「意外に、ハードルは低いのか」
「そうだよ。これも夕べ言ったけど、今日から俺は宝探し屋! って言い張れば、それで通っちゃう仕事な訳だ、これが。それだけじゃ認めて貰えないし、食べてもいけないけどね。だから、なるだけだったら簡単。うちのギルドに入会するのだって、存在を知るのはハードル高いけど、入会することそのものは、そんなに大変じゃないよ。入会さえ出来れば、ド素人でも、最低限のことは教えて貰える。……但、さ。例えば、海底にある遺跡に潜ってお宝取って来い、って言われた時に、潜れないから行けません、って答えたら、『そうですか』で、ホサれて終わるだけ。それが嫌なら、自分で何とかするだけ。戦闘に関してもそう。お宝目指した先に、化け物が立ちはだかってても、人間が立ちはだかってても、殺らなきゃ殺られるだけなんだから、死にたくなかったら殺りなさい。それが出来ないんなら死になさい、ってだけ。武器が扱えようが扱えまいが、それは貴方の勝手ですー、何も彼も、自己責任よー、ってね」
「……………………道理だな」
不思議そうにしている甲太郎に、至極軽い調子であっけらかんと九龍は答え、だから甲太郎は肩を竦めた。
「それにさー。こんな商売してても、諸手を挙げて超常現象系を肯定してる訳じゃないんだ、俺。だから、遺跡には化け物とか亡霊が出ることがあるとか、有名なファラオの呪いみたいなことも本当にある、って噂で聞いても、何処まで本当だろう、映画じゃあるまいし、なんて疑ってたし、そんなのとやり合わなきゃならない羽目になるよりも、俺達が見付けて来た《秘宝》を、ハンター殺してでも横からかっ浚おう、って企む連中とやり合う羽目になることの方が、遥かに現実的で大問題とも思ってたし、エジプトの遺跡で実際に化け物みたいなのに襲われても、あんなの滅多にある話じゃない、なんて高括ってたんだけどねー。ここの『地面の下』には、そんなんがうようよしてて……。……何とかなったから、こうして愚痴垂れてられるけど。……それに、さ」
「……それに?」
「人間相手にするよりは、存在なんか殆ど信じてなかった化け物相手にする方が、よっぽど楽だったんだなー……。……なーーーんて、思っちゃったりなんかして。ははははは……」
「九龍…………」
「……やだなー。甲太郎が、そんな気遣うような声出さなくっても──」
「──お前も人並みに、落ち込んだりへこんだりするんだな」
「………………どういう意味?」
すっかりカレーを食べ終えても、ああだこうだと自分は語って、うっかり、要らぬ愚痴まで零してしまったと、少々抑えた声で己の名を呼んだ甲太郎に、へらっ、と九龍は笑ってみせたが、続いたのは失礼な一言で、プッと彼は頬を膨らませた。
「まあ、いいや。そう思うくらい、甲太郎は俺を、ポジティブな人間に見てくれてる、ってことなんだろうから」
「……確かに、ポジティブだな。無駄に。頭の中味を疑いたくなるくらい。何で、そういう発想が出来るんだか……。────行こうぜ。飯も食ったし、俺はもう一度寝る。お前も今日は、潜らないんだろう?」
拗ねはしたが、思いもしなかった受け止め方で、九龍が失礼な発言を流したので、詰まらなそうに甲太郎は立ち上がり。
「うん。今日は一寸、部屋で色々。調べ物したりとかね」
すんなりと九龍もそれに倣って、彼等は寮に帰った。
だが、消灯時間が訪れるや否や、それまで部屋で一人、じーーー……っと、『H.A.N.T』と向かい合って睨めっこをしていた九龍は、あっさり宣言を翻して墓地へ向かい、遺跡へと潜って。
灯りの落ちた窓辺に佇み、アロマの火を灯しながら甲太郎は、少しばかり呆れ顔で、一人墓地の森へと向かって行く彼の後ろ姿を眺めていた。
翌日。
夜明けまで遺跡に潜っていた九龍は、眠くて眠くて、仕方無かった。
朝から元気良く、教室の隅で声だけは一応潜めた明日香に先日の遺跡探索のことを興奮気味に語られても、眠そうな顔で、少々ぼんやりとした受け答えしか出来ず。
午前の授業が始まってからは、今日も重役出勤らしい甲太郎に倣って、俺もサボれば良かったなあ、と、そればかりを考えていた。
昼休みの直前には、担任の亜柚子担当の現国の時間だったにも拘らず、ついうっかり昼寝をしてしまい、スッコン! と脳天にチョークを直撃され、「亜柚子先生、可愛い顔して結構豪腕……」と、白く汚れた頭髪を摩りながら、残りの時間を何とか耐え。
漸くやって来た昼休み。
もう限界、サボる! と校舎を抜け出、寮へ向かった。
が、寮へと続く中央歩道の途中で、マミーズに向かおうとしていた甲太郎と行き会い、九龍もそれに付き合うことになり。
「甲太郎は、ひょっとして今日もカレー?」
「ひょっとしなくてもカレーだ」
「俺はー、カツカレーにしようかなー」
昼食を摂るくらいなら、眠たくても凌げると、マミーズの一席を占め、甲太郎と二人、喋り始めた。
「あーーー、いたいた、九龍クン!」
すれば、そこに明日香もやって来て、昼食の席は俄然賑やかになる。
「酷いよ、もー!」
「え? 何が?」
「九龍クン、午前の授業中、ずーっと眠たそうにしてたでしょ。あたしに内緒で、あそこに行ったんでしょ!」
やって来た彼女は、するっと彼の隣を陣取り、文句を捲し立て始めた。
「そんなことないって。昨日は一寸遅くまで調べ物してたから、寝不足なだけだってー」
「あ、そうなの? なーんだ」
しかし、本当のことを白状するつもりなど彼にはないから、苦笑しながら誤摩化し、そういうことならと、明日香もメニューを開いた。
「処でさあ、聞いて聞いて!」
「はいな」
誤摩化しに騙され話を変えた彼女に、一足先にやって来たカツカレーを食べながら、彼は耳を貸す。
「今日からね、新しい警備員の人が入ったんだ。それも二人も! だから朝から、女子はその噂しかしてないんだよっ。アルバイトらしいんだけどね、二人共未だ若くって、揃って格好いいの! あたしも見に行っちゃったーー」
オーダーを取りに来た奈々子にハンバーガーを注文しつつ、明日香は、女子高生らしい話題に熱込める。
「へーー、そうなんだ」
「だから?」
だが、九龍も甲太郎も、男子なので。
彼女達曰くの、格好良い、男性アルバイト警備員の噂をされても、返せる反応はそれなりでしかなかったが、彼女のお喋りは止まらなかった。
「だから? って言われると困るんだけどー……。いいじゃない、格好いいお兄さん達の噂くらいしたって。──兎に角、二人共凄く目立つの! 片方は黒髪で、そんなに背は高くないけど細身ですらっとしてて、男の人であれは卑怯! ってくらい綺麗な顔してて、もう一人の人は赤茶の髪で、もしかして若い頃は不良だったのかなー、って雰囲気なんだけど、背も高くって逞しい感じで、ハンサムでねー! B組の、剣道部々長の真里野クンみたいに、白木の木刀持っててーー」
「…………女ってのは、本当に下らないことで騒ぐんだな。お幸せなこった」
例えるなら、『ご近所のアイドル』を語るように、新しい警備員達に付いて噂する明日香を、甲太郎は鼻で笑った。
「…………………………………………片っぽは黒髪で、もう片っぽは赤茶の髪で。黒は美人で、赤茶はハンサムで。赤茶の方は木刀持ってて…………。……まさかな。…………うん、まさか、そんなこと。…………や、でもやっぱり、有り得るっ!」
一方、九龍は。
すーーー……っと顔色をなくし、有り得るの有り得ないのとブツブツ呟いてから、椅子を鳴らして立ち上がり。
「九龍?」
「九龍クン?」
「明日香ちゃん! その人達、今何処にいるか知ってるっっ?」
「え? ……多分、警備員室じゃないかなあ。ここの警備員さん達、これくらいの時間に交代してるみたいだから」
「有り難うっ!」
何事かと、驚き見遣って来る二人と視線も合わせず、食べ掛けのカツカレーを放置し、マミーズを飛び出して行った。