何の目的を持って建った場所なのか、さっぱり判らない、と九龍が言えば。
「ふうん……。随分と、変な場所なんだね、あそこ」
何時しか空になってしまったサーバー片手に龍麻は立ち上がり、再度コーヒーを淹れながら、小首を傾げた。
「俺も、そう思います。……けど、もっと不思議なことがあったんですよ」
「それは何?」
「二度目に潜った時、最初に潜った時に解除した罠とかは全て、外されたままでした。……でもですね。倒した筈の化け物達は、何でか復活してたんです」
「……『化け物』だから、じゃないのか? 異形は、倒しても倒しても、湧いて出て来ることあるぜ?」
「それが……。魔物とか、それこそ鬼とか、この世界には本来存在してない筈のモノなら、何度湧いても不思議には思わないんですけど、大分以前にあそこに潜って、手紙みたいなの遺してくれてた人が、化人って名付けたあそこの化け物は、どうにも生物っぽいんですよね。斬ったり撃ったりすると、変な体液出しますし。……化け物でも、生物の範疇にはいるモノが、復活する、なんてこと、あると思います? それだけなら、この世界じゃない世界の生物、ってことにしてもいいですけど、地縛霊みたいに、必ず、同じ場所に同じ種類の奴が、同じ数復活するんですよ」
「何だ、そりゃ……」
「あの遺跡は、化人とか言う連中のいる異界と繋がってて、時空とか、次元とかの歪みから、次から次へと化人が湧いて出てるだけ、とかじゃないのかなあ……」
「あーーー。そういうのは、アリっぽいですねー。だったら、あの遺跡はそんな不思議空間の何かを守ってるのかなあ……。でもなあ…………」
「新宿にある、世界と異界の狭間を俺も京一も知ってる。そこは、龍脈や龍穴に関係してた場所でね。あの場所が、本当にそんな場所なんだとしたら、氣がおかしいのも、龍脈の乱れに関係してるのも、不思議じゃなくなる、とは思うかな」
「確かに…………」
戻って来た龍麻が注いでくれたコーヒーを啜り、頷きながらも、それだけではどうしても納得出来ない、と九龍は視線だけを天井へ向けた。
……あの遺跡は、異界とか、魔物とか、そういうオカルトチックな世界よりも、もう少し現実的な──少なくとも、『この世界』のモノではあるような気がしてならなくて。
「うわっ! もうこんな時間っっ!」
そうして、そのままぼんやりと窓の外を眺めた彼は、空が茜色に染まっていることに気付き、慌てて立ち上がった。
「すいませんっ、長々お邪魔しちゃってっっ」
「……ああ、もう五時なんだ。気にしないで。誘ったのは俺達なんだし」
「や、でも、事情が事情とは言え、初めてお邪魔したのに……。本当、御免なさい。お風呂と、カレーと、コーヒー有り難うございました!」
「いえいえ、どう致しまして。何か遭ったら何時でも来て」
「又、飯でも食いに来いよ。寮じゃし辛いこととかもあるかもだしな。ここの方が、気兼ねねえだろ? 遺跡で泥まみれになったら、風呂入りに来るもいいし」
「あっ! それは助かりますっ! 変な時間に風呂入れないんですよねー。シャワーもバレそうだし、やっぱり、お風呂浸かりたいんですよー」
「おう。そうしろ、そうしろ」
「はい! それじゃあ、又!」
「……邪魔したな」
随分と時間が経ってしまったと知って、帰り支度を始めた彼は、龍麻と京一に礼を告げ、願ったり叶ったりの提案を貰うと、お義理程度の言葉を発した甲太郎を軽く蹴っ飛ばしつつ、部屋を出て行った。
「………………さーて。これでどうなるかな」
「……なるようになんだろ。なるようにしかならねえしな」
「あ、出た。京一の口癖その一。……でも、そうだね。なるようにしかならない、か」
「平気だって。いざとなったら俺が、なるようにしてやるよ」
「おー。口癖、その二。…………期待してるよ。それにしても、あの皆守君って彼。愛想がないなあ……」
「ハリネズミみてぇな奴だったなー」
玄関先で少年組を見送り、リビングへと戻りながら、二人は部屋を片付けつつ、甲太郎のことを話題に乗せた。
「ハリネズミ、かあ……。そうかも」
「ちょいと、知り合ったばっかの頃の、如月や壬生に似てねえか? 何かこう……頑でよ」
「あああ。うんうん、同感、同感」
「頭の回転はいいんだろうけど、単に頭がいいだけの奴なのか、それとも、何時でも何か警戒してっから、そんななのか。……どっちなんだろうな」
「両方なんじゃないかな。元々から鋭い上に、警戒心バリバリだから余計、って奴? でも、悪い子じゃないと思うな、俺」
「何で、ひーちゃんはそう思う? あいつだって、『変なの』の一人だぜ」
「だってさ。愛想皆無な皆守君も、葉佩君のことだけは心配してる風だったからさ。純粋に、仲良しコンビで引っ付いてるだけじゃないにしても、葉佩君は心配したい相手で、そういう優しさの持ち合わせはある、ってことだろう?」
「……確かにな。葉佩も、食えねえ奴ではあるみたいだけど、いい奴のようだし。……ここはいっちょ、皆守込みで構い倒してみるか。きっと面白えぞー。ああいう生意気な奴からかうのは、猛烈楽しいぜ」
「悪趣味だねー、京一。でも、俺も賛成。……あの二人が、本当の意味での友達同士や仲間同士になるといいなあ。そういう存在がいると、人って変われるしね」
「…………だな」
手早く部屋を片付け、今日は夜勤の二人は、時間まで少し休もうと、ソファに身を投げ出しながら。
かつて、自分達がそうだったように、あの二人も、得難い存在同士になれたらいいのに、と秘かに願った。
「…………本当に、良かったのか?」
警備員専用のマンションを後にし、歩道を辿りながら、ボソっと、甲太郎は言った。
「何が? あ、あの二人のこと?」
「ああ。あんなに簡単に、信用しちまって」
「大丈夫だって。蓬莱寺さんも緋勇さんも、絶対に悪い人達じゃない。それは賭けてもいいよん。でも、それと、あの二人が話してくれたことを全部信じるかどうかは、別問題」
頭の後ろで手を組みながら、甲太郎と並び歩き、ニカッと九龍は笑う。
「お前も、それなりには冷静だったか」
「当たり前ー。狡っこいのが宝探し屋だもん。……あの二人、嘘は言ってないと思う。けど、色々、かなり端折って説明したんだとも思う。カイロで俺のこと追っ掛けてたレリック締め上げたら、胡散臭いこと言ったから、って辺りとか、ちょーっと、諸手を挙げて信じるには、インパクト弱いっしょ。あの時、テロリストな皆さんは、どうしてそれを知ったのかは判んないけど、単に、俺がロゼッタのハンターだからってだけで追い掛けて来てたみたいだし、あの二人が言ってた龍脈うんたらとかに、あの時点では、俺も、あの連中も、関わってなかった筈だもん。二人は未だ、何か隠してるんだろうなー」
「じゃあ、何で手を組んだんだ?」
「……あの遺跡が本当に、龍脈うんちゃらと関わりがあるなら、専門家がいた方が何かと便利だよな、って思ったのと。あの二人の情報源に、利用価値があると思ったからだよ。使えるモノは、何でも使わなきゃ損。何より、悪い人達じゃないしさ」
「最後の理由が、頂けない。何処までも、お人好しな発言だ」
へへへん、と笑う九龍の告げる理由に、それなりに理解は示したものの、甲太郎はやはり、承服し兼ねる風に首を振った。
「………………もしかしなくても、甲太郎はあの二人のこと、嫌ってる?」
「そういう訳でもない。俺はお前と違って、簡単に他人を信用出来ないだけだ」
「そう言う割には、俺のことは結構あっさり、信用してくれたじゃん」
「……それ、は…………」
「ま、その内、甲太郎もあの二人に慣れるよ。つーか、慣れて。お誘い通り、あそこ、拠点の一つにさせて貰うつもりでいるしさー。時間気にしないで入れる風呂と、愉快な遊び相手のお兄さん達が、俺を待っているー!」
「お前の本音は、そこか……?」
しかし九龍は、何処までも気楽に、呆れる甲太郎を他所に、「オー!」と威勢良く叫んだ。