「ん?」

「今まで、訊いたことなかったが……お前、何の為に宝探し屋なんてやってんだ?」

「何の為?」

「色々あるだろ。金の為とか、名誉の為とか、スリルの為とか」

遺跡の話がとば口になったのだろう、急に思い立ったように甲太郎は、宝探し屋をする理由、それを九龍に問い。

「……さー? 何でしょーー」

えへら、と笑って九龍は、彼の疑問を流した。

「何だよ、言えないことか?」

「そういう訳じゃないけどさ。金の為でも、名誉の為でも、スリルの為でもないし。上手く説明する自信無いんだよねー」

「…………変な奴だな。上手く説明も出来ないことの為に、命懸けてあんなことしてんのか?」

「ま、ね。でも、楽しいよ?」

「お前は、そりゃーあ楽しいだろうなあ」

「………………甲太郎。ひょっとして、呆れてる?」

「呆れてる」

「そんな、ドきっぱり言わなくてもぅ……」

「で、でも、僕ははっちゃんが宝探し屋で嬉しいよ。はっちゃんが、宝探し屋としてここに来なかったら、僕は今、こうしてないから」

はぐらかすような答えを返す九龍に甲太郎は呆れ、いじけた九龍を慰めるように、取手は言った。

「はっちゃんは、僕の大切な恩人」

「…………………………や、やだなあ。そんな風に言われたら、照れちゃって仕方無いって!」

九龍が宝探し屋で嬉しい、と。恩人だ、と。

そう言う取手に、言われた当人は、ほんの僅か動きを止めて、全身で照れを表現しているのか、奇妙に体をくねらせてから、バシバシとベッドを叩き出した。

「…………埃が立つだろ」

彼が取った、一瞬の間に。

………………又、だ。『こんな間』は、これで四度目だ、と考えながら、甲太郎は刺のある声を出した。

──何時だって、誰の言葉にも、大抵、打てば響くように『馬鹿』を返す九龍が、今のように不自然な間を持たせた瞬間を、全て甲太郎は覚えている。

一度目は、瑞麗に「悩み事があったら何時でもおいで」と言われた時。

二度目は、取手に「僕を救ってくれて有り難う」と言われた時。

三度目は、京一に「椎名は、救って貰ったってお前に感謝してたんだろ?」と言われた時。

四度目の今は、やはり取手に「僕の大切な恩人」と言われて。

……その全てを、過ぎる程鮮明に甲太郎は覚えているから、『瞬間』を忘れられない自分と、そんな瞬間を時折見せ付け、なのに『理由』を覆い隠す九龍と、九龍に不自然な間を持たせた取手に、甲太郎は苛立ちを感じた。

人知れず悩みを抱えているなら、『救う』という言葉に呵責を感じるなら、打ち明けてくれればいいのに、と彼は乞い。

そんなこと、『何も打ち明けられない』自分が望むなんてイカれてる、とも自嘲し。

九龍が見せる不自然な間にも気付かないで、彼に不用意なことを言う『他人』に、八つ当たりとも言える憤りを覚える己を更に嘲笑って。

それ程に、己は九龍を想っているのかと、愕然となり。

何よりも……何よりも、『全ての瞬間』を忘れられない己は、結局の処どうしたって、巡り逢ったあの日、九龍に、九龍の瞳に見た『夢』を、捨てることが出来ないのだ、と思い知らされ。

何も打ち明けられないのに、己が九龍の傍にいることは、九龍にとっても己にとっても他の誰にとっても一つも良いことなどないのに、『何も忘れられない』から、己は九龍に惹かれ続けて『夢』を見続けて、『だから』自分はやはり、『何一つも忘れられない』と、より思い知らされる、と。

……今は未だ、甲太郎だけにしか解らない、『原因』が『結果』を生み、その『結果』が更なる『原因』を生む、果てのない連鎖を、苛立ちと共に辿って甲太郎は、無意識の内に、強く顔を強張らせた。

「甲太郎? こーたろー? こーたろーさーーーん? 俺の話、聞いてる? 御免って言ってるっしょー? こ・う・た・ろ・うっ!!」

「あ? ……あ、悪い。聞いてなかった」

四度目の不自然な間、それを見付けた瞬間に、甲太郎が、抱えた苛立ちの理由を思い、果てのない連鎖を辿った時間は、彼が思っていたよりも長かったようで。

どうしちゃったの? という顔をした九龍に耳許で怒鳴られ、はっ、と彼は、体を揺らした。

「もしかしてさ、甲太郎、今日は本当に具合でも悪い? それとも、何か遭った? すんごく怖い顔してるよ?」

「そんなことない。唯、少し眠いだけだ」

「うーーむ……。甲太郎、寝不足? 昨日の夜も、あの二人のとこ行っちゃったし」

頬の強張りを無理矢理解いて、ぶっきらぼうに彼が言えば、九龍は腕を組み、少しばかり反省している風情を見せた。

「はっちゃん。あの二人って?」

「あ、そっか。鎌治は未だ会ったことなかったんだっけ。──この間、バイトで新しくここの警備員に入ったお兄さん達、俺の知り合いなんだよ。だから時々、お茶御馳走になりに行くんだー」

「警備員? 葉佩、君は警備員にまで友人がいるのか?」

と、彼が洩らした呟きの中に出て来た『あの二人』に、取手は、それは誰のこと? と目を瞬かせ、少年達の会話を拾ったらしい瑞麗も、興味を持った風に話に加わって来た。

「ええ。緋勇龍麻さんと、蓬莱寺京一さんって言うんですけど。『愉快なお兄さん達』ですよー」

「緋勇龍麻に、蓬莱寺京一…………?」

「ルイ先生、龍麻さんと京一さんのこと、知ってるんですか?」

「……いや。そういう訳ではない。随分と珍しい名字だな、と思っただけさ」

愛用の煙管を手に、紫煙を燻らす瑞麗は、京一と龍麻の名に僅か反応こそしたものの、それ以外は普段と微塵も変わらぬ様子で、が、もしかしてルイ先生は、あの二人のことを知っているのかも、と九龍は疑う。

「処で、君達。そろそろ昼休みが終わる。サボっているだけなら、いい加減ベッドを明け渡したまえ」

そんな九龍の、何処か疑うような眼差しに気付いたのか、『時間切れ』を理由に、少年達を一纏めに、瑞麗は保健室から追い出した。

瑞麗に追い払われ、取手は授業に出る為教室へ向かい、甲太郎は素早い逃げ足を発揮して何処へとトンズラしたので、九龍は、中断したままだった『落とし物拾い』を再開し、空き教室や講堂その他を漁ってから校舎外にまで足を伸ばし、礼拝堂や、遅い昼食を摂る者達でごった返す、未だ未だ忙しいマミーズや、誰もいないバーの勝手口に潜り込んで、『落ちていた』食用油だったりミネラルウォーターのペットボトルだったりを有り難く拾わせて頂いて、ぎゅむぎゅむ『魔法ポケット』に仕舞い込むと、わざわざ遠回りをして警備員室の方まで下ってから、校舎へ戻るルートを辿った。

そうすれば、狙った通り、昼食を摂る為マミーズへ向かおうとしていた、仕事上がりの京一と龍麻と、九龍は行き会うことが出来。

のんびり立ち話をし、甲太郎や、他の仲間のことや、学内での出来事を語って、ものの序でのように、瑞麗のことも持ち出した。

「すんごく綺麗な人なんですよー。チャイニーズビューティーって言うんですかねー。一寸、きつい系の顔立ちな人なんですけど。劉瑞麗ってカウンセラーの人でー。確か、中国の福建省の出身、とか言ってたような」

「…………へー、中国の福建省から。海を越えてここに赴任したくらいなんだから、優秀な人なんだろうね」

「美人かーー。お目に掛かってみてぇなあ」

──噂話の一つ、そんな風に九龍が語れば、龍麻と京一は一瞬のみ視線を交わし合って、美人は目の保養、と言い出したが。

直接面識があるか否かは兎も角、瑞麗は、京一と龍麻の名を知っていて、龍麻と京一も、何等かの形で瑞麗を知っている、と九龍は確信し。

「……何だか、まーた、謎が増えちゃった……」

二人と分かれ、一人校舎へ向かいながら、首を捻った。