──2004年 10月──

秋が深みを増して行く十月が始まって、数日。

九龍は、来る日も来る日も、『愉快なお兄さん達』と、『自分達』のことを考えていた。

──初めて会った日、彼は甲太郎を一目見て、『彼だ』と思い定めた。

彼こそが、心底の願いを叶えてくれる人になってくれるかも知れない、と。

……それは、明らかな歓喜だった。

だから、甲太郎が『欲しい』と彼は思った。

その想いは、あれから二週間程が過ぎた今でも変わらない。

甲太郎が何者であろうとも、変わらない。

『甲太郎の本当』、それに意識を傾ける度、深い溜息は零れ、胸の片隅は痛み、どうしようもない憂いは覚えるけれど、尚、彼は甲太郎を本当の意味で『欲しい』と願い続けている。

…………これまで過ぎた、二週間。

九龍は己がそんな想いを、ずっと欲しいと思っていた友人、それも親友として、甲太郎が『欲しい』と位置付けていた。

だが数日前、それも又、『星の巡り』の所為なのかも知れない『偶然』で、『愉快なお兄さん達』は、実は艶っぽい関係でした、と知ってしまい、男同士でも『それ』はありなのだ、とも知ってしまい。

『豊かな想像』を巡らせてしまった所為もあって、彼は、自分は本当は、どういう意味で『甲太郎が欲しい』と思っているのだろう、と悩み始めた。

例え甲太郎が何者であろうとも、親友として彼が欲しい、それは正直な想いの一つだが、ひょっとしたら自分は、喚き立てたくなるくらい『豊かな想像』を巡らせてしまう程──親友以上の何かを求めてしまう程、甲太郎に想いを傾け過ぎているかも知れない。

………………だって。何故なら。ずっと欲しいと思っていた、己が心底の願いを叶えてくれるかも知れない人、それは…………────、と。

十月が始まって直ぐさま、九龍が『己が心の立ち位置』を思い悩み始めたように。

甲太郎も又、彼と全く同一の悩みを抱えていた。

『全ての事情』を取っ払っても、仲良く喧嘩出来る間柄になれただけのことはある彼等は何処か似通っているのか、九龍がそうだったように、甲太郎も、最初は腹が立つだけだった、『悪い奴ではなかった大人達』が、同性でありながらも躰の関係を持っている、と知り、「ああ、そういう形も有り得るのか」と気付いてしまった。

そうして、秘かに煩い始めた。

………………彼は、己の性格が極端である、との自覚を持っている。

極端から極端に走り易い、心の針の振れ幅が大き過ぎる、時に苛烈な性格である、と。

そのくせ彼は、そんな自分の内面をも酷く冷静に眺めてしまう部分の持ち合わせもあって、更には、そんな風に、まるで自分の中にもう一人の自分が住まっているかの如くな己の質も自覚していて。

……九龍が憂うように、《生徒会》とは切っても切れない縁を持ちながら、《転校生》だった九龍の瞳に魅せられて、心秘かに求めていたモノ、そして求め続けていた者だ、と彼を位置付けてしまった己は何時の日か、心の針が振り切れる程、求め続けていた者だと位置付けた彼に想いを傾けてしまうかも知れない、と甲太郎は恐れていた。

実際、もう既に引き返せそうにない処まで九龍に入れ込んでいる自分を、彼は認め始めている。

そこへ来て、同性同士でありながらも情を交わし合う『見本』が目の前に降って湧いて、『見本』──『悪い奴ではなかった大人達』の形は、ともすれば苛烈になりがちな己を、酷く満足させてくれそうだとも彼には思えた。

それこそが、九龍に見切りを付けられず、願いを、望みを引き摺ること止められず、『運命』に逆らい彼を助けて、彼と共に時を過ごしている自分が、彼に求めていることかも知れない、とも。

そもそも、彼が心秘かに求め続けていたモノも、求め続けていた者も、友情の枠に収め切れるものではなかったから。

………………でも。

九龍は《転校生》で。甲太郎には《生徒会》とは切っても切れぬ縁があり。

だから、彼は悩まずにはいられず、極め付けに。

彼、皆守甲太郎は、『何事も諦め易い』という、今の彼の最大の欠点とも言える、悪癖の持ち主だった。

十月六日、水曜日。

その日も、休み時間の教室は賑やかだった。

あれから時折、嬉しさが滲み出ている文面のメールを送って寄越す取手やリカに返事を打っている九龍の周囲では、夕べ、テレビのゴールデンタイムで超常現象に関する特番を流していた為か、同級生達が、異星人に関する話題に花を咲かせていて、金髪美女の異星人を想像したらしい彼等が、誠に『若人』らしくトイレに駆け込む姿に、甲太郎は心底呆れ、異星人と言えば蛸みたいな形が相場だと言い張る彼に、「その思い込みもどうかと思う。時代は蛸じゃなくてグレイだ」と九龍がうっかり言ってしまって、最近では同級生達もすっかり見慣れたらしい、甲太郎と九龍の馬鹿喧嘩がヒートアップした頃、やって来た月魅に、物凄く熱の入った異星人に関する講義をされた挙げ句、彼女にはすっかり九龍の正体がバレている、と思い知らされたりして。

そんな風な、とてもとても賑やかな休み時間が終わろうとした頃、寝坊したと駆け込んで来た明日香が、UFOみたいな光を目撃した直後に気を失ってしまって、挙げ句、電池を入れ替えたばかりの目覚まし時計が止まっていたから遅刻したんだ、と勢い込んで遅刻の理由を語ったら、甲太郎は何故か、本当に青褪めて保健室に行ってしまった。

「…………どしたの? 皆守クン」

「明日香ちゃんが寝坊した理由と、首の後ろの虫刺されの痕から、異星人によるアブダクトでも連想したんじゃないかなー。甲太郎、異星人話嫌いみたいだし。……あー、嫌いなんじゃなくて、怖いのかも。甲太郎の異星人像って、どう考えても、H・G・ウェルズの『宇宙戦争』だもんなー。今時珍しい……。あの本読んだか映画観たかして、怖い思いでもしたのかなあ」

「『宇宙戦争』って、どんな話?」

「えっとね。蛸みたいな形した火星人が地球に攻めて来て、片っ端から人類殺して歩く話。結局火星人は、地球の微生物に免疫がなかった所為でデロンデロンに腐って、全滅しちゃうんだけどね」

「……………………それ、皆守クンでなくても怖いと思うよ」

そそくさと保健室へ逃げて行った甲太郎を、ヒラヒラ片手を振って送り出し、いい加減な会話を明日香と交わして九龍は、三時限目の授業を受ける為、机の中から教科書を引き摺り出した。

退屈な三時限目の授業と、四時限目の授業が終わり、やって来た昼休み。

するするっと教室より抜け出して、『大切な日課』である、『校内に「落ちている」品々を、有り難く拾わせて頂きましょう』活動に九龍が勤しんでいたら、甲太郎からメールが届いた。

やたらと遠回しに書いてあったが、要約すれば、腹が減ったからカレーパンが食べたい。買って来てくれ、と相成る内容の。

「っとにもーーーー、しょうがないなーーーーっ」

片手で器用に開いた『H.A.N.T』に目を走らせ、ぶうぶうと文句は垂れたものの、結局九龍は『日課』を中断し、売店でカレーパンを何個かゲットすると、保健室へ向かった。

「こーたろー? こーたろーさーーーん」

瑞麗と簡単に挨拶を交わしカーテンの仕切りを潜って、惰眠を貪っていたらしい彼を、九龍は叩き起こす。

「おっ、九龍! 早速だが、例のブツを渡して貰おうか」

「カレーパンは、密売品じゃないって……。っとにさー、カレーパンくらい自分で買いに行けばいいじゃん。──で、幾つ食べる?」

「適当」

「……はいはい」

「…………あ、はっちゃん?」

「おーー、鎌治ー! 鎌治も、カレーパン食べる? 多めに買って来たんだ」

もぞもぞ起き出した甲太郎は、彼がぶら下げていた売店の袋を見てニンマリとし、やはり保健室で休んでいた、九龍に対する親愛の想いが高まりでもしたのか、何時の間にか、彼を『はっちゃん』と呼ぶようになった取手も、その輪に混ざった。

「『はっちゃん』?」

「鎌治、最近俺のこと、そうやって呼んでくれるんだよ。葉佩の『はっちゃん』。なーー、鎌治ーー」

「そうなのか? 取手?」

「うん。何となく、可愛いかな、と思って……」

「成程……」

「リカちゃんは何でか、九サマ、とか呼んでくれるけど、あの呼ばれ方はくすぐったいやねー」

ベッドを汚すなと、嫌そうな視線を送って寄越す瑞麗からこそこそ隠れるようにしながら、三人はカレーパンを頬張りつつ談話し。

「そう言えば、九龍?」

何時しか、話が遺跡のことへと及んだ時、ふと、甲太郎は改めて九龍の顔を覗き込んだ。