行き交い出した、私服の生徒達や教職員や、部活に勤しむ生徒達の間を、警備員の制服に身を包んだ龍麻と京一は進んでいた。

よくよく見れば、今日の京一は腰に木刀を下げておらず、紫色の竹刀袋を手にしている、との違いに人々は気付けたのだろうが、そんなことに意識を向ける者は皆無で、見回り中の振りをしていた彼等は、誰にも声掛けられることなく、又、気にされることなく、墓地のある森に紛れた。

「本当に、大丈夫かな?」

「平気だろ。こんな時間に、墓に空いた穴ん中、潜る奴は早々いないって」

「確かに、葉佩君がここに潜るのは、夜の間だけみたいだけど……。でも、京一。ロープ垂れたままだよ?」

「バレないと思って、そのままにしてあるだけなんじゃねえ? 一々隠すの、面倒臭しな」

「……うーーむ。………………まあ、いいか。何とかなる、かな。うん」

────そろそろ、午前十一時も近いその時間、念入りに周囲を確かめ、例の穴を覗き、龍麻は躊躇いを覚えながら、京一は能天気に、少しばかり言い合い、が結局、穴の中へと滑り下りた。

「思った通りだ。気持ち悪くなる処までは未だ行かないけど、無駄に肩凝りそ……」

「無理すんなよ、ひーちゃん。……にしても、こりゃ何だ?」

「遺跡……みたいだね。一寸、エジプトで見た神殿に似てる感じだけど、そういう風でもないよーな」

「どんな代物でもいいけどよ。墓の下にこんな遺跡があるなんて、反則だろ。滅茶苦茶広いしよー」

トン、と身軽に下り立ったそこで、二人は暫し佇み辺りを見回し、言いたい放題告げ合う。

「反則……。……確かに。ま、でも、それもどーでもいいや。俺達の当面の目的は、葉佩君が探し出そうとしてる物と、この学園のこんな状態と、関係があるかどうか、だしね」

「……それもそうだな。歴史の授業思い出しちまうようなことは、考えたくもねえ」

「京一、歴史の成績悪かったもんねーー」

「昔っから言ってるじゃねえか。歴史なんてのは、俺が生まれた時に始まって、俺が死ぬ時に終わるもんだ、って。その程度のもんなんだから、どーだっていいんだよ」

気楽に語り合いながら、龍麻はベルトに下げた小さなバッグから手甲を、京一は竹刀袋の中から日本刀を、それぞれ取り出し、大広間を歩き始めた。

「やっぱり、お師匠さんが譲ってくれた『阿修羅』じゃなくって、そっちなんだ?」

「ああ。あれは、馬鹿シショーが言ってた通り、『魔』を斬るには持って来いだが、それ以外は、ちいっと、な。阿修羅で斬れる連中ばかりとは限らねえから、融通利く方がいいだろ?」

「ま、ね。……何が出て来るかな。取り敢えず、異形の気配はしないみたいだけど……。……あ、京一、あっちから、龍脈みたいな気配する」

「行ってみようぜ」

叩き伏せなければならないようなモノの氣は感じられぬが、相応に気を張って進んだ二人は、龍麻が指し示した方へ足先を向けた。

……そこには、この場の其処彼処そこかしこで見掛けた扉とはかなり趣が違う、石の扉があり。

「開けてみ──

京一が、開いてみようと、一歩踏み出した時。

──どんな?」

「食べながら、ゆっくり話すよ」

「……って、おい、九龍…………」

「あああああああああああああっ!!」

ガコン、と扉は押し開かれて、二人は、中から出て来た甲太郎と九龍と、逃れようなく遭遇してしまった。

「……………………ほーらいじさーん……。ひゆうさーん……。……何で! 何でこんな所までっ!」

「……奇遇だね、葉佩君」

「よう。珍しいトコでも会うな」

眼前の扉の向こうの、龍脈から競り上がって来ているらしい氣が想像以上に強く、それに誤摩化されて彼等の気配に気付かなかった、と内心で己達の失態を罵りつつ、絶叫を放つ九龍に、龍麻も京一も、一先ずはにこやかに挨拶してみた。

「誤摩化されませんっ。もう、絶対に誤摩化されませんっ! 誤摩化される訳ないっしょーーーーっ?」

しかし、九龍の絶叫は続き。

「……まあねえ…………。俺も、そうだとは思うんだよねえ……」

「…………あー……。墓見回ってたら、たまたま、な? 変な穴見付け──

──警備員が、墓地を見回ることはない筈だ。《生徒会》がそう定めていると、俺は聞いてる」

だから、潜って平気? って言ったのに、とブツブツ零しながら龍麻は京一を睨め付け、京一は、未だ言い訳は効くか? と足掻き、甲太郎は簡潔に事実を告げ、二人を斬って捨てた。

「お二人はー、どうしてー、こんな所に潜り込んで来たんですかぁぁぁぁ?」

その間に、九龍が背負った、少々おどろおどろした雰囲気は強まり、声は、恨みがまし気になり。

「一寸待て、若人」

ガバっ! と龍麻の肩に腕を廻した京一は、彼毎『若人』に背を向け、ごそごそぼにょぼにょ、打ち合わせを始める。

「……どーするよ」

「どーするよ、ったって……。……どうする? 大体、京一が気楽なこと言うから……」

「んなこと言ったって、しょーがねーじゃねえかよっ。俺だって、鉢合わせるなんて思ってもなかったんだよっ。……じゃなくって。あー……」

「…………じゃあさ、この際仕方無いから…………──

「おい、未だか」

「早くして下さーい、お二人ーー」

絶対に、この二人は計画性って言葉を知らないな、と甲太郎も九龍も確信した彼等が小声で言い争うのを聞き付け、焦れたように、少年組が青年組を急かせば。

「えーっとね。葉佩君も、皆守君も、もうここを出る?」

漸く、少年達へと向き直った龍麻が、にっこーーーーーーーー……、と笑ってみせた。

「……ええ、まあ」

「じゃあさ、俺達も出るから。俺達の部屋で、昼食でもどう?」

「………………いいですよ」

緋勇さんは、その笑顔だけで世間を渡れそうだな、俺は騙されないけど、と龍麻の渾身の笑みを眺め、九龍は少しだけ計算をすると、彼の申し出をあっさりと受けた。

「いいのか、九龍?」

「うん」

「俺等で飯作るから、その間に、お前等風呂入れよ。部屋の貸してやるから。凄ぇ埃っぽいぜ?」

「じゃ、お言葉に甘えますー」

そんなに簡単に話に乗っていいのか、と甲太郎は九龍を留め掛けたが、決まりだな、と京一は刀を竹刀袋に仕舞って、九龍は甲太郎を視線で制し、元気良く片手を上げた。

「つー訳で。四人仲良く、『親睦会』、と洒落込むか。…………行こうぜ、ひーちゃん。付いて来いよー、少年共」

それに応える風に、京一が竹刀袋を振り上げて、龍麻と並んで歩き出し、少々複雑な表情を拵え、九龍と甲太郎は後に続いた。