仮称『緑部屋』前の通路の突き当たりには、これまでに抜けて来たのとは違う、一際豪奢で悪趣味で巨大な、両開きの扉が待ち構えていた。
二匹の蛇が螺旋を描くように絡み合っている装飾のそれは、明らかに、この先で何かが待っている、と訴えてもいた。
三時間近くを掛けて、侵入出来た区画内を漁りまくった結果、その扉を開く為の鍵と思しき品は手に入れたので、九龍は、アサルトベストから取り出した『鍵』を、それと同じ形をしている扉の窪みに合わせた。
…………途端、『鍵』は、同形の窪みに吸い込まれるように消え、カチリ、と何かが開く音を立てた。
「不思議だねー。何で、こんな風になるんだろ?」
たった今目撃した現象に、明日香は驚きを隠さない。
「………………オーバーテクノロジー……」
九龍は九龍で、え……? と呟き。
「ロストテクノロジーの間違いじゃないのか?」
それへ、甲太郎が冷静に突っ込んだ。
「こんなん、ロストテクノロジーってよりは、オーバーテクノロジーっしょ」
「ねえねえ。ロストだのオーバーだのって、何?」
「ん? えっとね──」
「──ロストテクノロジーってのは、何らかの理由で現代では失われてしまった技術のことだ。逆に、オーバーテクノロジーってのは、その時代やその世界の一般的な科学技術水準を遥かに超える技術のこと。……ま、尤も、オーバーテクノロジーはSF用語だが」
「へーーーー……」
「甲太郎さんってば、博学ぅ。──リアリストのくせに、何でそんなこと知ってるんだよ。俺が知ってるのは当たり前だけど」
「……SF小説くらい、俺だって読む」
「オーバーでもロストでもどっちでもいいよ。不思議なことには変わりないんだしさ。早く行こうよ! 映画みたいに、この先にはお宝がー! なシチュエーションばっちりの扉じゃない、これ」
己達を誘っている風な扉を前に、互いが互いをジト目で見出した九龍と甲太郎を、二人して何を言い合っているのよ、と明日香は突っ突く。
「…………宝が出て来るか。取手の過去を解く鍵とやらが出て来るか」
「さもなきゃ、RPGチックに、ラスボスが出て来るか、だね。………………行こう」
逸る明日香を他所に、少年二人は顔を見合わせ、だが、行くしかない、と。
酷く重たい、その扉を開け放った。
覚悟を決め踏み込んだそこは、それなりに広い間だった。
暗く、辺りの様子はよく判らなかったが、誰か、若しくは何かがいるのが薄ぼんやり見えて、三人は目を凝らした。
「《墓》から出て行け……」
薄闇の中、一際濃い影となって佇む誰かが、彼等に警告を発した。
「その声、何処かで……」
「……取手だ」
警告の声に、聞き覚えがあると明日香は小首を傾げ、前を見据えたまま甲太郎が正体を明かす。
「取手クン? え、どうして取手クンがこんな所に? ……ちょ……一寸、取手クン、その格好……」
「この《墓》を侵す者を処分する。──それが、《生徒会執行委員》たる僕の役目」
その間に影は三人へと近付き、中世の拷問官の格好を、今風にしたような出で立ちの姿晒した取手は、更なる警告を出して来た。
「執行委員って、まさか取手クンが? ……あたし達は、キミを助ける為にこの墓地に──」
「──僕を助けに?」
「そうだよっ。キミの苦しみには、この墓地が何か関係してる筈だ、ってルイ先生が言ってたから……」
「だから?」
「え?」
「君達が、僕を助けるって? 僕の、何を救うって?」
抑揚なく、冷たい声で迫る彼に、明日香が必死に訴え掛けるも、何を言われているか判らないと、逆に取手は彼女に問う。
「他人に救って貰わなきゃならないような覚え、僕にはない」
「だって……、だってルイ先生が、取手クンは亡くなったお姉さんのことを、その…………」
「八千穂さんは、不思議なことを言うね。さゆり姉さんは死んでなんかいないよ。姉さんは、何時だって僕の傍にいて、僕を見守ってくれてる」
「取手クン…………」
「君は、まるで僕が何かを悩んでるように言うけど、僕は今、清々しい気分なんだ。生徒会執行委員として、この、他人の精氣も吸い取れる、神の両手の《力》を授かった時から、ずっと。但……どうしてか、あの頃から、風のそよぎも、水のせせらぎも聴こえなくなって──何の旋律も聴こえなくなって、姉さんの大好きな音楽もピアノも遠退いて……。だから、ルイ先生に…………」
そうして彼はブツブツと、とても矛盾したことを言い出した。
「…………取手。音楽室に倒れていた女子のアレは、お前の仕業か?」
様子のおかしい彼を、甲太郎は鋭い瞳で見据えた。
「そうだよ」
「姉さんの好きな音楽が遠退いただけが悩みの、《力》を授かって以来清々しくなったお前が、何故、そんなことをする?」
「……彼女が悪いんだ。綺麗な指をしていたから。姉さんが、あの子の指が欲しいって…………」
「姉さんが? どうして?」
「だって…………。……だって……そう……、姉さんは、事故でピアノが弾けなくなったから、だから──」
「──それから、どうした?」
「……え? それから……?」
「お前の姉さんは、事故でピアノが弾けなくなってからどうした? って訊いてるんだ。…………現実を、ちゃんと見ろよ、取手」
「姉さんは…………姉さんは、何時だって僕の傍で僕を見守ってくれている! ……そう。それが現実だ。──無駄話は終わりだよ。ここが、君達の墓場になる」
睨むように取手を見、甲太郎は言い放ち、追い詰められた取手は、ゆらり、長い両手を蠢かせ始めた。
「…………あーあ。崖っ縁に追い遣っちゃって……。手厳しいねえ、甲太郎」
刺激しなかったら、違う展開になったかも知れないのに、と九龍は、呆れたように甲太郎を見上げた。
「本当のことを知らせてやろうとしただけだろう?」
何処となく咎める風になった九龍に、甲太郎はアロマに火を点けて、しれっとそっぽを向く。
「ま、ね。荒っぽいやり方でね。…………処でさあ」
「何だよ」
「取手と戦わなきゃならないんだよね? 俺達。つーか、俺」
「あいつは、ここを俺達の墓場にすると言ってるんだ。死にたくなけりゃ、そうするしかないだろうな」
「だよねえ……。うーーーん、どうしようかなあ……。SMGじゃ、当り所が悪かったら死んじゃうし、ナイフもなあ……。…………出来たら、の話だけど、意識奪う程度で倒したとして。《生徒会執行委員》とやらな取手鎌治君は、その後、俺達のこと諦めてくれると思う?」
「……その考えは、甘いだろ、どう考えても」
「……だよねぇぇぇ……。………………しょうがない。やるだけやってみますか……」
「頑張れよ、宝探し屋」
「ホント、愛が無い…………」
この野郎、取手を追い詰めて怒らせたくせに、ケツ持つのはこっちか? と友達甲斐を感じさせない甲太郎の態度に、顔引き攣らせつつ。
溜息付き付き、九龍は、腰のベルトからコンバットナイフを抜き、顔の前で構えた。