しょぼしょぼと目を開いたら、見知らぬ模様の天井が見えた。
欠片も心当たりの無い模様に、一瞬パニックになり掛けた九龍は、がばり、と跳ね起き辺りを見回して、隣に敷かれた布団に甲太郎が寝ているのを見付け、安堵しながらも益々首を捻り。
「あっ、そうか。泊めて貰ったんだ」
酒の力を借りて馬鹿になりたいとは思ったけど、咄嗟に事情が思い出せないくらい、デロデロにはなりたくなかったなあ……、とブツクサ言いながら、多分甲太郎が置いてくれたのだろう枕元の『H.A.N.T』を取り上げた。
表示された現在時刻は午前六時を少し過ぎた頃で、習慣って怖い、と苦笑しながら、寝入っている甲太郎を起こさぬように、誰に脱がされたのやら、シャツ一枚だけを着た姿のまま、そーー……っと和室を這い出て、気配を殺し、ジリジリ、リビングへ行った。
今日は夜勤に当たっている筈の京一と龍麻が寝てしまっているかどうかを、彼は確かめたかった。
二人が寝室へ引き上げた後なら、甲太郎が起きるのを待って、置き手紙か何かをさせて貰って退散しようと思ったし、未だ起きているなら、礼を告げようと思って、ひょい、と九龍は、首だけをリビングに突っ込んだ。
……覗き込んだそこでは、ぼーーーーー……っと、とても眠たそうな顔をした青年二人がテレビを見ていた。
意味があるのかないのか判らぬ、朝のお得情報とやらを流す番組を虚ろな目で見詰めていた二人は、画面の片隅で時を刻むデジタル表示を抑揚の欠片も無く読み上げ、六時を過ぎたけれど、九龍も甲太郎も起きて来ないから、自分達も寝てしまおう、と言い出した。
寮の方は何とでもなると言っていた甲太郎の弁を、信じさせて貰うことにして、と。
だから、二人は自分達の為に起きててくれたんだ、悪いことしたなー……、と恐縮してしまった九龍は彼等に声を掛け損ね、どうしようかと逡巡する彼の前で、テレビを消し、のそのそ立ち上がった彼等は、お疲れ、と告げ合って、ちょい、とバードキスを交わした。
「うわ、うわ、うわっ。又見ちゃったっ!」
『お兄さん達』のそんな姿を目撃してしまって、大慌てで和室に取って返し、そーっとそーっと襖を閉めてから、彼は一人でジタバタ悶え、抜け出した布団に飛び込み頭から被った。
────夕べ京一と龍麻に告げた通り、二人が同性同士でありながら愛を育む関係だったとしても、偏見などは持たないし、持つつもりも九龍にはない。
そういう愛に生きる人達もこの世には沢山いる、ということも彼とて知っている。
けれど、そんな人々に関する知識は、あくまで『本の上の話』で、彼にとっては何処までも遠い世界だった。
……否、これまで彼は、知識としては知っていても、同性同士で恋愛関係に至る、などという事態も、そうなるに至った人達も、想像したこともなかった。
彼の中でそれは、有り得ない以前に『無の世界』だった。
だが、京一と龍麻が抱き合っているのを見て、キスをしているのも見て、『男同士の恋愛も、ありなんだ』と、するっと思ってしまった。
夕べの様子からして、彼等も何やら色々諸々抱えてはいるようだけれど、それでも彼等が互いを想い合っているのは手に取るように判って、それは、二人の性別さえ気にしなければ自然なことに感じられた。
しかし、そんな風に感じることと、『愉快なお兄さん達』の艶っぽい姿を見せ付けられてしまったことを喚き立てたい気分は別次元だから。
「あの二人のキスシーンって、結構衝撃…………」
頭から被った布団の中で、ブツブツブツブツ、彼は呻き。
『好奇心満載』としか例え様のない想像だったり、碌でもない『素朴な疑問』だったりを頭の中に駆け巡らせたり、とした果て、自分と同じ性別の相手とそーゆー風になるというのは、一体どういうものなんだろう、と思わず考え始めてしまった。
「親友同士だって言ってたよなあ。高校の時からの相棒だ、って。それも多分本当のことなんだろうから……親友で相棒な関係に、恋人同士ってのも後から付け足されたのかー……。……親友で相棒…………。……甲太郎と俺は未だ、親友って処までは行けてないけど、将来はそうなる予定! だし、ハンターとバディだから一応相棒同士っぽいものでもあって、ってことは、俺と甲太郎の未来の姿に恋人ってのが乗っかったのがあの二人の今…………って、待て! 待て待て待て、俺!」
……そうして彼は、勢い余り、彼等の『今』を、己に準えて、豊かに想像してしまい。
「……例え話、例え話。例え話だからっ! 動揺するなー、俺ーーーっ!」
布団を蹴り飛ばして起き上がり、必死に自身へ言い聞かせながら、『想像』を振り払った。
「ふぁーあ……。うるっせーなー……」
余りにも九龍が騒いだ所為だろう、隣で爆睡していた甲太郎が、文句を垂れながら起き出した。
「御免……。おはよー、こーたろー…………。ははははは…………」
「何なんだよ、朝っぱらから」
ぬぼーっとした風情の割にはしっかりとした口調で言い、乾いた笑いを浮かべる九龍を一睨みしてから、彼は枕元に脱ぎ捨てた制服のポケットから似非パイプを探り当てる。
「それがー、そのー………………」
「だから、何だよ」
「……二人が、ちゅ、ってしてるトコ、見ちゃったー…………」
「………………馬鹿……」
他人の家だろうと遠慮せず、目一杯ラベンダーの香りを漂わせ始めた彼へ、九龍はぼそっと目撃談を語り、甲太郎は、はあ……と深い溜息を零して、盛大に頭を抱えた。
布団の上で二人向き合って、胡座を掻き、長い間脱力してから甲太郎と九龍は、眠ってしまった京一と龍麻を起こさぬように、部屋を後にした。
夕べの礼と、眠っている内に帰る詫びと、又遊びに来るから、とのメッセージを、キッチンで見付けたチラシの裏に簡単に綴って置き手紙とし、朝練を始めた生徒達を横目で見ながら、こそこそ寮へと戻り、怒濤の夜だった、と彼等はそれぞれ自室に籠って寝直した。
だから、彼等の九月最後の一日は、ひたすら、眠りとの戯れに費やされ。
彼等と、彼等の周囲に色んな意味での波乱を渦巻かせたまま、月は、十月に変わった。