土曜の夕方になって、ひょっこり自室から出て来た九龍を甲太郎は上手く捕まえ、今日は何処でサボっていたのだと問い詰めたが、にっこり、と笑った彼は、「あの遺跡のことで毎晩遅くまで調べ物をしていて、だからうっかり寝過ごしてしまった。慌てて飛び起きたら、もう授業は疾っくに始まった時間で、でも今日は午前中しか授業がないから、いいや、と二度寝した」とスラスラ答えた。

……そんな弁を、甲太郎が信じる筈は無かったが、その程度の言い訳で通じると九龍は踏んだようで、マミーズに夕飯行こー! と明るく誘って来て、常通り、なんんだと賑やかに食事を摂り。

「今夜も、か?」

「ん? うん。今夜も、一寸調べ物。明日は日曜日だから、時間気にしなくていいしさっ」

何処までも変わらぬ笑みを拵えたまま、パタム、と自室に籠ってしまった。

「馬鹿が…………」

静かに閉じられた隣室のドアを暫し見遣って、悪態をつき、甲太郎も自室へ入った。

ベッドの上で、適当に時間を潰したり、仮眠を取ったりしながら消灯を待ち、気配を殺してそっと窓辺に立てば。

やはり、九龍が抜け出して行く姿を彼は見付けた。

追い掛けようかとも思ったが、あいつは誰にも、俺にも、何も言わない、との『憤慨』と、或る意味での『理性』が働き、己が、後ろ髪を引かれるような想いを味わっているとも気付かず、荒っぽくカーテンを閉めて、ふて寝を決め込んだ。

…………自分自身、見えなくなってしまった『己が心』や、九龍の存在そのものや、彼がこの数日していることが頭から離れず、寝付きは悪かったが、常に、傍らに眠りを置いておきたい甲太郎なので、気付かぬ内に寝入り。

目覚めた時には、もう朝だった。

寮が動き始める、ほんの少し前。

「朝、か……」

乱暴に引いたカーテンの隙間から洩れる陽光でそれと知り、ゆらゆら起き上がって彼は、窓辺から隣を覗いた。

九龍が戻って来た気配は、何処にもなかった。

窓は細く開けられたままで、ロープは立ち木に渡されたままで。

「……………………くそっ」

焦っているような足取りで踵を返した彼は、クローゼットを開け放ち、一瞬のみ躊躇ってから制服を引っ掴み、手早く着替えると、誰にも気付かれぬまま、墓地へ走った。

未だ、本当に薄らだけ朝靄が掛かっている墓地に踏み込み、今度こそ思い留まることなく、甲太郎は一息に、遺跡へと続くロープを伝った。

あの夜以降、何ら変化が齎されている様子のない大広間を一瞥し、ロープを下りた直ぐそこに見える扉を開け放った。

……取手が守っていたエリアへと続くそれ。

中へと踏み込み、九龍の気配も、化人の気配もせぬこと確かめつつ奥へ奥へと進んで、九龍が『緑部屋』と仮称した部屋へと彼は入る。

が、そこにも九龍はおらず、取手と戦った広間も覗いたが、そこには唯、ガラン……とした空間が広がっているのみで。

「何処行きがやった、あの馬鹿……っ」

アロマで気を紛らわせながら、ぶつぶつぶつぶつ文句を吐いて、彼は来た道を辿り、再び、大広間へと出て。

「……そうだった」

ここにもあったな、と足早に向かった、もう一つの『緑部屋』の扉を彼は開け放つ。

……………………そこで漸く、彼は九龍の姿を見付けることが出来た。

イカれた格好、と言い切ってやったあの姿のまま、SMGを抱き抱え、井戸と壁の境目に凭れる風にして、ぐっすり寝込んでいた。

「この…………っ」

辛抱堪らなくなって、思わずここまで来たというのに、寝ているとはいい度胸だと、こめかみ辺りを軽く蹴り上げてやろうと甲太郎は足を持ち上げ掛けたが。

甲太郎がやって来たことにも気付かない、九龍の太平楽な寝顔に気を削がれ、気配を殺し、そっと近付き、傍らに座り込んだ甲太郎は、壁に凭れた。

蹴り上げてやる代わりに、脅かすくらいのことはさせろ、そんなつもりでそうしただけだったのだが、人の温もりが寄り添うように近付いたのに、九龍の体と無意識は気付いたのか、壁と井戸が織り成す角に凭れていた体が、ふらあ……、っと傾ぎ、避ける間も与えず、甲太郎の胸許を滑って行った。

故に、甲太郎の腹部辺りに、九龍は顔面から突っ伏すような姿勢になって、しかし、起きる気配は微塵もなく。

後で覚えてろ、とは思ったものの、結局彼は、わざわざ体をずらし、膝枕の姿勢を取ってやって、九龍の体を据え直した。

「本当に俺は、何をやってるんだか…………」

そうしてやっても、ぱかり、と口を半開きにして眠るだけの九龍に、溜息と、愚痴と、ラベンダーの香りを落として。

彼も又、瞼を閉じた。

遺跡の硬い壁に預けていた頭が、かくん、と落ちて、甲太郎は目を覚ました。

寝惚け眼で緑に輝く空間を眺め、ああ……、と『今』を思い出し、未だに膝の上で眠っている九龍の顔を覗き込むと、制服の内ポケットから携帯を取り出す。

液晶画面の片隅に表示された時刻は、午前十時少し過ぎを示していた。

「思いの外、寝ちまったな」

現在時刻を知り、間違いなく九龍に膝を許している所為だろう、足の痺れを感じ、だが。

彼は動かなかった。

──否、動けなかった。

寝不足らしい馬鹿も、暫くすれば起きるだろうから、それまでは自分も寝ていようと、至極単純に瞳を閉ざしたのに。

夕べと違い、直ぐに得られた眠りは、彼に、夢を運んで来た。

もう何年も、本当に何年も、彼が見遣ることなどなかった夢を。

辻褄の合わない、己にのみ都合が良く出来ている、誠に夢らしい、幸せな心地になれる『夢』を。

だから甲太郎は、身動みじろぎ出来なかった。

……何故己は、夢など見たのだろう。

九龍の傍にいれば、夢も、『夢』も、自分は得られてしまうのだろうか、と。

そんな風に思わずにいられなくて。