取手の区画がそうだったように、今宵初めて潜った場所も、隅から隅まで、日本神話の逸話を辿るように造られている様子だった。

但、一つ。

内部に踏み込んで直ぐの場所に、マダム・バタフライと名乗る、普段は紫色の蝶の姿を取っているらしい、ナニモノなのかも判らない『妖艶なマダム』がそこにいた、との違いはあって、マダム・バタフライは、「貴方が求めるように、私も求めている。私の求めるモノを差し出してくれるなら、貴方の求めるモノを、私は貴方に与えましょう」と、九龍に持ち掛けて来たので。

要するに、不思議アイテム物々交換窓口だと言うなら、その話、乗った! と彼は彼女と暫し話し込み、いい加減にしろと甲太郎に蹴っ飛ばされて、漸く奥へと進んだ。

天より降り立ち、伊邪那岐と共に数多の神を産んだ伊邪那美が、迦具土神を産み落とした際命を落とし、それを嘆いた伊邪那岐が、怒りに任せて迦具土神を斬り殺してのち、黄泉の国まで愛しい妻を迎えに行く、との件をなぞっているらしいその区画は、やはり、化人も罠も盛り沢山で、どうしたって騒々しく九龍は化人達と戦い、罠を解除して歩き、漸く辿り着いた仮称『緑部屋』で、甲太郎や明日香と共に、彼は一息付いた。

「そうそう。この部屋、緑部屋じゃなくって、『魂の井戸』って言うんだって」

「『魂の井戸』? ほう……。……だが、どうしてそれが判ったんだ?」

「この間、あの二人の所でもちょろっと言ったけど。『素敵お便利』の、神代文字バージョンのお陰。この遺跡、各部屋の入口の上に、プレートみたいなのが嵌まってるんだよ。だから、何だろうなー、って思ってて、『素敵お便利』で翻訳してみたら、プレートに書いてあることは、どうも部屋の名前らしいって判ったんだ。……で、仮称・緑部屋には、『魂の井戸』って書いてあった、と。そーゆー訳さね」

「名前なんか正直どうだっていいが、緑部屋よりも魂の井戸の方が、少なくともセンスはいいな」

「あー。それは、あたしも同感。確かに九龍クンの言う通り、緑な部屋だけどねー……」

「ああっ、酷い! 甲太郎だけじゃなくて、明日香ちゃんまで俺のセンスを疑うー!」

すっかり、探索時の休憩場所と化している緑部屋──もとい、魂の井戸で休む間も、わあわあきゃあきゃあ、九龍は明るく騒ぎ。

「さーて。じゃ、そろそろ行こっか。……えー、因みに、次の部屋は間違いなく、この間鎌治とバトルした部屋の親戚だと思いまーす。更に因みに、あの部屋は、『化人創成の間』なんていう、ふざけた名前のようでーす」

緊張感を持たせようとして、何故か緊張感の欠片も感じられぬ言い方で彼は告げると、ぼんやり、としている甲太郎と、ラケットを握り締めた明日香を伴い、『化人創成の間』へ向かった。

「ようこそ、葉佩君。やっぱり来たんですのね。それはつまりぃ、『死』を恐れてなどいないということですよね?」

──前回の時のように、そこへ辿り着く以前に入手出来た『鍵』を使い、悪趣味な扉を開けば、そこにはリカがおり。

「そうじゃないよ。俺だって、死にたくないよ。死ぬのは怖いもん。……誰だって、そうだと思うよ。死ぬのは、怖い」

九龍は、可愛らしく笑みながら佇む彼女へ、近付いて行った。

「では、どうしてこんな所までいらしたんですの? ……おかしな人。──さあ、貴方の望む罰を差し上げますわ」

死にたくなどない、そう言い切る彼が、何故ここへとやって来たのか理解出来ず、リカは苛立った風に、手の中に白い小箱を生む。

「ぽいっ、です!」

「本当は、部室棟の用具室に忍び込んで、金属バット『拾って』来たかったんだけどっ!」

佇み続けたその場より彼女が放り投げた箱を、九龍は今宵購入したばかりの鞭を短く折って持つと、バッティング宜しく弾き返した。

「…………有り得ない戦闘だな」

「あああ、成程! だったらあたしにも出来るよ、九龍クン! 任せて!」

これは、一応でも命の懸かった戦いとしてどうなんだ? と甲太郎は疲れたように眉間を押さえ、明日香は九龍の傍へ走り寄ると、一緒になって、リカの爆弾小箱を打ち返し始める。

「一寸やそっとのことじゃ、椎名サンは怪我したりしないんでしょ?」

「うん! この間の鎌治と一緒!」

脱力した甲太郎が、ぼーーーっと、鞭だのラケットだの振り回す二人を眺めている間にも、『一応、生き死にの懸かった戦い』は続き。

「女の子に銃なんか向けたくないんだけど、どうしても倒される訳にはいかないんで、御免ね、リカちゃんっ!」

どうも、リカの急所は足首辺りらしいと気付いた九龍は、ダッと彼女の脇へ回り込み、SMGを、狙い定めたそこへと撃ち込んだ。

──その先に起こったことは、取手の時そっくりだった。

九龍に倒されたリカより黒い砂のような物が立ち上がり、壁画が描かれていた壁へと吸い込まれ、砂を吸い込んだ壁からは天井へと光が放射されて、下りて来た目映い光が消えたそこには、何処となくコミカルなデザインの壷の中に、幽鬼の如くな男性が一人立つ、という姿の、巨大な化人が在った。

「………………………………あんな壷が出て来る、むかーー……しのアニメ、なかったっけ?」

「……お前、本当の歳は幾つだ?」

「ビデオで観たことあるだけなのに…………」

思わず、これと戦えってか? と動きを止め、連想してしまった、以前観たアニメのキャラクターのことを口にしたら、甲太郎に年齢詐称疑惑を掛けられてしまったので、ぶつくさ言いながら、空のマガジンを捨て、新しいマガジンと入れ替え、SMGを九龍は構え掛けた。

「えっ? あの壷喋んの? 口開くのっ? 何だそれっ!?」

…………彼のその動きは、ほんの少々緩慢だったのに。

壷は、『本当に壷』だと思った──即ち、喋ったり口を開いたりすることなど有り得ないと思った九龍の考えを嘲笑うように、コミカルなデザインのそれは、カッ! と口を開き、何やらを放った。

「……あー、眠い」

「えっ? うわわわわわっ」

と、ヤバい、訳判んない壷の、訳判んない攻撃にやられるー! と身構えた彼は、背後で甲太郎が呟いた途端何やらに躓き、体勢を崩した。

「悪いな。一寸うとうとして、お前の足引っ掛けちまった」

「何処まで甲太郎の肝っ玉は太いんだよっ! 結果オーライだけどっ!」

九龍の体を揺らしたのは、うっかり踏み出された甲太郎の爪先だったようで、のうのうと謝って来た彼に、信じられないっ、と叫んで、でも。

お陰で、あのアニメ壷の攻撃避けられたからいいや、と改めて気を引き締め直し、九龍は眼前の敵に挑んだ。