マミーズの外れで、境に押し付けられた片付けをしていた自分を待ってくれていた甲太郎と校舎に戻り、『病弱』故に、甲太郎よりも出席率が悪い二歳年上の同級生、夕薙大和に初めて行き会い自己紹介合戦を繰り広げたりしながら教室に向かっていた最中、明日香に捕まって、五時限目のサボりに関する言い訳をしていた間に、六時限目もサボるつもりだったらしい甲太郎にトンズラされ、九龍は。

「逃げ足の速い奴め……。……今度から、甲太郎の行きそうな所に、捕獲罠仕掛けとこうかな」

逃げられたか……、と口惜しそうに、屋上へと続く廊下の向こうへ物騒な誓いを立てた。

「あははは。それ、いいかも! 九龍クンが、皆守クン引き摺って授業出て来るの、クラスの皆も期待してるよっ」

「そうなの? 甲太郎って、結構皆に愛されてる?」

「んー…………。本当のこと言うとね、皆守クン、皆から怖がられてたって言うか……何考えてるか判らない、近寄れない奴、なんて思われてたみたいなんだけど。九龍クンが転校して来て、皆の見る目、変わったらしいんだ。皆守クン、九龍クンと一緒にいると、普段の何倍も喋るし、笑ったり怒鳴ったりするし、口喧嘩もしちゃうし、この間なんか、二人で一緒にプリクラ撮ってたでしょ? だからね、皆守クンも、そういうこと出来るんだあ、って」

「そっかあ…………。そういうことなら、ブービートラップ仕掛けてでも甲太郎確保して、授業に引き摺り出しましょうぞ!」

「うんうんっ。それにね、二人の馬鹿騒ぎも期待してるっぽいよ」

「おや。それは一寸心外だなあ。馬鹿騒ぎじゃなくって、友情深めてるだけなのになあ」

彼が立てた誓いに、明日香は大笑いしながら賛同し、クラス内での『甲太郎の今』を語り、だと言うなら益々! と九龍は誓いを深め、六時限目の化学の授業を受ける為、理科室へ向かった。

その日の授業内容は薬品調合実験で、一緒の班になった明日香と、実験器具は可愛いだのロマンだの、あーだーこーだ言い合いながら作業の手を進めていたら。

「ん? 何だ、この箱……」

「おい、これ……、さっきも見なかったか?」

別の班の机から、先程マミーズで見掛けた同級生二人の会話が聞こえ、はっと九龍は顔を上げる。

「触っちゃ駄目だっ!」

慌てて彼等の方を振り向けば、そこには、あの時そっくりの、赤いリボンの掛かった白い小箱があり、掴み上げようとしていた二人を留めようと彼は怒鳴ったが、それは一足遅く。

ドンっ! と爆音が響いた。

「きゃーーーーーーーっ!」

「ど、どうしましたっ!?」

「判りませんっ。箱が……突然爆発して…………」

もうもうと煙が上がり、悲鳴や、化学教師の叫ぶ声や、生徒達が取り乱す声が入り乱れ、あっという間に出来た人垣の中心では、例の同級生の一人が、片耳を押さえて踞っていた。

「ちょ、一寸……、大丈夫っ!?」

「耳……俺の耳が……っ。ううっ……」

吹き飛ばされる処までは行かなかったようだが、かなりの出血をしているそこを押さえ、少年は苦しそうに呻き。

「ほら、掴まれっ!」

マミーズでも彼と一緒だったもう一人の少年が、彼を抱き抱えながら保健室へ向かい始めた。

「……ふふふっ」

「え?」

と、何でこんなことに、と唖然としていた九龍と明日香の背後で、幼い声の笑いが湧き、まさか、と声の主を捜せば、案の定、マミーズでの爆弾騒ぎの直前見掛けた、あの少女が立っていた。

長い巻き髪をレースのヘッドドレスで飾った、フランス人形の如くな顔立ちの、そこまで改造していいのか? と九龍は言いたくて堪らないくらいビスクドールの衣装風な制服を着ている、本当に可愛らしい感じの少女。

なのに彼女は、友人に付き添われ、よろよろと理科室を出て行く怪我を負った少年を、小馬鹿にするように笑っていた。

「あの子……。A組の椎名サン……? 何でうちのクラスを覗いてたんだろう……。って、あ、一寸九龍クンっ! 何処行くのっ? 待って、あたしも行くっ!」

少年達が行くのを待って、理科室から出て行った彼女へ、おや? と不思議そうに言う明日香を置き去りに、唐突に九龍は走り出し、少女──椎名を追う彼を、明日香も追って。

「明日香ちゃん、危ないから教室戻った方がいいよ」

「又々ー。そんなこと言っても駄目だからねっ! ──一寸待って、椎名サン……だよね?」

強張った顔で留めようとする九龍を無視し、明日香は、廊下を歩いていた彼女を呼び止めた。

「あら……リカのことをご存知なんですかぁ? C組の、八千穂明日香さん、でしたわね。そちらは、噂の《転校生》さんですの? ……初めまして。A組の椎名リカと申しますぅ」

掛かった声に、リカは素直に振り返り、明日香と九龍を見比べつつ、両手でスカートの裾を少し持ち上げて、中世の貴族風な挨拶をしてみせる。

「初めまして。俺、葉佩九龍。宜しくね、椎名さん。……リカちゃんって呼んでもいい?」

「はい。構いませんですの。…………ふふふ。こちらこそ、どうぞ宜しくですの。仲良くして下さいですの」

「椎名サン、九龍クンのこと知ってるの?」

「勿論ですわ。《転校生》さんは有名ですもの」

「いやー、それ程でもー。────処で、リカちゃん? さっき、理科室で何してたのかな」

ちょこん、と可愛らしい挨拶をして来たリカに、九龍も、ちょん、と同じくらい可愛らしく返して、にこにこしながら何時もの親愛を振り撒き、が、問いながら表情を無に戻した。

「悪い人が罰せられる処を見ていたんですぅ」

「悪い人? あの彼のこと?」

「あの人は、校則を破った悪い人なんですのぉ。だから、罰を下さなくてはならなかったんですぅ」

「罰って……どういうことなの? あの爆発は、椎名サンがやったのっ?」

何故、そんなことを問われるのか判らない、そんな顔をして答える彼女に、明日香が声を引っ繰り返した。

「ええ、そうですわ。リカはぁ、何でも爆発させることが出来るんですの。分子と分子をぉ、ぶるぶるーっとさせて、蒸気がしゅわーって出て、それで、バーン、ですの」

「えーーーと?」

「…………分子の揺らぎによる自然核生成を引き金とする、蒸気爆発」

「……御免。九龍クンの言ってること、判んない…………」

「よーするに、リカちゃんが言った通り、分子と分子がぶるぶるー、で、蒸気がしゅわー、で、バーン、と爆発。それだけの理解でオッケー!」

「………………とことん判んないけど……駄目だよ、そんなこと!」

その後に続いたリカの説明も、九龍の説明も、明日香には何が何やらだったが、それでも彼女は気を取り直し、リカへと訴える。

「どうしてですの?」

「だって、もし死んじゃったらどうするつもりなのっ!?」

「『死』ですかぁ? それだったら別に構わないと思いますぅ」

「え…………?」

「それならお父様が幾らでも代わりを用意してくれますの。『死』なんて、全然大したことじゃないですわよねぇ?」

しかし、リカは。

明日香の必死の叫びを、さらっと笑った。