「……ちょ……京一、痛……っ」
ギリギリと締め上げて来る手に、龍麻は顔を顰めた。
「…………あ、悪りぃ……」
苦しそうに寄った眉間に気付いて、はっと京一は腕を離し。
「悪かった……。御免な、龍麻……。辛いのはお前の方なのにな……。……そんなこと、判ってんだけどよ……。どうしていいか俺も判らなくて……。……なあ、龍麻」
「…………何……?」
「お前は、俺にとっての絶対の存在だ、って。誰よりも、何よりも大事な奴なんだ、って。……それだけは、信じてくれるか……?」
改めて、彼を優しく抱き締め直すと、伏せられたままの黒い瞳を覗き込み。
「うん。昔っから、『それ』は信じてるよ。京一は……京一は何時だって、俺のこと…………」
「……龍麻…………」
知ってる、とそっと笑った彼に、京一はキスを落とした。
「京一……」
優しいだけの、羽根が撫でて行くようなそれは、嬉しくもあり、寂しくもあり、されど愛しく。
瞼を閉ざし、瞳の中から全てを追い出して、龍麻は京一の首に腕を絡ませる。
そのまま二人は縺れ合うように、廊下の、冷たいだけの床に転がって、幾度となく接吻
辿り着いた、警備員専用マンションのエレベーターを三階で降りて、段々通い慣れて来た部屋の前に、九龍と甲太郎は立った。
「起きてるかな?」
「今、一時過ぎだろ? 今日は遅出の日だと言ってたし、あの二人のことだから、どうせ起きてんだろ」
「お、言えてる」
この建物のベランダは、敷地を取り巻く壁側に向いているので、部屋の灯りが灯っているかどうかはそちらに回り込まなければ確かめることが出来ず、それをするのは面倒臭いし、この時間ならあの二人も、と九龍はドアをノックした。
インターフォンでは近隣に響き過ぎてしまうかも知れないと、家主達には聞こえるだろう程度の力でドアを叩き、碌に返事も待たず。
「こんばんはー!」
盛大に彼は、施錠の外されていた扉を開け放つ。
「今夜も、お邪魔しに来まし、た…………ぁああああああああ?」
さて、家主達はリビングか、それともダイニングか、と元気良く挨拶を告げながら一歩中へと踏み込んで、途端九龍は声を引っ繰り返した。
玄関から真っ直ぐ伸びる、各部屋へと続く廊下の直中に転がった、服の襟元を乱した京一と龍麻が、縺れるように抱き合ったまま動きを止め、瞬きも忘れた点になった目で、見遣って来ていた為に。
「え、ええっと……。あー……。…………………………お二人共、何を?」
恐らく、今の青年組の頭の中は、真っ白けっけなのだろう。
見事に固まっている彼等へ、同じく頭の中が真っ白けっけになった九龍は野暮な質問をし、甲太郎に無言のまま、すっぱーーーーん! と後頭部を引っ叩かれた。
「痛いよ、甲太──」
「──邪魔したな」
叩かれた頭を押さえ、みーみー泣き真似をする九龍を遮り、甲太郎はくるりと踵を返す。
「わっ! ちょ、一寸待った! 待ったーーーー!」
「頼むから、そのまま帰んな!」
九龍を引き摺り、玄関のドアを閉めようとした甲太郎に、やっと動くことを思い出した龍麻と京一は、慌てて起き上がり、引き止め。
「ま、まあ、上がって?」
「そ、そうだなっ。茶でも飲んでけ、お前等っ」
「俺達は、邪魔だと思うんだが?」
「そんなことないっ! そんなことないからー!」
「いいから上がれ、とっととっ!」
引き攣り笑いを浮かべ、慌てふためきながら少年達を三和土へと押し込み、バタム! とドアを閉めた。
乾いた笑いだけを頬に張り付け、風呂へと追い遣った少年二人が出て来るのを待って、やけくそのように、冷蔵庫から取り出した人数分の缶ビールを、京一と龍麻はダイニングテーブルに並べた。
「あれ? 学内に酒って売ってましたっけ?」
「外行って買って来たに決まってんだろ」
「……抜け出したのか?」
「脱走者と侵入者の監視してるのは俺達だから。抜け出すのなんて、簡単以前の問題」
ガンガン! と出されたビール達を眺め、九龍と甲太郎は口々に問い、京一と龍麻も口々に答えて。
「俺達、日本では、未だ酒呑んじゃいけない年齢だと思うんですがー」
「あ? 何言ってんだ。俺等、高校ん時からしょっちゅう呑んでたぞ? 呑んだことねえんなら、今の内から慣れとけ。酒が呑めて、損するこたぁない」
「ひょっとして、二人共下戸? 京一と違って、俺もそんなには酒呑めないけど……ま、いいんじゃない? たまには。それとも、ビールよりもお茶の方がいいのかな」
「………………そんなことはない。呑み慣れちゃいないが」
少々言い争ってから、青年組は言うに及ばず、少年組も、最終的には缶ビールを手に取った。
京一や龍麻が、内心では酷く腰の座りの悪い思いをしていたのと同じく、甲太郎も九龍も落ち着かなかったので、ここは、酒の力でも何でも借りて、頭をパァにし、『現実』を『柔らかい目』で見てみよう、と。
彼等は酒盛りを始めた。
………………………………それより、暫し。
「……あーーのーーーーー。処でーーー。お二人は、そのーー…………」
アルコールなど滅多に口にしない九龍は、缶ビール一本で若干気が大きくなったらしく、じーーっと、京一と龍麻を見詰めながら、再び野暮を口にし。
「…………あんた達、そういう関係なのか?」
やはり、缶ビール一本で少しばかり箍が外れたらしい甲太郎も、どストレートに問うた。
「……………………そうだぜ。俺もこいつも、正真正銘、男だけどな。俺等は、そういう関係。お前等が見た通り」
「そう、なんですか」
「うん。──訊かれるの判ってて、二人のこと引き止めたんだ。隠しててもしょうがないことだし、変に思われるよりは、と思ったから」
顔を見合わせ、困ったように苦笑し、でも、京一はあっさり自分達の関係を認め、申し訳なさそうになった九龍に、気にしないで、と龍麻は告げた。
「そのー、な。……軽蔑されっかも知んねえけど──」
「──そんなことは思いませんっ! ……本当ですよ? 別に、同性同士だっていいじゃないですか。世の中には他にも沢山、そういう人達いますし。二人が好き合って結ばれたんなら、問題なんて何処にも。……ねえ? 甲太郎もそう思うよね?」
「……世間の目は、どうしたって厳しいし冷たいんだろうが、あんた達がそれでいいなら、引け目を感じる必要なんてこれっぽっちもないと思う。男同士だろうが何だろうが、あんた達は恋人同士なんだろう?」
眼前の二人は恐縮しているのか、それとも言葉に詰まっているのか、と京一は苦笑を深め、が少年達は。
軽蔑なんかしないし、二人がそれでいいと思っているなら問題無いと思う。だって、男同士なのに、恋人になる道を選んだのだろう? ……と。
そう言った。