二人が声へと振り返れば、そこには、少なくとも九龍は見慣れぬ女生徒が立っていた。
「クスクス……」
彼等を一瞥だけした少女は、もう一度笑い声を響かせ、二人の席の脇を通り過ぎ、店を出て行った。
「あいつ…………?」
「……おい、見ろよ」
「あれ? 何だ、この箱?」
「さっきまで、こんなのなかったよな……」
少女のことが気になったのか、甲太郎は睨み付けるように彼女の背を見送り、九龍は、再び届いた同級生達の声を聞く。
「奈々子ちゃーーん。これ何?」
「あら? 何でしょう。この箱は────!」
何やら、見知らぬ箱があると気付いた同級生達は奈々子を呼んで、呼ばれた彼女は不思議そうに、小さくて白い、赤いリボンの掛かった箱を取り上げて……──。
「あひゃあああああああああああああ! は……はこはこはこはこはこはここの箱っ。何か物凄く熱いんですけどっ!! けけけけけけけけ煙とか出ちゃって、これこれこれこれこれってまさか……、ば、ばくばく爆弾っっ!?」
静かに白い煙を吐き出した、酷く熱いらしい箱を両手に持ち、盛大に焦り、慌て始めた。
「な、何なの、あれ!!」
「まさか、本当に爆弾っっ!?」
「きゃーーーーーーーーっ!!」
奈々子の叫びに、店内の客は一斉に立ち上がり、我先に、外へと逃げ始める。
「おい、落ち着けっ」
「どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどうしましょう、これこれこれこれっ!」
「馬鹿っ! いいから離れて伏せろっ。九龍、お前も伏──」
雪崩れ出て行く人の波に逆らい、甲太郎は奈々子へ駆け寄ると、手の中の箱を取り上げ、突き飛ばすように彼女の背を押し遠ざけて、九龍には伏せろと言い掛けたが。
「何時までもそんな物掴んでんな、こーたろーーーーっ!」
箱から立ち上る煙が濃くなったのを見て、九龍は甲太郎へ飛び付き、パン! と方向だけは考えて箱を落とすと、彼をテーブルの下へと押し倒した。
「なっ────。っ……──」
全体重を掛けたタックルを受け、腰から床に落ち、息を詰めた甲太郎は、次の瞬間、九龍が何を考えたかに気付き、益々息を詰め、爆風から自分を庇おうと覆い被さって来る九龍を抱き込んで、体を入れ替えた。
「ちょ……こーたろーーーーーっ!?」
「これは、いけませんね。貴方達は大人しくしていなさい。──ふんっ!!」
逆に庇われることとなった九龍は、盛大に悲鳴を上げてジタバタ暴れ……と、そこへ。
すっと近付いて来た何者かの影が差し、影の主は、拾い上げた箱を窓の向こうに投げた。
ガシャーーン……、と窓ガラスは割れ、破片を巻き込みながら箱は、小さく爆発する。
「さて、皆さん、大丈夫ですか?」
「マスター!」
細やかな爆風が消えるのを待ち、奈々子にマスターと呼ばれた影の主は、落ち着いた感じの男の声で、九龍達に声を掛けた。
「馬鹿か、お前っ。俺なんか、庇う必要無いんだよっ」
「馬鹿はどっちなんだよっっ。結局、甲太郎が俺のこと庇ったんじゃんか、この馬鹿ーーーー!」
「お前が先に、俺なんか庇おうとしやがったからだろうがっっ。お前は、自分の身だけ守っとけっっ!」
「その言葉、そっくり甲太郎に返してやるぅぅぅっ!」
しかし、二人は立ち上がりながら、互いの襟首掴み上げんばかりに怒鳴り合い始め。
「……大丈夫そうですね」
「あんたは…………」
微笑まし気に近付いて来た、初老の『マスター』にやっと気付いた甲太郎は、すっと彼からも九龍からも視線を外した。
「皆守さん。そちらの方は、もしかして?」
「…………ああ。うちのクラスに転校して来た、葉佩九龍だ」
「そうですか。──葉佩さん。私は学園内にある『バー・九龍』の店主で、千貫厳十朗と申します。私の所の営業は夕方からですから、忙しいお昼時は、時々ここでお手伝いさせて頂いてるんですよ。天香学園へようこそ、葉佩さん。これからどうぞ、宜しく」
「こちらこそ、どうぞ宜しくお願いしまーす。……それにしても、バーまであるなんて、凄いや」
それなりに甲太郎を知っているらしい千貫から、ふいっと顔を逸らした甲太郎を、「んー…………」と秘かに渋く眺め、名乗った千貫には愛想良く答えながら、九龍は感心する。
「バーは基本的に教職員の為の店だが、俺達も行っていいことになっている。牛乳しか飲ませて貰えないがな」
「当然ですよ。若人には牛乳が一番です。うちの坊ちゃまも、小さい頃から私が牛乳でお育て申し上げましたから、今は大変丈夫で大きく、立派な若人になられたんですよ」
と、やっと、甲太郎の視線が戻って来て、彼の説明に、千貫は少しばかり胸を張った。
「これは何としたことじゃあああっ!」
「これは、境さん。実はですね──」
そこへ今度は、校務員の境が通り掛り、無惨に壊れた窓ガラスを指して喚き始め、千貫が事情を語り。
「この場にいた生徒さん達を守るのは、私の役目ですから」
「中々言うのう、この耄碌バーテンダー」
「いえいえ、それ程でもありませんよ。セクハラ校務員さん」
何故か、二人は微笑みを見せ合いながら、火花を散らし始めた。
「このお二人って、もしかして仲悪いんですか?」
「さあ、聞いたことないが……。ジジイ頂上決戦か?」
「頂上決戦? ジジイの? ……ジジイの頂上……。はて?」
「外野は黙らっしゃいっ!」
そんな二人を、どうして唐突に、と奈々子と甲太郎と九龍は唖然と見詰め、キッ! と睨んで来た境に、九龍と甲太郎は割れた窓ガラスの片付けを命じられた。
……が、甲太郎はするりと逃げ去ってしまい。
「あああああっ! こーたろーの卑怯者ー! 薄情者ーーーー!」
一人、境に捕まった九龍は、ぶーぶーと文句を垂れながら、放り渡されたモップ片手に、マミーズのテラスの掃除を始めた。
「ふーーーーん……」
「へーー……」
遅出勤務で、昼休み後から校内を見回っていた最中、マミーズを飛び出し、慌てふためきながら逃げ去って行く生徒達を見掛け、何事かと駆け付けた京一と龍麻は、九龍が甲太郎を庇い、庇われた甲太郎が九龍を庇い返し、とした辺りから、店の外の物陰より一部始終を見ていた。
「あいつ等、この間知り合ったばっかなんだろ? ……仲はホンモンなんだな」
「過ごした時間の長さなんて関係ないよ。…………うん、あれは計算なんかで早々出来ないから、やっぱり皆守君……。だけど、彼が目的持って葉佩君に近付いたんなら、悩まないかなー……」
「……どうだかな。その辺は、目的にもよるしよ。『変なの』があの遺跡に関係あると決まった訳でもねえし。──お。トンズラしようぜ、ひーちゃん。あいつ、葉佩のこと待ってやがる。待つくらいなら、手伝ってやりゃあいいのに」
「天邪鬼っぽいから、無理なんじゃないの? 京一も天邪鬼だけど、彼は京一のとは又違った、ストレートな捻くれ加減だし。──ん、じゃあ仕事の続きしよっか」
自分達の目で見たそれを、二人はそう受け止めて、こそこそ、仕事に戻った。