「改めて、初めまして。劉瑞麗。劉──弦月から、お噂は予々」
「喜怒哀楽の激しいあいつと、見るからに冷静沈着タイプなあんたが姉弟なんて、一寸信じられねえけどな」
相手が『身内の身内』と判れば、構える必要は余りないけれど、とそれなりに『構え』を解きながらも、それなりに緊張は手放さず、龍麻と京一は瑞麗に近寄った。
「あの子とは、もう何年も話していないが、五年前、この街で起こった陰陽の戦いのことは聞いている。弟が、君達と共に戦ったことも、君達のことも」
瑞麗も、親し気な声で二人に話し掛けつつも、何処か身を強張らせ。
「緋勇龍麻。陽の黄龍の器。蓬莱寺京一。黄龍の器の護人たる剣聖。……何故そんな君達が、この学園にいる?」
遠回しな言葉を一つも使わず、近付く二人を見詰めた。
「…………大層な理由はねえよ。唯、あの葉佩って奴が、ちょいと気になったから。それだけだ。別に、あんたに探られなきゃならないような痛い腹はねえし、あんたの弟も、俺等がここにいることは知ってる」
「封龍の一族の一人である貴方が、只のカウンセラーとしてこの学園に赴任してる、なんて、俺達には到底信じられないように、宿星持ちの俺達が、大した理由もなくこの学園で働いてる、と言われても、貴方には到底信じられないと思いますけど。本当に、大それた目的はないんです。少なくとも、貴方がこの学園にいる理由と、俺達がこの学園にいる理由が、ぶつかることはないと思います。貴方が、何の為にこうしてるのか、俺達は知りませんけどね」
手練手管を使わずこちらの腹を探って来る気なら、自分達も真っ向から受けるだけだと、彼女の問いに、二人は口々に答えた。
「……成程。大層な理由でここに潜り込んだのではないが、それなりには理由がある、と。そういうことだな? そしてその『それなりな理由』を、少なくとも今、私に語る気は君達にはないらしい。…………まあ、いいさ。それならそれで、私は構わない。君達が、良からぬことを企むとも思えないからね。そちらの言う通り、お互いの『理由』が衝突しない限り、不可侵、と行こうじゃないか」
「はい。そうして貰えると、助かります」
「物分かりは良さそうだな、あんた」
「…………そうでもないさ。今は、緋勇、お前が弦月の義兄だから、それだけを理由に引いただけのこと。あの子の義兄ということは、私の義弟ということだからね。………………弦月は、変わりなくやっているかい? 新宿中央公園で、ひよこ占い、とかいう生業を始めたらしいが」
彼等の弁の全てに納得した訳ではなかったが、今はそれでいいと瑞麗は言って、少しばかり遠い目をし、実弟の様子を二人に尋ねた。
「ええ、元気ですよ。可愛い恋人もいますしね。……弦月と、連絡は取らないんですか?」
「私達の里が滅んだ時、私は里を離れていた。一族の仇を討つのだと、この新宿へ一人向かった弦月を送り出してやることも出来なかったし、それ処か、あの子が君達と共に、異形のモノとの戦いに身を投じたことも、私は知らなかった。………………あの子に、何と言ってやればいいのか、未だに判らなくてね……」
「……あの戦いが終わって、俺等がガッコ卒業してから暫くの間、あいつと一緒に、あの里で修行したりしたけどよ。あいつ、酒が入ると良く、『わいの姉さん等はー』……なーんて話、してくれたぜ。……何も気にするこたねえよ。互い、たった一人の血縁なんだろ?」
彼女の唯一の肉親である劉弦月の今を龍麻が語れば、何かを後悔している風に、彼女が僅か声を潜めたので、京一は酔うと出る劉の癖を聞かせてやって、「なあ?」と龍麻と共に、彼女に笑い掛けた。
「……………………そうだな。あの子は私に残された、たった一人の血縁だ。機会が出来たら、会いに行こう」
肉親との再会に、構えることなど何も無い、と笑う二人に、薄く笑んで。
「葉佩と皆守は、放っておいても平気だろう。……どうだ? 少し、私に付き合わないか?」
「いいですよ。ね、京一?」
「勿論。折角の、美人の誘いだ」
瑞麗は、龍麻と京一を引き連れ、バー・九龍へと向かった。
さて、ビューティー・ハンターは何処
「やっぱり、ビューティー・ハンターも《執行委員》かあ……」
「そういうことなんだろうな。……何で《執行委員》が、女子寮の監視なんか……」
「ここの処、立て続けに色々あったからかも。色々あったって言うか、俺が色々やっちゃった、って言った方がいいのかも知れないけどさ。──明日香ちゃんは俺と一緒に遺跡潜ってるし、リカちゃんは執行委員辞めてバディに立候補したし、月魅ちゃんも、俺の正体知ってるっぽいし」
「…………ま、捕まえてみりゃ判るさ」
これまでの経緯から言って、新しい扉を開いたのが朱堂なら、彼は間違いなく《生徒会執行委員》だと、危惧した通り、本当に、単なる女子寮覗きの犯人探しではなくなってしまった今宵の遺跡探索に、二人は気を引き締め直し、未知の扉の向こうへ踏み込んだ。
「甲太郎。この間さ、京一さん達の所で酔っ払った時にさ、俺が喚いてたこと覚えてる?」
「遺跡の各区画を守ってる執行委員と、区画の中で語られてる神話の逸話には、関連性がある、ってあれか?」
「うん、それそれ。……俺さあ、どうしても、その考え捨てられなかったんだよね。神話の逸話のどれかに似た、悩みみたいなのを抱えてる生徒が、その区画の番人に選ばれるんじゃないか、って。………………でもさー。あのビューティー・ハンターに、鎌治やリカちゃんみたいな悩みとか痛みって、あると思う?」
「思えない」
「……だよねえええ…………。……何かもー、本当に訳判んない。何でもアリなのか? この遺跡。つーか、この学園の《生徒会》」
「……俺が知るか」
「ご尤も…………」
一際目映く発光する水晶のような鉱物を、冠に見立てて被せてある石像がずらりと並ぶ、明る過ぎるその区画を進めば、真っ赤なルージュのキスマークがべったり押された朱堂の直筆メモが、そこにあったのだろう睡院のメモと引き換えに残されているのを九龍は見付けて、げんなり肩を落とした彼は、段々、知恵を絞るのが嫌になって来た、と甲太郎に泣き言を垂れ、『岩屋道』とのプレートが掛かっていた石の扉を引き開けた。
「色々諸々、秘かに悩んで胸を痛めた、俺の貴重な時間と痛みを返せー、こんにゃろー!」
協会から探索を要請された、天香遺跡の余りの『訳判らなさ』に八つ当たりし、ふん! と九龍が、扉の向こうに開けた細長い通路に一歩足を踏み込んだら。
「……おい、九龍。この音…………」
「ぎゃーーー、罠ーーーー! 甲太郎、走ってっ!」
途端、ゴゴゴゴ……と不吉な音が天井より沸き起こり、あ? と揃って上を見上げた少年二人は、びっしりと太い金属の刺が嵌まった釣り天井が、ゆっくり下り始めて来ているのに気付いた。
「どうすんだっ!? 後ろの扉、勝手に閉まっちまったぞっ!?」
「あるから! 多分、解除のスイッチが何処かにあるからっ! あるって信じて、こーたろーっ!」
独りでに閉まり、かちりと鍵が下りた扉に退路を断たれ、通路の向こう側にあった、もう一つの扉目指して二人は全速力で走り。
「ほら、あった! この遺跡のお約束、『蛇レバー』!」
今まで探索して来た区画で時折見掛けた、蛇の鎌首を模した把手を見付けた九龍は、ぶら下がらんばかりの勢いでそれに飛び付き、引いた。
「………………あ、れ…………?」
「……余り訊きたくないが、一応訊くぞ。どうした?」
「…………甲太郎。この蛇レバー、壊れてる……。──どーしてーっ? 何でっ? 引き切れないっ!」
しかし、把手は壊れてしまっているようで、何度試してみても、最後まできっちり引き切ることが出来ず。
その間にも、釣り天井はゴウンゴウンと音を立てながら、ゆっくり彼等へと迫り。
「こん……のっ……! 下りろっ! 下りろってばっ!」
「馬鹿野郎っ! 串刺しにされたいのかっ!」
天井の刺へちらちら視線を送りつつも把手の前に立ち続け、ああでもない、こうでもない、と足掻く九龍へ、甲太郎は怒鳴った。