再びの手傷は負ったものの、朱堂も、彼から《黒い砂》が這い出た後、出現した巨大化人も、九龍は倒し遂せた。

「うーーん。未だよく見えない……」

「大丈夫なのかよ……。──仕方無いな、ほら、九龍。掴ま──

──葉佩ちゃんっ! アタシが支えてあげるわっ! さあ、アタシの愛の手を取って!」

「黙れ、変態」

「ごふうっっ!!」

だが、戦いの終盤、化人が全身から放った閃光を、九龍は正面から見てしまい、未だに、真っ直ぐ歩けぬ程彼の視界は眩んでいて、それでよく、あの化人にトドメが刺せたもんだと、甲太郎が呆れながら九龍に手を貸そうとしたら、完敗を認め、「アタシもおかまの端くれ。潔く、これからは貴方に力を貸してあげるわ!」と、半ば無理矢理、プリクラとメルアドを九龍に押し付けた朱堂が、鼻息荒く、九龍の腰に手を廻そうとしたので、甲太郎は朱堂に回し蹴りを喰らわし、蹴り飛ばされた彼は、遺跡の壁目掛けてすっ飛んだ。

「…………こーたろー? 茂美ちゃーん? 何やってんの?」

「何でもない。もう一遍、魂の井戸に寄って帰るぞ」

「あー、そうして貰えると嬉しい」

九龍には見えていないのを良いことに、顔面から壁にぶつかり、ピクピクと崩れ落ちて行く朱堂を見捨て、甲太郎は九龍の手を引き、魂の井戸を目指して。

「皆守ちゃん、酷いわっ!」

「尋常じゃない立ち直りの早さだな……」

「愛の力よ、愛の力!」

早くも復活し、追い掛けて来た朱堂に冷たい一瞥をくれてから、目的の扉を開け放った。

「……あんた等、何で……?」

「おーーー、流石、一家に一部屋は欲しい、スペシャルヒーリング・パワースポット! 入った途端、目、治って来た! …………って、あれ? 京一さんと、龍麻さん……?」

「あらーー! さっきのイイオトコ二人ー!」

踏み込んだそこで、京一に膝枕されて横たわっている龍麻と、座り込んだまま、鞘より抜き去った剥き身の日本刀を構える京一を見付け、少年達は、一様に立ち止まる。

「よう。無事だったか、お前等。おかまも」

「だから、おかまじゃ──

──お二人は、何で? それに、龍麻さん…………?」

右腕のみで刀を支え、左手は龍麻を庇うように伸ばしていた京一は、入って来たのが少年達であることをその目で確かめてから、漸く刀を収め、明るく話し掛け。

彼のおかま発言に反論しようとした朱堂を、甲太郎が無言で蹴り飛ばして黙らせた隙に、九龍は気遣わし気な風情で、漸々身を起こした龍麻に駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

「うん、有り難う。何時まで経っても君達が戻って来ないから、様子見に来たんだけどね。一寸、具合悪くしちゃって」

小首を傾げて尋ねて来る九龍に、龍麻は苦笑を浮かべる。

「ホントかよ。酷い顔色してるぜ?」

朱堂を黙らせた甲太郎も、少しばかり青年達の方へと近付いて。

「皆守君も、心配してくれて有り難う。何時ものことだから、どうってことないよ」

「何時ものこと? 龍麻さん、何か持病でも?」

「持病……と言うか、何と言うか…………」

「……ひーちゃんは、龍脈の氣が感じられる俺達の中でも、ズバ抜けてそういうことに敏感なんだよ。だから、まあ……ちょいと、な。色々ある、って奴だ」

何か、病でも患っているのかと口々に問う少年二人に、京一が、『理由』を果てしなく端折って語った。

「あ、そっか。二人共、そういう『特異体質』みたいな『力』があるって言ってましたもんね。だからかー。……それも、大変だなあ…………」

「そっちは片付いたのか? もう、こいつも動けるみたいだから、上に戻ろうぜ。その、女子寮覗きの犯人、連れてかなきゃなんねえしな」

が、当然少年達は、京一が理由を端折って語ったことなど知る由もないから、九龍はしみじみ腕を組み、龍麻の手を引いて、京一は立ち上がり。

「えっ。いやだ、アタシのこと? …………アタシは……アタシは、女の子達が羨ましかっただけよ! 羨ましかっただけなのよっ! 花のように美しく、蝶のように優雅な彼女達がぁぁぁっ! アタシだって、そういう風に生まれたかったっ! でも……でも…………アタシ……アタシはぁぁぁぁぁっ!!!」

警備員室に引き立てられる運命を、己は辿りそうだ、と気付いた朱堂は、キィィィィィ! と取り出したハンカチの端を噛み締め泣き濡れながら、一人、猛スピードで走り去った。

「……綺麗になりたくてなりたくて、仕方無かった、って、さっき言ってたもんなあ、茂美ちゃん……。でも、自分はどうしたって望む姿にはなれなくって、それが、死ぬ程辛くて忘れたくて、って…………」

ドカン! と顔面から扉に体当たりし、無理矢理抉じ開けたそれの向こうに消えて行く彼を、同情が滲む声で九龍は見送ったが。

「…………九龍。あいつが言ったことが、本当かどうかは知らないが。よく見てみた方がいいんじゃないか?」

何時の間にか銜えた似非パイプに火を点けながら、甲太郎は、朱堂が走り去った後に点々と落ちている『それ』を指差した。

「へ? ……ええと……。ありゃ、写真だ。しかも、女子寮の皆の、ベリープライベート生写真。…………茂美ちゃーん…………」

言われ、拾い上げてみた『それ』は、女子生徒達の着替え中の姿やパジャマ姿が映された、何枚もの写真で。

「きゃーーーー! 頼まれてた写真が! 折角苦労して隠し撮りしたのに、汚れたら売り物にならなくなっちゃうー!」

遠くから、写真の正体を語る朱堂の悲鳴が聞こえ。

「………………明日香ちゃん達に、突き出した方が良さそうだねー」

「……そうだな」

「ってな訳で。あんまり追い掛けたくないけど追い掛けますか。──京一さんも龍麻さんも、今度こそ、協力お願いしまーす」

「はいはい」

「おかまなんざ、追い掛けたくもねえけどな」

ふう……、と溜息を一つ零してから、少年組と青年組は、朱堂を捕まえる為、揃って走り出した。