唯々、取手は泣き続け、明日香も貰い泣きを始め、二人が落ち着くのを待って、ぽつりぽつり語り出した取手の話に耳傾けながら、九龍達は地上を目指した。

「……思い出したんだね、取手クン」

「…………ああ。さゆり姉さんが死んだことも、姉さんが遺してくれた、この、僕にとっては宝以上の宝と引き換えに、《呪われた力》を手に入れ《生徒会執行委員》になったことも、思い出したよ……。皆々、ずっと僕は忘れていたけれど……」

「宝と引き換えに?」

「うん。姉さんが重い病に侵されて、ピアノも弾けない体になってしまったと知った時、僕はどうしてもそれを認められなかったんだ……。姉さんがピアノが弾けなくなったのは、音楽室での事故の所為だって思い込もうとして、でも、そうやって思い込んだ矢先に姉さんは亡くなってしまって、姉さんがピアノが弾けなくなってしまったことの怒りの遣り場とか、自分はこの先どうしたらいいのかとか、判らなくなってしまって……。来る日も来る日も音楽室で、姉さんが遺してくれた楽譜を眺めてた。そうしたら……。……………………あれ……? 何でだろう、その頃のことが、よく思い出せない……」

酷く眠た気な顔になった甲太郎は、アロマを香らせる以外は億劫なのか、黙りを決め込んだので、明日香と九龍が、取手の話に受け答え。

問われるまま思い出したことを語っていた取手は、執行委員になった前後のことを、上手く思い出せない、と顔を顰めた。

「そうなの?」

「自分でも凄く不思議なんだけど、どうしても上手く思い出せない……。僕の《宝》を差し出せば、引き換えに《力》が得られて、辛い想い出も忘れられるから、って誰かに言われて、その通りにしたような覚えはあるんだけど……。その先覚えてるのは、何でそんなことになったのかも判らないまま、『あの日』、自分は《力》を得て、《生徒会執行委員》になったんだから、執行委員の役目通り、校則違反を犯す生徒を処分しなくちゃいけない、とか、言われた通り、墓を侵す者を排除しなければ、とか、自分に与えられた『この墓』のエリアを守らなければ、とか、そんな風に毎日考えてたってことだけで……」

「そっかあ…………」

《力》を授かり、《生徒会執行委員》になった辺りのことは、曖昧にしか思い出せない、と言う取手に、少々九龍は落胆し、戻った大広間で、「絶対、スカートの中覗いちゃ駄目だからね!」と握り拳を固めた明日香と一悶着起こしてから地上へと這い出て、漸く、ほっと一息付いた。

「疲れたねー」

未だ元気溌剌な明日香、憑き物が落ちたような風情の取手、ひたすらに眠たそうな甲太郎、その三人を見比べ、もう、午前三時過ぎ、と九龍は笑う。

「甲太郎も、明日香ちゃんも、お疲れ。取手、体大丈夫?」

「体は、大丈夫。一寸、あちこち殴られたみたいに痛いだけで……。…………それよりも、葉佩君。君は、悲しみから逃れたいばかりに一度は失った、姉さんから託された僕の大切な『宝』を取り戻してくれた。……君は、何者なんだ……?」

気遣う風に顔を覗き込んで来た彼に、取手は、先程からずっと訊きたいと思っていたことを問うた。

「俺? 俺、は…………。────俺は、トレジャー・ハンターなんだ。宝探し屋さん。この下に眠ってる遺跡みたいなトコに潜り込んで、《秘宝》を見付け出すのが俺の商売」

……躊躇いはしたものの。

九龍は彼にも、正体を明かした。

「宝探し屋…………」

「……うん。あ、でも、他の人には内緒な?」

「…………判ってる、誰にも言わないよ」

正直に素性を語り、ウィンク付きの口止めをして来た彼に、取手はにっこりと笑んだ。

「君が、この地下に眠る遺跡で何を探しているのか、僕には判らないけど……でも、僕の宝物を──取り戻せる筈無かった大切な物を、君は探し出してくれたから。今度は、僕が君の力になるよ。……そうさせて貰っても、いいかな…………?」

そうして彼は、生徒手帳を貸して、と九龍に右手を差し出し、プリクラを貼り、メールアドレスを書き込む。

「……有り難う、取手──いいやっ! 鎌治っ!」

「え?」

「友達になれたんだから、鎌治でいいよね?」

「…………うん。九龍君」

貼られたてほやほやのプリクラを眺めながら、にこぱ! と笑いつつ、鎌治、と九龍が彼を呼べば、取手は益々嬉しそうになって。

「取手クンっ。あたしもあたしもっ! プリクラ、交換こしよ?」

明日香も、そこに混ざり。

「そうだ、俺も昼間撮ったんだ、プリクラ」

「そうなのかい?」

「あっ! 聞いた聞いた、噂で聞いたよ! 皆守クンに付き合って貰って撮ったんでしょ?」

「…………八千穂。何だよ、その噂って」

「え? 『あの』皆守クンが、九龍クンと一緒にプリクラ撮ってた、って、今日の放課後、あっちこっち、その噂で持ち切りだったよ?」

「……甲太郎って、有名人?」

「そうだと思うよ。皆守君のこと、知ってる人は多いんじゃないかな。皆守君、目立つし……」

「どういう意味だ、取手。──それよりも、九龍っ! だから俺は嫌だって言ったんだっ!」

「えー、もう今更だよ、そんなこと言ったってー」

「どうでもいいから、皆守クンも取手クンも生徒手帳出してよ。ほらほら!」

最終的に、甲太郎も巻き込んで、四名は、遺跡へと続く墓石の前にしゃがみ込みながら、生徒手帳を取り上げたり取り返したり、プリクラを貼るの貼らないの、で暫く揉めた。

想像もしなかった苦労の連続だったが、それでも、今宵の出来事がとても嬉しかったらしい明日香は、少しだけとは言え明るさを取り戻した取手ときゃいきゃい話しながら夜道を進み、九龍と甲太郎は、はしゃぐ明日香と、明日香に振り回されている取手の後を歩いた。

「それじゃ、皆、お休み!」

機関室を挟んで並び立つ、女子寮と男子寮が見えて来た時、もうこんな時間だけど、と立ち止まった明日香は、三人へと笑い掛けた。

「お休み。…………今日は有り難う、八千穂さん。九龍君も、皆守君も、有り難う」

ひたすらに明るい彼女へ、取手は再度礼を告げ、甲太郎と九龍を向き直り。

「……ああ」

「いえいえ、どう致しまして」

甲太郎はぶっきらぼうに、九龍はへらっと、それを受けた。

「本当に有り難う、九龍君。僕を救ってくれて。僕の大切なモノを取り戻してくれて…………」

取手は更に、言葉を重ね。

「…………………………ううん。────隠されたお宝を見付け出す、それが宝探し屋の仕事だからっ!」

ほんの少しだけ間を置き、殊更明るく、九龍はガッツポーズを取った。

「……おい…………?」

「何? 甲太郎」

「………………いや、何でもない。──もう、朝だぜ? 俺は眠い。帰るぞ、寮に」

横目で九龍を眺め、保健室で瑞麗と話していた時も、こんな不自然な間を、こいつは見せなかったか? と甲太郎は思い、それを口にし掛けたが、能天気にへらへら笑む九龍をまじまじ見遣って、結局彼は、疑問を飲み込んだ。

「あー、そうだね。思ってたよりも時間掛かっちゃった。明日……じゃなくって今日、祝日で良かったなー……」

眠いと、お決まりの文句を甲太郎に言われ、九龍は空を振り仰ぎ。

「部屋に戻って、寝るとしますか」

今夜は解散ー! と元気良く、宣言した。