もしかして、自分達は見てはならなかった物を見てしまったのだろうか、と思いながら、暫し墓石を眺め、が、こうしていても仕方無いと、京一と龍麻は、当初の目的通り遺跡に潜ってみた。
しかし、『憂さ晴らし』を一時間程で切り上げた彼等は、夕暮れ前に穴より帰還し、仲間達に押し付けられたきり、一度も使うことなかった携帯電話を取り出すと、警備員室へと戻りつつ、未だに使い方が判らない、とブツブツ言いながら、何とかアドレス帳を開き、知らぬ間に登録されていた番号の一つを押した。
壬生紅葉の携帯に繋がる番号を。
正式名称は、『Shadow of Jade』という、ロゼッタのライセンスを取得したハンターだけがアクセス出来るオンラインショップ──『JADE SHOP』を、寮の自室に戻った九龍は覗いていた。
この数日、ひたすらクエストに勤しんでゲットした成功報酬が振り込まれた口座の残高と、『JADE SHOP』に並ぶ数多の商品との金額を見比べ、うんうん唸り、やっと、購入する品を定めた彼は、いそいそ注文を済ませると、今度はいそいそ、学内の、彼にも潜り込める至る所よりかっぱらって来た品を床の上にぶちまけ、使えそうな物と使えそうにない物との選別を始めた。
そんなことをしていたら、ピンポーン、と各部屋に付いている呼び鈴が鳴り。
「俺だ」
ドアの向こうから、甲太郎の声がした。
「開いて……──。……あっ! 一寸待ってー!」
作業の手も止めずに暢気に応え掛け、が、いけない! と月魅に貰ったファラオの胸像をシャワーブースに突っ込んでから、九龍はドアを開けた。
「……何だよ。そんなに慌てて」
「あはははは。何でもない! 入って、入って。散らかってるけど」
「ああ。…………って、おい。何だ、この部屋は……」
ぜーはー息切らしつつ、誤摩化し笑いを浮かべる彼に、鎖骨が見えそうなくらい襟刳りの広い紫色のトレーナーを突っ被り、濃い色のジーパンを履いた姿の甲太郎は、訝し気な顔をしつつ室内に踏み込んで、途端、ぽかん、と口を開き、銜えっ放しの似非パイプを零す。
「……? 一寸、散らかってるだけだって」
零れた似非パイプを上手くキャッチして、ぽいっと九龍は投げ返した。
「俺が言ってるのはそこじゃない。どうしてお前の部屋の床一面に、どう鑑みても校内の備品としか思えない物が転がってるんだ、と訊いてる」
「ああ、それのこと」
アロマを落とす程、甲太郎が目を点にした理由は、室内の散らかり具合ではなく、散らかっている品その物にある、と知り、ぽん、と九龍は手を叩く。
「Get treasure! ……な感じ?」
「…………黒板消しや、テニスコートのワイヤーや、台所用洗剤の何処がトレジャーだ」
次いで、えへ、と小首を傾げて笑った彼の背中を、甲太郎は、ドゲシっ! と蹴り倒した。
「うわっ! こーたろーさん、酷いわぁ……」
バランスを崩し、バラまいた品の上に倒れ込んだ九龍は、甲太郎にはゴミとしか映らない品々に塗れつつ、泣き真似をする。
「っとに……。お前の手癖は、そんなに悪いのか? 図書室のシールが貼られたボールペンだの、百科事典だのまであるじゃないか……。何に使うんだよ、こんなもん」
が、甲太郎は彼の訴えを綺麗に無視し、検分を始め。
「決まってるじゃん。俺の懐具合は豊かじゃないから、こーゆー、『落ちてた物』を有り難く拾わせて頂いて、探索用具制作の材料にするんだよ」
ちっ、泣き真似通用せず、と九龍はその場に胡座を掻いた。
「……………………落ちていた、じゃなくて。置いてある、と言うんだ、日本語では」
「………………。……ほらほら、見てくれよ、甲太郎! この、廃屋街で拾って来た木の棒に、何でか会う度に至人がくれる石を、ワイヤーで括ると投げ斧にー! 美術室に『落ちてた』イーゼルだって、あっちこっちの教室に『落ちてた』黒板消しだって、投げれば目眩ましくらいにはなるし!」
「黙れ、盗人。こんな物を一々、大量に担いであそこに潜…………。…………九龍?」
「はいな?」
「この、東京銀座の有名カレー専門店が出してるレトルトカレーのパック。何処からパクって来た?」
「……えっ? ………………それは、その、えっとー。多分ー、俺の知らない内にー、そのレトルトカレーがー、俺に食べて欲しいってー、勝手にここに歩いて来たんじゃないかなー、と推測してみたりー?」
「そうか。最近のレトルトカレーには、足が生えてるのか。それは俺も知らなかった。──そこへ直れ、このカレー泥棒っ!」
その内に、甲太郎は品々の山の中から、ひじょーーー……に見覚えのあるレトルトカレーの箱を見付け、こめかみに青筋浮かべて立ち上がり、九龍の脳天目掛けて脚振り上げた。
「ちょっ……! ……御免っ。御免、こーたろーーーーっ!」
問答無用で振り下ろされた踵を、真剣白刃取り! と九龍は受け止める。
「誰が許すかっ! 間違いなくこれは俺のだろうがっ! 俺が、非常食代わりに部屋の棚に仕舞っといたもんだっ! どうやってかっぱらいやがったんだ、俺は鍵を掛けずに部屋を空けたことはないっ!」
「宝探し屋を捕まえて、何を言うか甲太郎っ! この寮の鍵程度、俺だって簡単に開けられるっ。これを見よ! 秘密で素敵な解錠グッズ──」
「──威張れることかっ!!」
「威張るっ! ロゼッタは、盗人と料理が出来れば君もトレジャー・ハンターになれる! が謳い文句なんだぞっ! 俺は悪くないっ! ────って、うわあああああっ! 御免っ。御免なさいっっ。もう二度としません! だから許して、こーたろーさーーーーんっ!」
一撃目を防がれ、甲太郎は九龍の両腕を絡ませたまま強引に脚を振り、そのままガンっ! とベッドの台に、カレー盗人の頭をぶつけてやり。
悶絶してのたうち回りながら、九龍はやっと詫びを入れた。
「……うううう。痛いよぅ……。甲太郎が暴力的だよう……。ちょーっと、俺の食生活を豊かにする協力を仰いだだけなのにぃ。愛が無いよぅ…………。蓬莱寺さんと緋勇さんに言い付けてやる……」
「お前は何処のガキだっ。一々あいつ等に言い付けるなっ! ──全く、油断も隙もない…………。何処まで碌でもない商売なんだ、宝探し屋ってのは。ロゼッタとやらもそうだ。何なんだよ、盗人と料理が出来れば君もトレジャー・ハンターになれる! とかいう馬鹿げた謳い文句は……」
脳天を押さえ、床の片隅に転がって行く九龍にもう一発蹴りを入れ、自身の非常食を取り返した彼は溜息を吐いた。
「真理だもん……。盗人と料理が出来れば、トレジャー・ハンターなんて誰にだって出来るもん……。俺もロゼッタも悪くないもん……。………………あーあ。そのカレー、食べてみたかったのになあああっ」
トドメの一撃に、ぐえっと潰れた声を洩らし、が、瞬く間に華麗なる復活を果たして甲太郎の傍ににじり寄ると、九龍は名残惜しそうに、奪い返されたレトルトカレーを凝視した。
「反省くらいしてみせろよ…………」
「してるってば。反省『は』してる。……処で甲太郎? 何しに──」
口先で謝っただけで、欠片も悪いと思っていないのだろう彼に、甲太郎は肩を落とし、九龍は話題を変えようとし、と、そこで。
再び、部屋の呼び鈴が鳴った。
「亀急便です」
チャイムが鳴り終わるより早く、扉の向こう側より宅急便業者の声がした次の瞬間には、『何時も通り』、惚れ惚れする程綺麗に気配を消した、典型的な忍び装束に身を包んだ黒頭巾の男が、亀マークがデカデカと入った箱を抱え、少年達の背後を取っていた。
「あ、ご苦労様でーす。何時も有り難うございまーす! えーーーと。サインでいいですよね?」
「勿論」
何時の間に何処から侵入したんだとか、宅急便は一階に届けるのが決まりだろう? とか、その時代錯誤な格好は何だとか、どうしてそこまで気配が消せる? とか言った様々なことを、唖然と目を見開いて甲太郎が考えている間に、忍者な宅急便業者と九龍は『至極普通』なやり取りを交わし、荷物の受け渡しが済むや否や、忍者はシュッと、何処へと消えた。
「………………誰だ……?」
「ん? 亀急便のお兄さん。例の武器屋の『JADE SHOP』って、宅配もしてくれるんだよ。便利でいいよー。絶対に、注文してから一時間以内に届くんだ」
「……俺にはどうしても、お前等の世界が解らない……………………」
唯々唖然と忍者を見送り、驚きもしない九龍に呆れ。
甲太郎は力無く、友人のベッドに崩れ凭れた。