂らすから、生き物は生き物?」

「多分ね。……でもなー、風船みたいにフワフワ浮く奴もいるからなあ。物理法則は? って突っ込みたくなるんだよ。塵みたいに崩れるしね」

「端的に、化け物、でいいんじゃねえのか?」

あっちこっちで蠢いているが故、段々戦うのも慣れて来た、睡院曰くの『化人』なる、種類豊富な化け物を片っ端から倒しながら、あーでもない、こーでもない、と明日香や甲太郎と語り合い。

「……………………そういう訳でね」

彷徨い続けたその区画の片隅で見付けた、大広間にもあった、仮称『緑部屋』に転がり込んで、疲れた……、と三人揃ってしゃがみ込みつつも、九龍は口先だけは元気に動かし続けていた。

主に、明日香に向けて。

「一口に、遺跡やお宝が眠る場所って言っても、色々あるんだ。だからね、目の前に、どーんと宝箱があったとしても、迂闊に開いちゃ駄目なんだ。宝箱がそこにあれば、思わず開いちゃうのが人間だからさ、罠仕掛けるには持って来いでしょー?」

「ふんふん。それは納得」

「世の中にはさ、取れるもんなら取ってみやがれって、意地悪この上無い仕掛けで守ってから、わざわざ発見され易いように埋めた、後世の人間への挑戦な宝もあるし、お宝を取ったら絶対に出られなくなります、な訳判んない構造の遺跡とかもあるから。……触っちゃ駄目。ぜっっっっ……たいに、触っちゃ駄目。俺がいいって言うまで、駄目っ」

…………彼は未だ、初めて化人と戦う羽目になった際の明日香の行動を、若干根に持っているようで。

くどくどくどくど、講釈と文句を彼女に垂れた。

「お宝とやらを埋める連中も、そんな物を探して歩くお前達も、俺には理解出来ないぜ。何が楽しいんだか……」

そこへ、長い説教だな、と甲太郎が嘴を突っ込んだ。

「んーーーー。お宝ゲットした瞬間は快感だし、知恵比べは楽しいよ? ……うん。そういう意味では、この遺跡は素敵だ」

「素敵? 何処が?」

「知恵の絞り甲斐があるトコ。それに…………」

「……未だ、何か魅力があんのか? この辛気臭い遺跡に」

「内緒。──さーって、続き行こっか。そろそろ、日付変わっちゃう」

こんな遺跡を拵えた連中も、お前達宝探し屋も、理解し難い、とぼやく彼に笑い掛け、九龍は立ち上がった。

────遺跡を拵えた者達との純粋な知恵比べは楽しいから、確かにこの遺跡は魅力的ではある。

でも。

……この遺跡は、余りにもおかしい。

規模だけを考えれば、墓所か神殿なのだろうが、何らかの神を祀るだけの神殿にしては、不届き者を排除するシステムが厳重過ぎるし、埋葬品の盗難を恐れて造られた墓所、という想像は、遺跡の構造的にそぐわない。

ここは、侵入者を徹底的に排除しながらも、『誰か』を迎え入れるように出来ていると思える。

一体、何の為に建造されたのか、それが全く判らない、と。

そんなことを考えながら。