道すがら、あの二人は何なんだろう、と甲太郎へ向かってぼやくことを九龍は止められず、部屋に戻って仮眠を取ったり調べ物をしたり、としながらも、延々京一と龍麻の正体に付いて考えを巡らせ、うんうん唸り続けてから。

消灯後、又もや彼は遺跡へ向かった。

「うっわー…………」

「空気、ねっとりしてんなーー」

──茂みに上手く隠した、大樹の根元に縛り付けたままのロープを引き摺り出して来て、九龍が、墓石の穴へと消えてより暫し。

辺りの氣と気配を探りながら、別の大樹の枝から、潜んでいた龍麻と京一が飛び下りて来た。

二人共、警備員の制服を着込んだままだったが、龍麻は、『黄龍甲』という名の手甲を嵌めていたし、京一は木刀でなく、本身の日本刀を担いでいた。

「この穴の下に、葉佩君が探してる物か何か、隠されてるのかな」

「多分な」

「だよね。でなきゃ、こんな時間にこんなトコ、潜らないよなあ」

九龍が消えた穴に近付き、揃って覗き込み、ふーむ、と二人は言い合う。

「それにしても、本当に碌でもない場所……。この穴の下は、かなり碌でもないっぽい」

「大丈夫か? ひーちゃん」

「うん。この学園全体の氣もおかしいって、昨日今日で本当に身に沁みたから、相応の心構えで来たし、こんなのには慣れたくもないけど、慣れて来た。こういうトコだから、しっかり、俺! とか思ってると、結構何とかなるみたい。ま、何処までも碌でもな……──。あれ……?」

「どうした?」

「………………それが……。只、碌でもないだけの場所、って言うんでもないみたいだな、って、今、ふと。龍穴……まではいかないけど、小さな龍脈の噴出場所があるみたいな感じ。……益々変な場所って言うか、面白い場所って言うか……」

「ふーん……。……取り敢えず、あいつがこの穴ん中に潜ってるってのは判ったから、行こうぜ。今行ったら、鉢合わせるかも知んねえしな。時間改めようぜ」

「だね。戻って風呂入ろーっと」

中は見えないけれど、雰囲気は判る、と彼等は立ち上がり、九龍の『行き先』を知れたから今夜はそれで上等と、マンションへ戻って行った。

その夜も、九龍が地上へ戻ったのは、夜明けを迎えてからだった。

大慌てで部屋に戻り、僅か二時間足らずの仮眠を取って、眠いー、眠いー、と呪文のように呟きつつ、何とかんとか彼は一日を乗り切り、もそもそ、甲太郎と一緒に向かったマミーズで、チーズカレーの夕食を摂って、消灯時間を待ち、寮から抜け出て遺跡へと足を運んだ。

初めて九龍と一緒に遺跡に潜ったあの時より、甲太郎はずっと、頭の片隅で考え続けていた。

どうしてあの時──取手の守るエリアの『主』だった化人と九龍が戦っていた時、咄嗟にとは言え、あんなことをしてしまったのだろう、と。

何故、助けるような真似を、自分はしたのだろう、と。

──彼のことを、己が心秘かに求めていたモノを与えてくれる、求めていた者かも知れない、と見定めたけれど、彼の正体は《転校生》だったから。

本当に彼がそんな存在に成り得ようと、彼が《転校生》だと暴かれた瞬間、願いは破れ、望みは儚く散り、彼は己の中で、《転校生》として《生徒会》にされるに任され、運命に流されるしかない存在、と堕ちた筈なのに。

彼の運命を留める術も、義務も、必要も、己にはないのに。

自分は、自分の『運命』にも、彼の『運命』にも逆らうような真似をしてしまった。

…………甲太郎は、あの夜以来、ずっと、そう思い煩わずにはいられなかった。

どうして、どうして、九龍に見切りを付けられぬのだろう。

どうして、破れた筈の願いを、儚かった筈の望みを、それでも九龍に見てしまうのだろう。

そして、見切りを付けること出来ない、願いを、望みを引き摺ること止められない自分は、『運命』に逆らい彼を助けて、彼と共に時を過ごして、一体、何をしようとしているのだろう。

彼に何を求めて、自分に何を赦そうとしているのだろう、とも。

「本当に、俺は…………」

────そんなことを思い煩わずにいられぬ自分に苛立ち。

九龍の存在に苛立ち。

なのに、誰にも告げず、夜毎一人きりで遺跡に潜り、朝まで帰って来ない彼のことが気になって、いい加減寝不足もピークなんじゃないのかとか、何で、何をしているのかも打ち明けないのかとか、怪我をしたらどうするんだとか、『激しく余計なこと』をも考えてしまった彼は、珍しく、三年寝太郎としては有り得ぬ時間に起き出し、ホームルームギリギリに教室に出没するという『快挙』を、九月二十五日、土曜午前、果たした。

「こんな時間に皆守が教室にっ!!」

と、ふらりとやって来た彼の姿を見付けた同級生達が慄く中、不機嫌そうな顔を隠しもせず、彼は、ちらり、主のいない九龍の席に視線を流してから、明日香の許へと向かった。

「うわー、珍しいね、皆守クン! どーしちゃったの、こんな時間に」

「……何で、失礼なことから言い始めるんだ、お前は。………………九龍、知らないか?」

「九龍クン? 今朝は未だ見てないよ。部屋で寝てるんじゃない? 毎晩遅くまで調べ物してるんだって、昨日言ってたから。寝過ごしてたりしてねー」

「…………ふん」

取り繕うことなく、正直に驚きをぶつけて来た明日香に顔顰めつつも、甲太郎は九龍のことを尋ね、来ていない、との回答を得て直ぐさま、踵を返した。

「え、皆守クン! 折角来たのに何処行くのっ?」

「どうだっていいだろ、そんなこと」

さっさと教室を出て行こうとする彼を明日香は呼び止めたが、甲太郎の足は止まらず。

校舎を抜け出ると、人気の絶えた歩道を辿り、墓地へと向かった。

……九龍が、寮の自室にいないことを、彼は知っていた。

夕べも、遺跡に一人向かって行ったことも。

私立である天香学園では、公立校のような週休二日制は採用されていないので、土曜と言えど授業のある今日、寮にも教室にもいない彼の居場所はそこしか考えられなかったから、午前の明るい陽射しの中、辿り着いた墓地の、例の穴を覗き込み、ロープが垂れているのを見遣って、溜息付き付き、下りようとして……────

「何をやってるんだ、俺は……」

ふと我に返ったように髪掻き毟り、何度訂正してやっても、九龍は似非パイプと呼ぶことを止めないそれを歯で噛み、ラベンダーの香り漂わせながら、彼は墓地に背を向けた。