食べ終えた皿を流しに運んだ少年達が、リビングへやって来るのを待って。

「……さて。本題だ」

二人掛け一脚しかないソファを彼等に譲り、フローリングの床に胡座を掻いた京一は、少しばかり真顔を作った。

「何から話せばいいのかなー……。……ええと、ね。俺達が、カイロで葉佩君とぶつかったのも、成田で再会したのも、本当に偶然なんだ。そこは、信じてくれるかな」

彼の隣に腰下ろした龍麻は、んー……、と悩みつつ切り出し。

「いいですよ。信じます。それって、お二人がここに来たのは、偶然じゃないって話してくれてるってことですもんね?」

「まあね。……それで、一寸長い説明になっちゃうんだけど…………」

一先ずは大人しく話に耳貸す姿勢を取った九龍や、無表情で視線を寄越して来る甲太郎へ、長い話を始めた。

「もう六年近く前、俺も京一も、君達と同じ新宿の学校に通う高校生だった。真神学園っていう所でね。……その頃、東京では新宿を中心に色々と異変が起こってて、『一寸した事情』があって、俺達は、それに関わり持って、『鬼退治』しなくちゃならなくなったんだ」

「……鬼退治、ですか? 鬼って、あの鬼? 金棒持って、ガオー! ってやる、赤かったり青かったりする、あれ……?」

「そういうのばかりが『鬼』じゃないけど、まあ、解り易く言えば、それ」

「はあ…………」

「そう簡単には、信じられないよね」

「信じられない、って訳じゃないんですけどー……」

五、六年前、異変が起こっていた東京で、『鬼退治』をしていたのだと言う龍麻に、九龍は顔を顰め、「だって、ねえ?」と言わんばかりに甲太郎へ視線を送った。

「…………鬼がどうの、と言われても、俺は直ぐには信じられないが、その頃、不思議な事件が多かった、ってのは憶えてる。俺は、小学校の六年くらいだったが、やたらとインパクトの強いニュースばかりだったから」

「そうなの?」

「ああ。……代々木公園の鴉が人間を襲ったりしたし、或る日突然、理由もなしに昏睡状態になる高校生、ってのが続出した時もあった筈だし、何かが憑いたように通行人を襲う連続通り魔事件もあったし、噂だけなら、新宿には人を石にするメデューサが出るんだとか、芝の区民プールには半魚人がいて人を浚うとか……後、病院から消えた死体がゾンビになって、なんて怪談もあったな。…………思い返してみれば、あの頃は本当に、そんな話ばかりだった」

「よく憶えてんなー、皆守」

『鬼』の話は兎も角、と甲太郎は、幼かった当時を振り返り、凄ぇ記憶力、と京一は感心する。

「その全部、『鬼』の所為だったんだよ。……俺達はね、『鬼』──異形のモノと呼ばれるそんな存在を倒せる、『力』を持ってたんだ。自分達も知らない内にね。──龍脈とか龍穴って、判るかな?」

そして龍麻は、話を戻した。

「あ、判りますよ、詳しくないですけど。風水なんかで出て来る奴で、龍脈は大地のエネルギー、龍穴は龍脈が吹き出て来る穴、ですよね?」

「うん。……東京には、この国最大の龍穴があって、あの頃この街は、龍脈が馬鹿みたいに元気で馬鹿みたいに乱れてて。俺や京一や、俺達の仲間の皆、『一寸した縁』で、その龍脈の力を貰うことになっちゃって、で、鬼退治もすることになった、と。そういう訳。…………あれから、もう何年も経つけど、俺達の『力』は健在で、だから、うん、何て言うか…………高校卒業しても人生波乱で、腹の立つちょっかい掛けて来るド阿呆も多くってさ。カイロで葉佩君と知り合った時、葉佩君追い掛けてた連中のこと、必要以上に気にしちゃってね。あの後、ちょーーーっと、あの連中締め上げちゃったんだ。……そしたら、えーと、そのー……自分達はレリック・ドーンだからどうたら、ってこととか、色々胡散臭い話を白状したから、俺達、今度は君のことが気になっちゃって」

「……ふんふん」

「俺達もな、お前が日本に向かうなんて、その時は知らなかったんだけどよ。俺等、『力』絡みのことでカイロにいただけだから、色々と、世間の『色んなこと』に詳しい仲間捕まえて、レリックのこととか訊いてみっか? って帰国したんだ。そしたら、成田でばったりお前に会ったろ? その所為で、益々お前のこと気になっちまって。…………でな。こっから先はちょいと、ここだけの話って奴にしといて欲しいんだが……俺等の仲間内に、ロゼッタ協会絡みの話を知ってる奴がいて。その線で、お前のこと少し調べて貰って、追っ掛けてみたって訳だ」

「…………………………そんなことじゃないかなー、とは思ってたんですけど……。……蓬莱寺さんも緋勇さんも、俺の正体知ってたんですね……?」

「まあね。葉佩君は、ロゼッタ協会の宝探し屋なんだろう?」

「うぉああああああ……」

龍麻が語り続けた事情を京一が引き継いで、話が、ロゼッタ協会のことに及んだ時、九龍は、手にしていたコーヒーカップを掴んだまま、思わず仰け反った。

中味は飲み干されていたので被害はなかったが、彼的には『衝撃の事実』に、ヨロヨロと姿勢を戻す。

「俺達はね。ロゼッタ協会だとか、レリック・ドーンとか、葉佩君が宝探し屋で、とか、そういうことは、どうでもいいんだ。俺達には、多分関係のない世界だから。但、五年振りに新宿に戻ってみたら、少し龍脈がおかしくて、胡散臭いことを話してたレリックの連中が追ってた君を調べれば、もしかしたら、新宿がこんな風になってる理由とかが判るんじゃないかな、って期待したんだよ。……五年前、俺達皆がド根性で何とかしたこの街には、大切な仲間や、大切な人達が今も住んでるから。そんな人達が、あの頃のような危険に晒されるのは許せない、って思ってね」

「…………俺達が、この話をお前等にしようって決めたのは。俺達が、お前等の敵じゃないって判って欲しかったからだ。……もっと正直に言えば。要らない敵を作りたくなかったからだ。俺達は、お前の正体知ってたから、事情を話しても大丈夫だろうと思えたしな。………………納得出来たか?」

どーしてこんなに簡単に、色んな人にバレちゃうんだろう、俺の正体……、と打ち拉がれる彼へ、一番肝心なことを、龍麻と京一は聞かせ。

「……まあ、納得は出来──

──本当に、それだけなのか?」

正体を知られていたこと等々、痛恨の一撃な告白を聞かされはしたが、素直に頷けはする、と九龍は言い掛け、でも、甲太郎がそれを遮った。

「おっ。いい勘してんな」

すれば、京一は甲太郎を見詰め、にんまりと笑った。

「勘じゃない。要らない敵を作りたくないだけなら、俺達に、そこまで打ち明けなくても良かった筈だ。やり方は幾らだってある。他にも目的があると、普通は考える」

「あははー……。先手打たれちゃったねえ。…………うん、そうだよ。皆守君の言う通り、他にも目的があるんだ。──今言った通り、俺達は、俺達の大切な人や、大切な仲間を護りたい。その為に、どうして今、新宿がこんな状態なのかを知りたいと思ってる。だから、俺達の言葉で言う異形を解き放ってしまうこともある《秘宝》を手に入れたがる、ロゼッタ協会のハンターな葉佩君が調べてるあの遺跡の何かが、俺達の知りたいことと関わりがあるかも知れないなら、共同戦線ってのはどーかなー? と。……あの遺跡に関することを、俺達に教えて欲しいんだ。その代わり俺達も、知ってることや、調べたことを君に話すし、協力出来ることがあれば、協力する」

「……どうだ? 葉佩。俺等が言うのも何だが、悪い話じゃねえと思うぜ?」

本当の本音は何だ? と突っ込んで来た甲太郎へ、龍麻は苦笑いを向け、京一と二人、『共同戦線』を持ち掛け。

「……………………二つだけ、質問に答えて貰えませんか?」

思案しながら九龍は、二人を見比べた。