「………………っ! 甲太郎、伏せてっ!!」
足掻いても足掻いても、把手は九龍の思い通りに動いてはくれず、釣り天井は下りて来る一方で、とうとう立っていられなくなり、彼は、覆い被さるように甲太郎を押し倒し、床に伏せた。
「────ッ! お前っ!」
余りの勢いに、倒されるまま床へと転げながらも、何とか甲太郎は九龍の体を受け止めて、マミーズでのあの時のように、躊躇いもなく己を庇った彼へと憤りを吐き、更に伸ばされた腕を払い、逆に、彼の上半身を抱き込んで、体を入れ替えた。
「だから、何でこーたろーが俺を庇うかーーーーーっ!! ハンターがバディに庇われてどーすんの、逆だろ、逆ーーーーっ!」
「うるさい、黙ってろっ!」
九龍が甲太郎を庇うそれがマミーズでの再現なら、甲太郎が九龍を庇い返すのもマミーズでの再現で、馬鹿ー! と九龍はジタバタ、甲太郎の腕の中で暴れたが、暴れられようが喚かれようが、彼を抱き込んだ腕を離すつもりなど甲太郎にはなく。
「わーーーーっ! 駄目! 駄目だって、甲太郎ーーーっ!!」
その先端がどれ程尖っているかを、否応なくはっきり肉眼で確かめられる所まで迫った釣り天井の刺に悲鳴を上げ、甲太郎の制服を両手で掴むと、九龍はぎゅっと目を瞑った。
────息を詰め、身を固くし、どうしよう、このままじゃ甲太郎が! と必死に頭を回転させた九龍の耳から、その時、ぴたり、と振動音が消えた。
「……ん…………?」
「止まった……か?」
もう数十センチ天井が下がったら、二人纏めて串刺し、と相成る距離で、罠は動くことを止め、暫く制止してから、そろっ……と薄目を開けた九龍と、首巡らせた甲太郎の目の前で、するすると、釣り天井は元の位置へと戻って行った。
「……………………助かった……」
「ったく……。心臓に悪い…………」
きつい皺が残る程、甲太郎の制服を掴んだまま九龍は、ほう……、と心底からの息を付き、甲太郎も、九龍を庇っていた手に、安堵が齎す力を籠めた。
「この、ヘボハン──」
「──良かった……。助かって、良かった………………」
「おい……?」
抱き合うような形で床に転がったまま、彼等は幾度か溜息を零し合い、あ……、と九龍を抱き抱えていた腕を解いた甲太郎は、何処となく『嫌な』空気が漂い始めた自分達の今の雰囲気を、小言で流してしまおうとしたが。
盛大に怒るか、盛大に喚くかするだろうと踏んでいた九龍が、仰向けに転がったまま、両手で面を覆い、声を震わせ始めたのを知って、甲太郎は慌てて、彼を覗き込んだ。
「どうしようかと思った……。こーたろーに何か遭ったら……こーたろーが死んじゃうようなことがあったら…………。…………良かった……。何とかなってくれて、本当に……」
顔を近付け窺ってみても、両手で隠された九龍の表情は知れず、なのに、震えて行く一方の声音は、静寂を取り戻した遺跡の通路に、痛い程響き始め。
転がったままの彼の傍らで、壁に凭れて座り直した甲太郎は、何も言わず、ポケットから取り出したアロマを銜えた。
俺みたいな奴を、お前が庇う必要も、気にする必要もないのだと、喉元まで出掛かったけれど、泣いている、としか思えぬ九龍の声を前に、悪態を吐くことは、彼には出来なかった。
「……しっかりしろよ。お前がよく言う、『結果オーライ』って奴になったろ?」
「そうだけどさ……。そうだけど…………っ。……御免…………、御免な、甲太郎……。ハンターの俺が、バディのお前、あんな目に遭わせて……」
「…………お前も、俺も、無事に生きてる。それで良しにしとけ」
「………………判ってるよ。判ってるけどっ! 本当に、何で甲太郎が俺を庇うかーーーーっ!」
「うるさい。喚くな。先に俺を庇ったのは、お前だろうが」
「だけど、だけど、だけどーっ! こーたろーの馬鹿ーーーっ!!」
悪態を吐く代わりに、慰めめいたことを彼が言えば、益々九龍の声は歪み、が、やがて、がばりと起き上がった九龍は、ぎゃあぎゃあ泣き喚きながら、バシバシと、壁に凭れる甲太郎の胸許を叩き出して。
「……お前、何時もの泣き真似じゃなくて、本当に泣いてたんだな」
「わーーーーっ! 見るな! 見るなってばーーーーっ!」
「言う通りにしてやるから、大人しくしろ、少し。鬱陶しいったらありゃしない」
指摘してやった本気の泣き顔を、再び両手で覆い隠した彼を、両手毎、甲太郎は自らの肩口に押し付けてやった。
「こーたろー……?」
「泣き顔、見られたくないんだろ? だったら、暫くそうしてるんだな」
「…………うん……。御免…………。…………ほんっと、御免。俺が、ヘボハンターなばっかりに……」
「自分で判ってりゃ、上等だ」
「うっ……。で、でも! 頑張って、直ぐにハントの腕前上げてみせるから! もう二度と、こんな目に遭わせたりしないからっ! ……………………甲太郎がさ、ツラ知ってる奴が死ぬのは嫌だ、って言ってたみたいに、俺だって嫌なんだよ、友達や知り合いが死ぬなんて…………。だけど、甲太郎や皆の、一緒にここに潜ってくれるって言葉、そのまま受け止めちゃっててさ……」
「だから。グダグダ言うな。唯でさえ鬱陶しいのが、もっと鬱陶しくなるだろうが。俺も、他の連中も、この場所がどんな所なのか判った上で、お前の『夜遊び』に付き合ってるんだ。お前がどうこう言ってみたって始まらない」
「そりゃ、そうかも知れないけどさー……」
「ブチブチ言ってる暇があるんだったら、今さっきの宣言通り、ハントの腕前を上達させてみせるんだな。今更、ここに潜る時は一人で行く、なんて言い出してみたって、誰も納得しないだろうぜ。八千穂なんかは、うるさく喚き立てるだろうしな。──ほら、判ったら行くぞ」
余程、先程の出来事が堪えたのか、泣き声で、繰り言のように言い始めた九龍を少しばかり突き放した言葉でいなし、いい加減泣き止んだらしい、と甲太郎は立ち上がった。
「痛っ……。……最後の最後で、愛が足りない…………」
動作にも前触れを与えず彼が立ったから、彼に凭れたままだった九龍は、そのまま、ゴン、と壁に額をぶつける羽目になり、赤くなったそこを擦りながら、泣き濡れた目で、恨みがまし気に甲太郎を睨んだ。
「肩まで貸してやったんだ。お前曰くの『愛』なら、たっぷりだったろ? 後で返せよ」
だが甲太郎は、アロマを香らせたまま、ふん、と笑うだけで。
「もっと深い愛が欲しい……」
「馬鹿言ってんな。──怪我してないか?」
「……ん、平気。足とかも捻ってないし。だいじょぶ、だいじょぶ」
やっと、何時もの調子を取り戻し始めた九龍は、最後の最後には、突き放す言葉をどうしたって告げられない甲太郎へ、こっそり笑みを向けた。
そして、秘かな笑みが、己へと向けられていることなど知らぬ甲太郎は。
………………俺は……俺はやっぱり、九龍のことを、と。
刹那、九龍に対する己が想いの全てを認めた。