休日だからだろうか、学内のあちらこちらで、思い思いのことをしている生徒や教職員を、繰り出した京一や龍麻は目にすることが出来た。
校庭でも、テニスコートでも、体育館でも、武道場でも、プールでも、部活動が行われているようで、学内を南北に走る中央歩道を歩いていても、東西に走る中央歩道を歩いていても、賑やかさは絶えなかった。
学園での校則によれば、生徒達は寮以外では制服を着用するのが原則らしいが、祝祭日は例外なのか、部活に勤しむ生徒達以外は皆私服で、京一や龍麻がふらふらと歩いていても、違和感は生まれなかった。
尤も、通りすがった内の何名かは、ん? という顔をして、二人の顔をじろじろ眺めて行ったが、敷地内に住まっている成人の人数は限られている学内だから、見知らぬ顔に気付く者もいたのだろう、と取り立てて気に留めず、二人は先ず、マミーズに入った。
「いらっしゃいませ、マミーズへようこそ!」
ヘアバンドで髪を留めた、『舞草』とのネームプレートを下げたウェイトレスの少女に席に案内され、京一は五目ラーメンを、龍麻は日替わり定食を昼食にオーダーし、昨日、「連絡が付けられなくなったら困る」と、如月と壬生と村雨の三人から一台ずつ押し付けられた、最新モデルの携帯を、使い方が判らない、と弄くり倒している内にやって来たそれを平らげ、他愛無い話をしながら彼等は今度は、買い物に向かった。
学内とは思えぬ程品揃えの良い売店やスーパーで数日分の食料品や日用品を買い込み、「やっぱり日本は豊かだなー」と言い合いながら散策を続け、時間を掛けて敷地内を一周し、部屋に戻った処で。
「京一」
買い物袋の中味を仕舞いながら、龍麻は、それまでしていた他愛無い話を打ち切った。
「んー?」
「気付いた?」
「お前が何のこと指して言ってんのかは判んねえけど、気付いたことなら、二つばっか」
「……お。一緒」
「やっぱりな。ひーちゃんも判ってたか」
「うん。……一番気持ち悪いな、と思う場所が、北東──丑寅の方角って、ベタな所にあるってのが一つだろう?」
「ああ。学生寮がある裏っ側の森だろ? 墓地があるとかないとかって話の。確かにこの学園は、一発目にひーちゃんが感じた通り、全体的に何となく空気が重たいけど、あそこが一番だと俺も感じる」
「そうそうそう。そうなんだよ。気持ち悪いったら。まあ、ここは嫌な感じがする所だって思い知らされてから、俺も相応に構えてるからね。一寸やそっと、近付いてもどうってことはない程度だけど。……で、もう一つの方なんだけどさ」
「………………何か、いたな。変なのが」
「……うん。しかも、何人も」
「ありゃ、一体何なんだ? 何処からどう見たって、ここのガッコの生徒の一人──ヒトなのに、時々見掛けた変な連中の氣は、ヒトのもんじゃなかったぞ?」
「そんなこと、俺にだって判らないよ。ヒトの持ち得る氣じゃない、それは確かだけど……。……でもなあ、異形って風でもなかったんだよね。ホントに、何なんだろう……」
龍麻が京一を呼ぶ声で始まった話は、僅か二、三時間足らずの間に二人共に感じ取れた、『学園の不思議』で。
嫌な場所はあるし、ヒトとは思えぬ氣を持つヒト達もいた、と彼等は揃って首を捻る。
「それ以外に言えることったら……見掛けた限りでは、の話だけど、連中は全員、学生だった、ってことくらいか?」
「学生、か……。高校生…………。俺達の時もそうだったけど……」
「けどよ。連中が、俺達みたいな『力』持つ者、ってのは有り得ねえだろ。俺達だって、氣は、ヒトの範疇だ」
「……だよねえ……。…………うーーん。なーんか、ヤだなあ……」
片付けの手だけは動かしつつ、あーでもない、こーでもない、と二人は言い合い、部屋の備品の一つだったコーヒーメーカーで淹れたコーヒー片手に、リビングへと移動して。
「取り敢えず、だ。無い知恵絞ってみた処で判らねえことは、一先ずこっち置いておいて。もう少し、建設的なこと考えねえか? ひーちゃん」
「…………あ。京一に、無い知恵、とか言われるのも、建設的、とか発言されるのも、一寸屈辱」
「ほっとけ。つーか、いいから聞きやがれ。──理由や原因は兎も角、この学園は、嫌な、重たい空気に覆われてるトコで、殊更嫌な場所もあって、氣がおかし過ぎるガキ共もいる、ってのは判ったよな」
「うん」
「で、そんなガッコに、ひーちゃんが何でか気になる、葉佩九龍は潜り込んでる。……でも、あいつは宝探し屋とかだろう?」
「……そうだね」
「宝探し屋ったら、探すのは宝だよな、文字通り。こんなトコにどんなお宝があるのか、俺には想像も付かねえけど、お宝は所詮お宝なんだから、このガッコがこんなだろうと、あいつのことは、放っといてもいいんじゃねえの?」
「んーーーーー。……彼の、宝探し屋って仕事自体には、俺も更々興味は無いんだけどさ。わざわざ、こんな所に生徒として潜り込んでまで彼が探そうとしてるモノと、この学園のこんな状態とが、全く無関係とは思えないんだよね。……この間、壬生が言ってたろう? 彼の所属してるロゼッタ協会ってトコと、壬生のM+M機関とは、対立してる、って。退魔師な壬生達が狩って歩いてる異形を、ロゼッタのハンター達は、秘宝を探し当てる際に一緒に解放しちゃうこともあるから、って」
「あー、言ってたな、そんなこと」
「だから、ロゼッタのお抱えハンターな彼が、この学園でお宝を探し当てたら、壬生達がこめかみに青筋浮かべるような事態になる可能性は大じゃないかな」
「そりゃ、そうかも知んねえけどよ…………」
リビングのソファに、寄り添うように並んで腰掛け、二人は更に、『あーだこーだ』を続けた。
「……京一。俺さ、さっきこの学内歩いてみて、ちょっぴりだけ考え変わったんだよ。葉佩君は、何でか猛烈気になる、って程度の相手だし、ここで何をしようと、どんな宝を見付けようと、正直俺はどうだっていいけど、もしも、彼がお宝を探し当てて、壬生のこめかみに青筋立つようなことになった時。出て来るのは、この学園の様子から言って、かなり碌でもないモノだと思う。……だとしたら。俺は一寸だけ、ちょっかい出そうかな、って。そう思い始めて来た。…………五年前、俺達皆が必死こいて護ったこの街のど真ん中で、碌でもないモノ解放されるなんて冗談じゃない。俺達の大切な人達は、今も沢山この街に住んでるし、蓬莱寺のおじさんやおばさんや、俺達や皆の友達や大事な人達も、この街で生きてる」
「…………確かに、そんなことになるのは俺も許せねえ。五年前の俺等の頑張り、水の泡だし。お前や連中が、危険に晒されるようなことになるのも許せねえ。………………うん、そうだな。正直なトコ、ここまで来ちまったけど、ひーちゃんには良くない場所だっての思い知ったから、ひーちゃんがあいつのこと気にするの、何とかして止めさせようって、さっきから考えてたんだけどよ。ひーちゃんの言う通り、そんな嫌な可能性が少しでもあるってんなら、根性据えて、暫く居座るとするか」
「……うん。そうしよう。俺は、そうしたい」
「判ってる。お前の体のことは、俺が何とでもしてみせる。……でも、出来るだけ急ごうぜ? 長居は無用な土地柄みたいだしな」
「そうだね。その辺りのことに関しては、一応、京一の言うこと聞くようにするよ。成り行き次第だけど。…………じゃ、そういう訳で。さっきも言ったけど、当面は、葉佩君の目的を探ろう? 彼が何のお宝を探してるのか、それはこの学園のこんな状態と関係してるのか。……そんなことしてれば、俺が何で彼のことこんなに気にするのか判るかもだし、お宝とここの状態に何の関係もなかったら、引き上げればいいだけだし」
「りょーかい。…………って、あ! そろそろ、布団取り込まないとヤバいんじゃねえ?」
「あーー、そうだ!」
サーバー一杯に淹れたコーヒーを全て飲み終え、カップが冷えても尚、話し合いつつソファで寄り添っていた彼等は、はた、と干しっ放しの布団を思い出し。
もう夕方なのに! と慌ててベランダに飛び出た。