少年二人を部屋まで誘ったのは、まかり間違っても部外者に話を聞かれたくなかったからで、部屋に着くや否や、彼等を追い立てるように風呂場へ向かわせたのは、どうやって取り繕うかを、少しでも打ち合わせておきたかったからで。
そうやって時間稼ぎをしつつ、昼食の支度を整えながら、「さて、ホントにどうしよう」と、京一と龍麻は頭を痛めた。
──己達のことを棚に上げ、何故あんな所にいたのかと、少年組に突っ込み返した処で、双方の立場を秤に掛ければ、恐らく二人の方が歩が悪いから、それは余り意味を成さない。
もう、生半可な言い訳も通用しない。
別段、知らぬ存ぜぬを貫き通しても、完全黙秘で押し切っても構いはしないのだろうが──否、その方が正解なのかも知れないが、この先、この学園を舞台に何が起こるかの推測すら立たない以上、不用意に、何処かで衝突するかも知れない相手を拵えてしまうのは、上手い方法ではないと二人には思えたし、この学園にはちらほらいる、『変なの』のお仲間な甲太郎が気になったので、逆にいっそ、或る程度まで本当のことを打ち明けてしまおうか、と二人は小声で話し合った。
龍麻が黄龍の器だったこととか、身の内には龍が眠っていることだとか、カイロで会った時、九龍から龍脈の残り香がしたとか、その辺りのことはスルーして。
そうしてしまえば、少なくとも表面的には真っ直ぐな性根をしていると見受けられる九龍のことだから、自分の話も、何割かは打ち明けてくれるかも知れない、とも考えて。
無理矢理叩き込んだ風呂に代わる代わる浸かって来た少年達が一息付くのを待って、夕べ、鍋一杯拵えたカレーと、胡瓜とキャベツを適当に刻んだだけの、サラダと言うよりは、生野菜そのものを盛った皿をダイニングキッチンのテーブルに並べ終えた京一と龍麻は、ちょいちょい、と甲太郎と九龍を手招いた。
「御免ね。昨日、纏めて作ったカレーしか、直ぐに出せる物がないんだ」
「そこそこの味でしかねえけどよ。一晩経ったカレーは美味くなるって言うしな」
男所帯を物語る素っ気ない食卓を、龍麻と京一が口々に詫びれば。
「わあ、カレーだ! 良かったなー、甲太郎」
「……まあ、な」
促されるまま椅子に座って、九龍は、キラン! と目を輝かせ、甲太郎は複雑な顔をした。
「あ、二人共カレー好き? まあ、あんまり嫌いな人っていないよね」
「はい! 俺、エジプトのカレーしか食ったことなかったんですよ。ここ来て初めて、日本のカレーに巡り合えたんで、幸せ感じてる真っ最中です! 甲太郎は甲太郎で、カレー愛してますしねー」
「へー、そうなんだ。俺は、アフリカでカレーは食べなかったなあ……。……どっかの誰かが、無類のラーメン好きでね。何時も、辟易する程、麺類求めて俺のこと引き摺り回してくれたから」
「いーじゃねーかよ。ラーメンは偉大な食いモンだって、何度も力説してやったじゃねえか。いい加減、それを受け入れろ」
「蓬莱寺さんは、ラーメンマンですか」
「……そういう言われ方は、納得いかねえ…………」
皆、何か思う処がありながらも、始まった食事時に『無粋な話』をするのは、と思ったのだろう、龍麻や九龍や京一は、他愛無いことだけを喋り。
スプーンだけは動かす甲太郎は、酷く無口だった。
「どーしたの? 甲太郎」
「口に合わなかったかな」
余りにも、彼が黙々と食べ続けるので、気にした九龍と龍麻が、声を掛けた。
「…………別に、特に何かって訳じゃない」
掛かった声に、言葉は返したものの、『腹が立つ連中』と評していた青年二人への嫌味が飛び出る訳でもなく、かと言って、ぶっきらぼうという風でもなく。
「……こーたろさん?」
らしくないような、と九龍は不思議そうに甲太郎を見た。
「腹でも壊したか? 遠慮すんな、便所はあっちだ」
「下品だな、あんた。そうじゃない。……唯、その…………こういう風に、こういうカレーを食うのは、随分と久し振りだな、と思って……」
だから、京一は軽く九龍にウィンクを送って、彼をからかう風に言い、キッと、酷く強い眼差しで京一を睨み付けはしたものの、甲太郎は直ぐさまカレー皿に視線を落とし、九龍にだけ聞こえればいい、そんな風にボソっと告げた。
「あああ、そっか。甲太郎、部屋にスパイスとか一杯置いてたから、自分で作ったりとかもするんだな? んで、そんな甲太郎が作るカレーは、『本格的な、ご家庭の味ではありません』カレーばっかだったりするんだ。……うんうん、きっとそうだ」
覇気がない理由は搾り出されたが、やっぱり甲太郎らしくない、と九龍は、『理由』を勝手に明るく昇華した。
「は? そりゃ、まあ……」
「じゃあさ、今度、甲太郎の作る本格カレー、食わせてよ」
「どうしてもって言うなら、考えてやらないこともな──」
「──うん、どうしても! ──おっしゃ、決まり! その時には、材料担いで来ますんで、台所貸して下さい、蓬莱寺さんに緋勇さんっ!」
「はあああ? 一寸待て、九龍。どうしてそうなる?」
「フィーリング!」
「フィーリンクで俺のカレーを振る舞えってのか、お前はっ!」
「いいじゃんか、蓬莱寺さんや緋勇さんと一緒の時に出た話なんだしーーっ」
強引に『ストーリー』を拵え、そのまま話をぶらし、殊更騒ぐ九龍に引き摺られ、覇気なかった甲太郎も、大声を出し始めた。
「…………ひーちゃん。こいつ等、無茶苦茶仲良くねえ?」
「そうだねえ。微笑ましいよねえ。……俺達もさ、高校の頃、よく馬鹿喧嘩したよね」
「したなーー。今でもすっけど」
「京一が、馬鹿なことばっかり言うからだよ」
「お前だって、いっつも一言多いじゃねえかよ」
一足先に食べ終わってしまった京一と龍麻は、向かいの席に並んで座り、互いスプーンを握り締め、ぎゃあぎゃあ言い争う二人を頬杖付いて観察し、自分達も、高校の頃はこんなだったなあ……、と、すっかり、『お兄さん』気分に浸る。
「ケチー、甲太郎のケチー」
「ケチとは何だ、ケチとはっ!」
「なら、太っ腹な所の一つも見せろよなっ!」
「だから何で、俺がそんなことしなきゃならないんだよっ」
「ケチじゃない所を見せる為っ!」
「理屈になってないだろっっ」
「理屈になってなくても、甲太郎ケチ説は立てられるっ!」
「ケチケチ連呼するな、鬱陶しいっっ。……判ったよ、作ればいいんだろ、作ればっ。ここでっ!」
「うんっっ。──えーと、そういう訳でーー」
青春真っ盛りな青少年の口喧嘩を端で聞いているのは楽しいけれど、終わるのを待っていたら日が暮れると、かつて高校生だった青年組は、さっさと立ち上がり、さっさと食後のコーヒーを淹れ、口先バトルに勝利を収めた九龍が、にこぱ! と目で追った時には既に彼等は、コーヒーサーバーとカップの乗った盆を持って、隣のリビングへ向かっていた。
「あれ?」
「仲良し喧嘩、終わった? さっさと食べて、こっちにおいでよ」
「あ、はい!」
「……お前の所為だぞ…………」
「だってー」
家主達が目の前から消えていると漸く気付いた九龍は焦り、龍麻は少年達をクスクス笑い、気恥ずかしさを感じつつ、こそこそ肘で小突き合いながら、甲太郎と九龍は、急ぎ昼食を平らげた。