きゅーきゅーと襟首を甲太郎に絞め上げられた鴉室は、この学園で行方不明になった生徒の親に依頼され、不法侵入覚悟で学園に潜入した、と白状した。

それとて、一〇〇%嘘だ、と断言出来る根拠を、九龍も甲太郎もそれぞれ持っていたが、その根拠を、二人はそれぞれの理由で明かしたくなかったし、「一応、この学園には俺の協力者もいる」との彼の発言が引っ掛かったので、銀河の平和を守る宇宙刑事よりは、未だ納得出来る話、ということにして、そそくさと去っていく鴉室を見逃した。

「ったく……。何なんだ、あいつは。……ん? これは……?」

逃げ足の速いらしい鴉室の背中を苦々しそうに睨み付けた甲太郎は、彼が転がった辺りに小さな鍵が落ちているのを見付け、墓守小屋の鍵らしい、と九龍に放り投げる。

「あの探偵、こんな物まで入手してやがるのか。──貰っとけ。お前には役立つ物かも知れないだろ?」

「うん。ラッキーー」

どうして一目見ただけで、これが墓守小屋の鍵だって判るのか、突っ込みたいです、こーたろーさん、と心の中で愚痴を吐きつつも、九龍はそれを、有り難く頂戴した。

「さて、行こうぜ」

「そうだね。京一さんと龍麻さん、もう待ってるかもだしね」

「あー、それにしても寒……っと、そう言や、ここに来る前、缶コーヒー買ってポケットに入れといたの、忘れてたぜ」

ポンポン、と鍵を制服の内ポケットに彼が仕舞い込むのを待って、こんな馬鹿馬鹿しいことは、とっとと『本職』に押し付けるに限る、と甲太郎は足早に女子寮正面を目指しつつ、今度は未だ暖かい缶コーヒーを九龍に投げて寄越した。

「わ、有り難うー! うーー、温いーーー」

両手でキャッチした缶に、九龍は嬉しそうに頬擦りする。

「そんなに喜ばれると、買って来た甲斐を感じるが……お前、案外安上がりな奴だな。だが、コーヒーとアロマのハーモニーは格別だから────。……ん?」

えへへー、と彼が温い缶コーヒーに懐けば、甲太郎は呆れながらも笑って、講釈を垂れ始め、が、途中、妙な物音を聞き付け、歩みを止めた。

「………………何か、音したね」

低い振動音に、九龍も首を巡らせる。

────っ!? 何だ、この音はっ!? それに、変な光が……っ」

「往年の、傑作SF映画を思い出してみたくなるシチュエーションですなー」

辺りに響き出した振動音、唐突に溢れた目映い光、何処からともなく立ち籠める白い煙、それに、酷く焦り始めた甲太郎の横で、九龍はのほほんと、ツァラトゥストラはかく語りき、をハミングし始め。

「おっ、おいっ! 九龍っ!」

目映い光の向こう側に浮かんだ奇妙なシルエットに、焦りがピークに達したらしい甲太郎は、がくがくと九龍を揺さぶった。

「何?」

「何、じゃないっ! あれは、まさか………………」

「………………え? ……こーたろーさん……?」

「ワレワレハ、コノ惑星カラ、六十九万光年ハナレタ星カラヤッテキタ」

「九龍……っ。やっぱり、この宇宙に異星人はいたんだ!」

「……………………………………甲太郎。錯乱してる?」

奇妙なシルエットは、妙に震える声で語り始め、甲太郎は更に取り乱し、そんな彼に、はい? と九龍は目を点にする。

「ワレワレヲ、探シテハナラナイ……」

「九龍……。今、俺達は人類の歴史的瞬間に立ち会ってるんだっ!」

その間にも、『異星人』の語りは続き、甲太郎の叫びは益々おかしくなり。

「…………いや、だから。甲太郎、よーーーーー……く考えよーねー? あれ、どう聞いても、ヘリウムガス吸い込んだ人間が喋ってる声だよ? 落ち着けー、落ち着くんだ、こーたろーー! そんなに錯乱する程、異星人が怖いのかーーーっ!?」

駄目だ、これは、と九龍が彼を揺さぶり返した途端、バシンっ! と何かが落ちる音がして、目映い光も、女子寮の電気も、全て消えた。

「きゃーーーっ! 何、停電っっ?」

「一寸、誰かブレーカー見て来てっ!」

「ブレーカー落ちる程、電気使ってないよね?」

「あれ? 何、この太いコード? 外に伸びてるんだけど」

突然の停電に、女子寮の中から悲鳴が洩れ聞こえた。

「……え?」

「え? じゃない。落ち着いた? 錯乱から立ち直った? 異星人なんかいないんだぞー? ってか、少なくとも目の前に異星人はいないぞー? 六十九万光年離れた惑星から地球まで飛来出来る科学力持ってる異星人が、天香学園の女子寮をピンポイントで調査する確率、計算してやろーかー? 天文学的数字だぞー?」

停電と、女子達の悲鳴と、それまで目映い光に満たされていた己達の眼前に、薔薇を銜えた、とても大きな頭の男子生徒が立っているのに、甲太郎はやっと我を取り戻し、九龍は彼に追い討ちを掛けて。

「ワレワレヲ……」

九龍と、尚も異星人の振りをする男子生徒をしみじみ見比べ、徐に甲太郎は、手にしたままだった缶コーヒーを、盛大に振り被って投げ付けた。

「おぐぉっ!! あぐおおお……、か……顔に缶が…………」

「あ……悪い悪い。大きな的目掛けて、つい投げちまった」

「一寸、あんたっ! 痛いじゃないのよっ! そんな中味の入った缶投げて当たり所が悪くて死んじゃったらどうすんのっ!? 大体、大きな的って何よ! 人が気にしてることをぉぉぉぉっ!」

「喧しいっ!! この野郎、脅かしやがってっ。紛らわしい登場すんじゃねえっ!!」

見事に、顔面ど真ん中にストレートで入った缶に、男子生徒は体を海老反りにして激しく悶え、甲太郎は怒鳴りまくり。

「あれはー、騙される方も騙される方のよーなー……」

「うるさい、九龍っ!」

「おーほほほほほほっ! 気に入ってくれたかしら?」

九龍は冷静に突っ込んで、甲太郎は更に怒鳴り、男子生徒は早くも立ち直った。

「アタシの華麗な演出に感じちゃったでしょ?」

「えーーーーーと。正直、点数付けるなら、百点満点中二十点くらいかと」

「あら、未だ感じ足りなかった? いいわ、次は、もっと感じさせてあげる」

九龍をして、ポジティブ、と呟かせた程、男子生徒は前向きで──否、他人の話を聞かない質のようで、彼の駄目出しに、「何処がいけなかったのかしら……」と一人反省会を始めた。

「感じるの感じないの、馬鹿言ってんな。お前が、異星人騒ぎの犯人だな? 大人しく、そのマスクを取って貰おうか」

「なっ……。……あんたっ! さっきから人の気にしてることばっかり言うわねっ! これは地顔よ、地顔っ! キィィィィっ! ──覚えときなさいっ。アタシは朱堂茂美。『美しく茂る』と書いて、シ・ゲ・ミ。貴方達は、皆守甲太郎と、《転校生》の葉佩九龍、ね? 隠しても駄目よ、この学園のイイオトコは、この『すどりんメモ』に網羅してあるの。『すどりんメモ』にはねえ、それ以外にも色々書いてあって、『綺麗に見える眉の描き方』とか『小顔に見せる方法』でしょ、それから、『リバウンドしないミクロダイエット』に、『着痩せする服選び』に…………『天香学園に於ける女生徒の生態と傾向』」

改善箇所は、ライトの当て方かしら、それともスモークの焚き方かしら、とブツブツ呟く背中に、甲太郎はナチュラルに手酷い発言をぶつけ、ヒステリーを起こしながらも、彼──朱堂は、一人勝手に語り出し。

「……お前が、八千穂や他の生徒を監視していたんだな……?」

「そうよ……。何故なら、アタシはビューティ・ハンターだから!」

甲太郎の問い詰めにもめげず、鼻息荒く、胸を張った。