その日、日没後。
九龍は甲太郎と共に、女子寮敷地内の植え込みの影に、身を潜めていた。
それぞれ、明日香から『相談がある』とのメールで放課後のテニスコートに呼び出され、最近、誰かに見られてる気がする、自分だけじゃなくて、女子寮の他の女の子達の中にもそう感じる子が何人かいて、覗きじゃないか、と言う子もいるのだけれど、自分にはどうもそう思えないから、証明する為に、女子寮を見張ってくれないか、と頼まれたからだ。
彼女は、覗きではなく異星人の仕業ではないか、と主張して来て、甲太郎は、「何処の宇宙に女子寮を覗く異星人がいんだよっ!!」と呆れを通り越して怒ったが、『皆守甲太郎異星人が怖い説』を噂として流してやるとの構えを明日香が取ったので、だったら警備員に頼め、と甲太郎は粘って、が、こんな話、警備員が信じてくれるとは思えないし、証拠も何も無いから、と明日香に押し切られてしまって、結局彼等は、夜の女子寮の見回りをする羽目になったのだが。
「…………でさー。亜柚子先生と話し込んだまでは良かったんだけど、その場の勢いで、先生のスリーサイズなんか訊いちゃってさー…………」
植え込みの影で九龍は、体育座りで落ち込んでいた。
「お前、本当に馬鹿だろう。何で、雛川のスリーサイズなんか訊くんだよ」
「調子に乗って喋ってたら、先生が、何でも訊いて! なんて言ったから、洒落で、じゃあ、スリーサイズは教えて貰えますかー? ……って……。ハハハハハハハ……ハハ…………。本当に、洒落だったんだけど…………」
「………………で?」
「あ、そんでねー。流石に、勢い飛び出た冗談だったにしても、悪いこと訊いちゃったなー、なんて黄昏れてた処に大和が来たから、立ち直ろうとした訳さね。過ぎた失敗を悔やんでみても始まらない! って。ほんで、『夕薙大和君とももっと親しくなってみよう大作戦』を展開してたら、何でだったか、超常現象の話になっちゃってさ。……大和、激しい超常現象否定派らしくて、俺も、そういうこと何でも彼んでも信じてる訳じゃないー、って盛り上がってたら、墓地の話になって、あそこで深夜、《生徒会》の役員が集まって何かしてるの見た、なんて大和の目撃談も飛び出て、更にあーだこーだ喋ってたら、別れ際、もしかして、大和も俺の正体に気付いてるんですか? って訊きたくて堪らなくなる、意味深な科白言われちゃってさー……」
「意味深、なあ……。……何て言われたんだ?」
「真実は、直ぐそこにあるかも知れないー、とか、生きてこの学園を出たければ誰も信じるなー、とか」
「……バレてるな」
「………………やっぱり? ……こーたろー。どうしてそんなに簡単に、俺の正体、色んな人にバレちゃうんだろう……」
「自分の胸に手を当てて、よーーーー……く考えてみるこった」
放課後、行き会った亜柚子に、ついうっかりスリーサイズなどを尋ねてしまい。
やはり行き会った夕薙には、己が正体を知っているような口振りをされ。
だから九龍は、ちんまりと膝を抱えて座り込み、ぐしぐし落ち込み、いじけていたが、自業自得、と甲太郎は、慰めてもくれなくて。
「流石に、夜になると冷えるな……。うう……寒い……」
「俺は、甲太郎の友情の薄さに心が寒い……」
ふるっと身を竦めた甲太郎の背中に、九龍は、ぴっとり、と嫌がらせで張り付いてやった。
「くっ付くなっ! 寒いなら、毛布でも持って来いっ!」
「いいじゃーん。お互い、寒い者同士なんだしー」
「……やっぱり、引き受けるんじゃなかった…………。俺としたことが……。──大体。こんな危険なことを、同級生の俺達に頼むか? 異星人に誘──あー、変質者相手に怪我でもしたらどうするんだよ」
糊付きの襖紙より尚質悪く張り付く九龍を、何とか振り払おうと甲太郎は足掻いて、無駄な体力を使った、と項垂れながら、今度はブチブチ、自分達の不遇を嘆き始め。
「異星人が相手になるか、変質者が相手になるかは判んないけど、危険っちゃ危険……。────あ、そーだ。『本職』に頼めばいいんじゃん。もっと早く気付けば良かった」
ボトっ、と振り払われた九龍は、芝生の上に転がったまま、ぽん、と手を叩き、『H.A.N.T』を取り出して、メールを打ち始めた。
「誰宛だ?」
「だから、『本職』」
「本──あああ、あの二人か。…………うん。そうだ。そうだな、それが最も正しい選択だ」
先日聞き出した、京一のメルアドか龍麻のメルアド、その何方かに呼び出しメールを送る九龍に、これで寒さから解放されると、甲太郎はそそくさと立ち上がる。
が、直後、立て続けに何度も、九龍にも甲太郎にも送られて来た、明日香と月魅のメールに急き立てられ、京一達からの返信には、そっちに行くまで少し時間が掛かる、と書かれていたので、仕方無し、『本職』が到着するまで格好だけでも付けていようと、二人は、女子寮周辺の見回りを始めた。
くるりと寮の壁に沿って進んだ彼等は、風呂場を覗いている処を見付けた、校務員でエロジジイな境を一応追い払ってから、そろそろ『本職』が登場するんじゃないだろうかと、女子寮正面へ戻ろうとして、物陰から飛び出て来た男にぶつかった。
学園関係者とはとても思えぬ、革ジャンを着た柄の悪い男は、鴉室洋介、と名乗り、自分は探偵だ、と生業を語り、訊きたいことがあるのだと、少しばかり軽薄な態度でにじり寄って来た。
「その前に。──天香学園は完全な全寮制で、関係者以外は敷地内に入れないようになっている。何故、探偵がこんな所にいるのか、説明して貰おうか?」
「ふむ。確かに、そこの無気力高校生君の言うことも尤もだ」
しかし、腑に落ちない、と甲太郎が詰め寄れば、鴉室は腕を組み、うんうん、と激しく頷いて。
「誰が無気力高校生だ…………」
「実は、俺は探偵と言っても、普通の探偵じゃなくてね。……仕方無い。君達に姿を見られた以上、話しておく必要があるかも知れないな。一回しか言わないから、よく聞いておくんだ。──遠い昔、遥か彼方の銀河系での話だ。我が銀河連邦警察は、宇宙の秩序を脅かす凶悪な異星人を追って──」
甲太郎の睨みも物ともせず、そんなことを語り出した。
「………………九龍」
「まあまあ。面白いから、もう一寸聞いてみようよ」
「──この地球を調査対象としていた。古代に飛来した異星人達は既に、この星の原住民にも目撃されていてね。君達に、悪魔や化け物として恐れられていた存在は、正に異星人に他ならない。その悪の異星人と戦う為に俺のような宇宙刑事が、世界各地に派遣されている、っていう訳だ」
特撮番組の冒頭で、『先週までのお話は!』と流れそうなストーリーを彼が語り出した途端、ヒクッと甲太郎の口角は引き攣り、でも、面白いからもう一寸、と九龍は彼を止めて、立て板に水の如く、身振りまで付けて、『先週までのお話!』を鴉室が語り終えた時、無言のまま、目にも止まらぬ速さで脚振り上げた甲太郎は、自称・宇宙刑事の延髄を、思い切り蹴飛ばした。
「ぐはっっ!!」
「黙って聞いてりゃ突拍子もない話並べやがってっ。さっさと、この学園にいる理由を話して貰おうかっ!」
「わーーー、おっそろしく見事な延髄斬り。体柔らかーーーい。脚長ーーーい。…………甲太郎、シャイニング延髄斬りも出来る? キャッチ式延髄斬りとか」
盛大に吹っ飛んだ鴉室の襟首引っ掴んで引き摺り立たせる、怒り心頭な甲太郎の横で、九龍は暢気に、心底からの感嘆の拍手を送り、延髄斬りのバリエーションを羅列し始める。
「何だ、そりゃ?」
「プロレス技!」
「…………お前、マジで歳を誤摩化してんだろ」
「そんなことないーーー」
「ま、まあ、どうでもいいか……。──今は、お前の相手をしてる場合じゃない」
傍らの彼の余りの能天気さに、カクリと膝を折りそうになりながら、甲太郎は何とか気を取り直して、再度、鴉室を締め上げた。