この世に産まれて十八年と半年。

他人に自慢出来る程ご大層ではないが、それでも、これまでに培って来た己の常識は、世間一般のそれからそうは外れていないと思っていたのに、それこそが思い込みで、激しい間違いだったんだろうか……、と。

ベッドに凭れ打ち拉がれながら、届けられたばかりの亀急便の箱を漁り始めた九龍を、甲太郎は力無く見遣った。

「まあまあ。甲太郎、元気出しなよ。世の中には、沢山の謎があるんだからさ。──ほれ、見て見て! 今回は、これ買ってみた!」

しかし九龍は、項垂れる彼を至極簡単に慰めただけで、『JADE SHOP』より買い求めた武器を見せびらかし始める。

「お前には、端から常識なんてものの持ち合わせがないから、悩みもしないんだろうが……って、…………鞭……?」

「うんっ! 某・有名冒険活劇映画の主人公の、考古学博士みたいでカッコイイだろー?」

「……それだけの理由で、それを選んだのか?」

故に甲太郎は、益々脱力したが。

「そういう訳じゃないよ。……今日、リカちゃんに会って確信したんだ。あの遺跡は、《生徒会》が管理してて、各区画は、執行委員って呼ばれてる奴等が守ってるんだろう、ってさ。…………この確信が真実なら、あの遺跡の奥へ進む度、必ず、鎌治の時みたいに人と戦わなきゃいけない。鎌治がそうだったから、他の奴だって斬っても撃っても多分平気で、だったら、もう遠慮はしないけど。鎌治とリカちゃんの持ってる《力》の種類は違ったろう? 鎌治は衝撃波が武器だったし、リカちゃんは何でも彼んでも爆発させられるみたいだからさ。武器の種類は沢山あった方が、対応の幅が広がっていいかなー、って思ったんだ」

一応、正当な理由がある、と九龍は言った。

「成程…………」

「ま、高い銃器は未だ買えなかった、ってのも理由の一つだけどね」

「…………あの、イカれてるとしか思えない依頼内容なクエストばかり受けてりゃな。そう簡単に金は貯まらないさ」

「イカれ……。………………まあ、それは俺にも否定出来ない……。護符が欲しい、とかは理解出来るんだけど、軟体動物の脚が欲しい、とかは、さっぱり……。──処で、甲太郎。何しに来たの?」

そうして彼は、漸く立ち直って来たらしい甲太郎へ向き直り、用向きを尋ねた。

「あ、ああ……。…………その……本当に今夜、お前は遺跡に行くつもりなのかと、尋ねようと思ったと言うか……。だが、もういい。毒気抜かれちまった……」

すれば甲太郎は、アロマを銜え直し、ふいっと九龍から視線を外した。

「…………御免、甲太郎。気が向いたら、なんて口では言いながら、毎晩文句も言わないで、甲太郎は俺の『夜遊び』に付き合ってくれてるけど、本当は、今でも俺のこと止めたがってるんだ、って。判ってるんだ。……でも、これが俺の仕事だしさ」

「……そうだな…………」

「だけどな、甲太郎っ! 大丈夫だから! ホントにホントに! 俺だって、死にたくないと思ってるし、死ぬつもりもないからっ。俺は絶対、生きて帰るからっ! だから……だから大丈夫。死にたくないんだよ、俺だって……。死にたくないから、人にだって銃でも何でも向けられちゃうしさ…………」

何故、今更のように、「今宵も遺跡に行くのか」と甲太郎が尋ねようとしたのか、その理由を九龍はきちんと判っていて、故に、威勢良く言い始めたが。

次第に彼は俯き、声を潜めた。

「……九龍。俺はお前にそんな話をさせるつもりで、ここに来たんじゃない」

「ま、まあ、それは兎も角っ。今日も元気に遺跡に行くつもり! ……ではいるんだけど……。今夜は一人で行こうかなー、と思ってみたりしてる次第です、はい」

だから、甲太郎は酷く居心地を悪くし、九龍は空元気を絞った。

「どうしてだ?」

「……これは、俺の推測なんだけどね。多分今夜は、今まで開いてなかった扉が開いてると思う。鎌治は、自分の区画を守らなきゃって思ってた、って言ってたし、リカちゃんが話してた神話の中の逸話は、鎌治がいた区画では語られてなかっただろう? ってことは、リカちゃんは何処か別の区画を守ってるってことになって、成り行きとは言え、彼女はそれをバラしちゃったから、あそこで俺を待っててもおかしくないと思うんだよねー。……まあ、彼女が本当に俺をあそこで待ってるとしたら、それって、マジで俺の正体バレバレ? ってことにもなるけど」

「………………だから?」

「え? だから、リカちゃんとやり合う羽目になったら、又、鎌治ん時みたいに、巨大化人が出現するかも知れないだろう? それって危険じゃん? という訳で、一人で──

──駄目だ。一人で行く方が、余程危険だ。役に立っても立たなくても、俺を連れて行け」

俺は別に落ち込んでなんかいない、とばかりに虚勢を張ってみせてから、今宵は一人で遺跡に、と言い出した九龍を甲太郎は遮り、一緒に行くと言い張った。

「だけどさ、甲太郎……」

「どうしても俺や八千穂達を連れて行くのが嫌なら、せめて、あの二人に一緒に行ってくれと頼み込め」

「そりゃ、蓬莱寺さんと緋勇さんはべらぼうに強いけど、だからって……。あの二人は多分、無条件に『他人の戦い』に首突っ込む程、野暮でもないし、『優しく』もないよ?」

「なら、俺を連れて行け。……付き合ってやると言ってるんだ、黙って受けときゃいいだろうが」

故に九龍は困惑し、思い直させようとしたが、甲太郎は頑として譲らず。

「…………もー、甲太郎は…………。……………………うん、判った。甲太郎は、俺のバディだもんな! じゃ、九時頃になったら一緒に寮抜け出そう。そんで、全部終わったら二人のトコ行って、起きてたら、風呂借りようなー」

「判った。ならその前に、飯でも食いに行くか」

結局二人は、今宵も共に、遺跡へと潜ることにした。

やって来た、午後九時。

何時もの手筈で寮を抜け出した九龍と甲太郎は、勘の良い明日香に墓地入口で捕まった。

たっぷり十分以上、連れて行くの行かないの、で揉めた結果、

「皆守クンは良くて、何であたしは駄目なの!」

との叫びと、リカに、自分のしていることが如何なる物なのかを判って欲しい、との彼女の熱意に九龍が根負けし、あの日のように、彼等は三人揃って遺跡へと下りた。

……遺跡内部は、昨日とは少しだけ、様相が違っていた。

九龍が推測した通り、遺跡の大広間の、これまで開いていなかった扉の一つが解錠されており、中央の円形スペースを取り巻く溝には、新たに一つ、石蓋が被されていた。

「…………行こうか」

それ等を確かめ。

明日香と甲太郎を見比べると九龍は、未だ見ぬ場所へと続く、重たい石扉を開け放った。

少年少女達が、新たな扉の向こうへと踏み込み、三十分程度が経った頃。

地上から垂らされたロープを伝って、京一と龍麻と、そして、昼間彼等が連絡を付けた仲間、壬生紅葉が下りて来た。

彼等は、取手が守っていた方の区画へと続く扉を押し開き、中へと入り。

二時間程してから、地上へと戻って行った。