十何年振りかで夢を見た、その事実に甲太郎が動くことすら忘れていたら。
「ふぁ…………。……んー…………ん?」
もそり、と九龍が動いた。
呻き、重たそうな瞼を瞬かせてから、ん? と彼は、それまで自分が懐いていた、自室のベッドの枕だと思い込んでいた『それ』を、未だに寝惚けていると語る瞳でじっと見詰め、おやぁ? と首巡らせ。
ばっちり、甲太郎と視線を合わせ。
「…………………………甲太郎だ。……えっ!? こ、こここここここここ……こーたろーーーーっ!?」
がばりと飛び跳ね、勢いその場に正座した。
「やっと起きたな、馬鹿が」
「ちょ……っ。……ええっ? な、何で? どーして? 何で甲太郎がここにいんのっ? それにそれにそれにっ! もしかして俺、甲太郎に膝枕して貰ってたっっ!?」
「もしかして、じゃない。確実に、だ。……お前が勝手に俺の膝を取ったから、仕方無く、な。本当……に、仕方無く」
「うわああああっ! 御免、御免っっ。御免、こーたろーーーっ! …………あの……でもその……こーたろーさん? どうして、ここにいらっしゃるんでしょーか……?」
正座し縮こまりながら、焦ったり詫びたり、と暫し姦しくして、恐る恐る、上目遣いで九龍は尋ね。
「……お前な…………」
点けたばかりのアロマの煙を、九龍の鼻先にわざわざ漂わせてやりつつ、甲太郎は、深く溜息を付くと。
「朝になってもお前が戻って来ないからだっ! よくもまあいけしゃあしゃあと、毎晩遅くまで調べ物をしてるからとか何とか言えたなっ! 隣の部屋の俺が、夜毎抜け出してくお前に気付かない訳がないだろうがっ! 暫くは黙って見ててやったがな、『朝帰り』が三日も続けば気にもするっ! だから、わざわざ! 見に来てやったんだよっ! なのにお前は、こんな所で馬鹿面晒して爆睡してやがって、挙げ句、俺の膝を枕代わりにもしやがって、ひたすら惰眠を貪ってっ!! …………………………いーい度胸だなあ? な? 九龍?」
頭ごなしに九龍を怒鳴り付け、最後に一呼吸置いてから、地を這うトーンを絞った。
「………………なさい……」
「……あ?」
「御免なさい、御免なさい、御免なさいーーーーっ! 許して、甲太郎っ。御免、本当に勘弁っ! 許して下さいっ、この通りっ!!」
盛大な罵声、地を這い立ち上る憤り。
それをしっかりと聞き、肌で感じ、九龍は土下座せんばかりになった。
「断る。お前のことなんか、気に掛けた俺が馬鹿だった」
「こーたろー…………。そんなこと言わないでくれよ……。泣くぞーーっ?」
「泣けばいいだろ」
「……こーたろぉぉぉぉ………………」
それでも、甲太郎の態度は素っ気なく、背中に怒りは滲んでいて、九龍は本当に、顔を歪めた。
「………………三晩も一人で朝までここに潜って、何やってたんだよ」
「それは、その……」
「……許して欲しいのに、そんなことも言えないのか、お前は。ほーーーー。へーーー」
その表情に、少しだけ絆されたのか、甲太郎は有らぬ方を向く。
「っ! 言います! 言うから! 白状するからっ!」
すれば九龍は又叫び、益々身を竦めさせ、一転小声で話し出した。
「実はさ、その……。『宝探し』、してたんだ」
「一人で、探索続けてたってことか?」
「それとは又一寸違ってね。……うちのギルドでは、クエスト、なんて呼ばれてるんだけど、うちの会員専用サイトにアクセスすると、ギルドが厳選した人達の、『こんなお宝探してるんです、見付けて貰えませんかー』って依頼、受けることが出来るんだ。今回俺が貰った、この遺跡の探索要請みたいな、半ば強制の仕事とは違って、選り好みも出来るし、依頼閲覧料と仲介料はギルドにピンハネされちゃうんだけど、それでも、物によっては結構な成功報酬貰えるんだよ」
「…………で?」
「クエストは、俺達の一番の稼ぎ口……って言うか、そういう仕事こなさないと、金稼げない訳。ギルドからは、給料なんか出ないからねー。この数日、その依頼受けて、稼いでたんだ。稼がないと金欠になっちゃうし、新しい武器とかも買えないし」
「仕事に必要な道具は、ギルドから支給されるんだろう?」
「甘ーーーい。──もう、いいや。言っちゃえ。……俺が所属してるギルドは、ロゼッタ協会って所なんだけど。ロゼッタが支給してくれるのは、最低限の物だけなんだよ。これくらいあれば、大抵のことは何とかなるよね? ってなもんで、支給品なんて、SMG一丁と、ナイフと、パルスHGを幾つか、ってな程度。その他、探索に必要な物があるなら、自分で何とかしなさいねー、なんだ。だから、今以上の装備整える為には、金が要るんだ。生活費だって自腹だもん。そーゆートコ、ケチなんだよ、ロゼッタ」
「成程…………」
「でも、遺跡探索の為の交通費なんかは出るし、滞在費も出ることあるし、協会の施設は使いたい放題だし、やっぱり閲覧料は取られるけどデータバンクなんかも覗けるし、遺跡や秘宝に関する研究施設も充実だし、探索お助けアイテムなソフトとかもダウンロード出来るし、何か遭ったら救助隊派遣してくれるし、代金は自腹だけど、協会が契約してる武器ショップもフリーパスだしね。秤に掛ければ、一人ちみちみ宝探し屋やるよりも、協会員になった方が、遥かにメリットあるんだ」
「それは、よく解ったが……九龍?」
ボソボソボソボソ続いた彼の話は、クエストという名の『宝探し』のことや、それをこなしての資金稼ぎや、ギルド──ロゼッタ協会のことで、その辺のことは理解出来たが、未だ話は見えない、と甲太郎は片眉を持ち上げる。
「何?」
「何でお前、三日間も、夜通し、そのクエストとやらをこなすくらい、金が欲しいんだ? 消耗品は兎も角、新しい武器なんか必要無いだろう? 生活費のことにしたって……」
「……あー、それ………………。そこは、その……黙秘権、って訳には……」
「却下」
「…………うううう……。……一昨日だっけ? マミーズで言ったじゃん? 人と戦うよりは、化け物と戦う方が遥かに楽だと思った、って」
「ああ。言ってたな」
「この遺跡の《秘宝》を探し続ける限り、やっぱり、殺らなきゃ殺られる、の理論は適応されるから、俺も、或る程度は本当の覚悟決めたんだ。その辺に関しては、ちょっぴり光明見えてるから。けど、この先化人の強さがグレードアップしないって保証はないじゃん? ……でも。甲太郎も、明日香ちゃんも、俺のバディになってくれたし、鎌治もそう。明日香ちゃんは毎日、今日は遺跡に行くのか、って訊いて来るし、鎌治も廊下で行き会ったりすると、それとなくそんなようなこと言うし、甲太郎は、こうやって俺のこと気にして、遺跡にまで来てくれる。…………だからさ。新米の、頼りないハンターだけど。俺は絶対に、例え何が遭っても、バディの皆のこと守り抜くんだって誓ってるから。ハンターとバディは、一蓮托生の、運命共同体だから。せめて、もう一寸強い武器調達しないと、お話にならないな、って。その為には、資金稼がないとー……」
洗い浚い話せと、仕草で促して来た甲太郎に、九龍はひたすら小声で告げた。
「……………………だったら。声を掛けろよ。俺にも声を掛けろ」
「そういう訳にはいかないって。クエストまで甲太郎とかに頼ったら、それは我が儘だって思うんだ。遺跡探索の仕事じゃないじゃん。単なる、資金稼ぎなんだから」
「俺は、お前の『夜遊び』に付き合ってやると言った筈だ。気が向いたら、だがな。だから、お前が声を掛けて来た時、気が向いたら、クエストだろうが《秘宝》の為の遺跡探索だろうが、付き合ってやる。……こんな所でお前に爆睡されるより、その方がマシだ」
「でもさー……」
「……ハンターとバディは、一蓮托生の、運命共同体なんだろう? お前の装備が整えば整う程、俺達も安全になる。……いいから、今度からはクエストの時も、俺に声を掛けろ」
────……ああ、自分は又、『道を間違えた』。……と思いながらも。
打ち明けられた九龍の想いに、甲太郎は後先も考えず、そう言っていた。
「…………うん。有り難う、甲太郎」
だから、だろうか、九龍は花のように笑って立ち上がる。
「甲太郎、マミーズ行かない? 俺、腹減ってるんだ。カレー奢るからさー」
「いいぜ。それくらいのこと、して貰っても罰は当たらないだろ」
続き、甲太郎も腰を上げ。
「そうそうそう! 聞いてよ、甲太郎っ。少し、資金稼ぎ以外にも収穫あったんだーー」
「どんな?」
「食べながら、ゆっくり話すよ」
遺跡の中で寝た所為で、痛みを訴える節々を伸ばしながら、二人はその部屋を出た。