「おい、九龍! 待てよっ! どうしたってんだ!」
猛ダッシュで走り、東西中央歩道と、南北中央歩道が混ざる辻をきゅっと曲がった九龍に、何とか甲太郎が追い付いた。
そうする為には、甲太郎も食べ掛けのカレーを見捨てなくてはならなかった筈だが、九龍の態度は、最愛の食物との決別の道を選ばせる程、甲太郎の目には鬼気迫るものと映ったようで。
……因みに会計は、後で払うと明日香に任せたらしい。
「御免っ。今、説明してる暇無いっ!」
けれど、最愛の食物と決別してまで甲太郎が追い掛けて来た、その事実に九龍は気付けぬまま、一気に南北の中央歩道を駆け抜けて、肩で息をしながら、警備員室前で止まった。
「本当に、どうしたって…………」
「いいから静かにっっ」
同じスピードで駆け続けて来た甲太郎の息は、何故か切れていなかったが、彼はそれも見落とし、何処か隠れられる場所はないかと、甲太郎の二の腕を掴んでキョロキョロ辺りを探した。
……でも。
彼等が身を潜めるより早く、警備員室のドアが開き。
「ひーちゃん、昼飯どうする?」
「どうしようか。面倒臭いから、マミーズ行く? ──って……。あー……」
「ん? ……あっ!」
中から出て来た、明日香の噂通りの容姿をしている二人組と、九龍と甲太郎は、ばっちり目が合ってしまった。
「…………やっぱり……………………」
自分を見止めて立ち止まった、蓬莱寺京一と緋勇龍麻以外の誰でもない二人に、九龍はがっくり肩を落とし。
「やあ。久し振り、葉佩君」
「おー。元気してたかー?」
「お二人共、お元気そうで…………じゃなくってっ! 何で蓬莱寺さんと緋勇さんが、こんなトコにいるんですかーーーーーーっ!!」
能天気に話し掛けて来た二人に、彼は絶叫をぶつけた。
「何で……、って言われても。なあ、ひーちゃん?」
「うん。俺達、フリーターだから。アルバイトでもしようかなー、って、警備員になって。そしたら……ねえ? 京一」
「そうそう。たまたま、ここが勤務先になった、って奴?」
「うんうんうん。偶然、偶然」
鼓膜が震える程の絶叫を上げられても、京一も龍麻も、飄々と答えるだけだった。
「嘘だ……。絶対嘘だ……。偶然も、三度続けば必然って言うもん……。たまたまなんて、絶対嘘だもん……。そんなん、幾ら俺だって信じないやい……」
だから、九龍はその場にしゃがみ込み、地面にのの字を書きながらいじけて。
「九龍。この二人、知り合いなのか? 知り合いがここに勤め始めたからって、何でそんなにいじけるんだよ」
鬱陶しい上に、自分には話が見えないと、甲太郎は九龍の臀部を蹴り上げた。
「君は、葉佩君の友達?」
九龍を蹴っ飛ばしただけでは慊らず、ムスっと、ポケットから取り出した似非パイプを銜えた彼に話し掛けたのは、龍麻。
「……クラスメートだ」
「単なるクラスメートじゃねえだろ? そんな風にしてんだ、ダチってことなんだろ? ……照れるなよ、少年」
にこにこ見詰めて来る龍麻から、ふいっと甲太郎は視線を外して、京一は、そんな彼をからかう。
「誰が照れてるっ!」
「そーゆートコが」
「………………っ、この……──」
「──そーなんですよ、甲太郎は照れ屋さんなんですよー。……あ、紹介しますね、俺の友達で、皆守甲太郎です、彼」
「九龍っ!」
「ふんふん。皆守君、か。──俺は、緋勇龍麻。葉佩君の知り合いだよ」
「宜しくなー、皆守。俺は、蓬莱寺京一ってんだ。葉佩の知り合い、その二」
京一に揶揄された通り照れているのか、それとも怒ったのか、微かに頬を赤らめて、甲太郎は語気を強めたけれど、彼のそんな態度は、いじけから立ち直った九龍にも、龍麻にも京一にも、なかったことにされ。
彼を他所に、傍目には和気藹々とした立ち話は始まる。
「それにしても、初勤務の日に、お前と再会出来るなんてなー」
「うん。勤務先は天香学園って言われた時から、葉佩君が今度から通うことになったって言ってた学校だから、何時かは会えるだろうって思ってたけど」
「俺は、ここでお二人と再会することになるなんて、思ってもいませんでしたよ…………。……あの、本当に偶然ですか?」
「当たり前だろ? 偶然、偶然。それ以外の何があんだよ」
「凄いよねー、人の縁って。良かったらその内、一緒に夕飯でもどうかな」
「あ、いいですね。じゃあ、お二人と、俺と甲太郎の四人で」
「どいつもこいつも、勝手に話を進めるなっ!」
九龍は、これっぽっちも二人の言い訳を信じず、京一と龍麻は、九龍が自分達の説明を信じてないことなど承知で、皆、笑みだけは顔面に張り付け、キレ始めた甲太郎をいなしながら、近々、夕食を共にする約束まで交わした。
「じゃー、俺達、午後の授業がありますんでー」
「おう、そんじゃなー」
「俺達、校内見回ってるか、警備員室にいるか、裏のマンションにいるかのどれかだから。良かったら、又会いに来てよ。皆守君も」
そうして彼等は、授業開始のチャイムを合図にそれぞれその場を離れ。
「…………何なんだ、あいつ等。腹の立つ連中だな」
「そんなことないよ。いい人達だよ、二人共。……正体不明だけど」
「正体不明なのに、いい奴等なのかよ。お前の人を見る目は節穴か? ……で、どういう知り合いなんだ?」
「例の、《秘宝》を手に入れる為なら人を殺しても、って物騒なお兄さん達に、俺がカイロで追っ掛けられてた時にぶつかった相手なんだ。……多分、あの時は本当に偶然ぶつかっただけで、俺が落とした『H.A.N.T』拾ったって、追い掛けて来てくれたんだけど……序でに、みたいな感じで、物騒なお兄さん達、倒してくれてね。で、数日後、又々偶然、成田空港のレストランで再会して、相席した。ま、言ってみればそれだけの仲。あの二人に会うのは、今日が三度目だし。…………でも、偶然の邂逅が何度も続く訳ないし、観光でカイロ行っててー、なんて言ってたけど、絶対嘘だなって確信出来るし」
「何で」
「本物の日本刀担いだり、手甲ぶら下げながらエジプト観光する日本人、いると思う?」
「…………いいや」
「だろう? でも、蓬莱寺さんの方は日本刀担いで、緋勇さんの方は手甲ぶら下げて、カイロの街ん中歩いてた。それに、滅茶苦茶強いんだよ、あの二人。それぞれ、剣道と空手習ってるからって言ってたけど……あの人達が見せてた技、絶対、剣道や空手じゃないと思うし、あれだけ強い人達が、その辺の警備会社のアルバイトしてるってのも、何か、一寸…………」
「成程な…………。要するに、胡散臭い連中、って訳だ」
「そう。そんな二人が、ここにいる。…………焦るなってのも無理な相談だし、色々疑うなってのも無理な相談っしょ?」
寮の方へと戻りながら、九龍は甲太郎へ、『正体不明な、胡散臭い二人』のことを語り。
「…………京一。あの、皆守君って、彼」
「……ああ。……ありゃ、普通の人間の氣じゃねえな。この学園にちらほらいる、『変なの』と同じ氣だ」
「葉佩君、そのこと判ってて、あの彼と友達やってるのかな」
「それを判れってのは無理だろ。普通は、氣なんて探れない」
肩を並べて歩いてく少年二人を、低く語らいつつ、龍麻と京一はじっと見送った。