「…………えっ? い、いえ、別にっ!」
ストレートな、それでいて不意打ちな問いに、思い切り、九龍は焦った。
「そう? じゃあ何で、俺と京一の馴れ初めなんか?」
「そ、それは、本当に、あれです! 後学の為です! あ、後、一寸した好奇心って奴でっ!」
「ふぅーーーーーーーーー……ん……」
両腕をジタバタさせて暴れつつ、言い訳を繰り返す彼に、又、世間を渡り切れるだけの破壊力を持った笑みを浮かべた龍麻は。
じーーー……っ、と九龍の瞳を見詰めながら、無言の内に、ふい……っと右手の人差し指を伸ばして、カレー鍋の傍らで、頬杖付いてうたた寝を続ける甲太郎を指差した。
「………………………………」
龍麻の指が指し示した場所を、ツ……と目の動きだけで追って、九龍は顔全体を引き攣らせる。
「……お茶のお代わり、要る?」
「……要ります。下さい。──年の功ですか?」
「殴られたい?」
「…………いいえ。きっぱりはっきり、遠慮させて頂きます」
「年の功とかじゃなくて、この会話の流れで気付かない方がどうかしてると思うけど。醍醐とかなら兎も角」
「醍醐って、誰ですか?」
「あー、こっちの話。……まあ、そういう訳。…………ハハハハハハハハ」
「そうですか。………………ハハハハハハハハハハ。はあ……」
彼の表情の移り変わりは、余りにも明確な答えで、にこにこっと笑い続けながら言いたいことを言った龍麻と、酷過ぎる引き攣り笑いを浮かべつつ、それなりに言いたいことを言った彼は、リビングに、乾いた笑いだけを響かせ。
「…………うお。うたた寝しちまった。…………何騒いでんだ? 二人して」
「あ、京一。起きた? 大した話、してた訳じゃないよ。……ね? 葉佩君」
「ええ。大した話じゃ。一寸した、世間話って言うかー」
隣の騒ぎに気付いて起き出して来た京一に、もう一度彼等は、乾いた笑いを浮かべた。
────話は、僅か遡る。
九龍が、京一との馴れ初め話を聞かせて欲しいと、龍麻にねだり始めた頃。
「──あーーーー……。そういう馴れ初めじゃなくてですね…………」
「え? じゃあ、どういう馴れ初め?」
「……え、えっとぉ! だから、あー、その、何て言うか……うー……。……た、龍麻さんと京一さんが、えーー……つ、付き合うようになった馴れ初めって言うか…………」
「…………………………あー、そっち……」
直ぐそこのカレー鍋が、ポコポコ言う音に織り混ざって、九龍のしどろもどろな声と、少々嫌そー……に受け答えた龍麻の声が耳に届き、うつらうつらしていた甲太郎は。
……あの馬鹿、何を訊いてやがる……、と腕を組んで目を閉じたまま、頭の片隅で九龍に罵声を浴びせていた。
が、この時点での彼の中では、眠気が最も勝っていたので、大体からして興味の無い他人の馴れ初め話に聞く耳を立てる気などなかったのだが、聞くつもりがなくとも聞こえて来る龍麻の話が少々馬鹿馬鹿しく、チラっと片目だけを薄く開いた。
どういう馴れ初めだ、と半ば呆れ、向こうのリビングに座る龍麻と九龍に視線を流し、直ぐそこに眠る『元凶』へも眼差しをやれば、寝ている、と思っていた京一がテーブルにうつ伏せたまま、寝た振りしてろ、と言わんばかりに、こっそり、口許に人差し指を当てたので、彼は又、薄くだけ開いた片目を閉じた。
「………………それよりも、葉佩君?」
「はい?」
「……誰か、好きな人でもいるんだ?」
「…………えっ? い、いえ、別にっ!」
そうして、するつもりはなかった狸寝入りを続けていれば、少々意地の悪いトーンで九龍を追求する龍麻と、盛大に焦っているらしい九龍のやり取りが聞こえ、甲太郎は再び、そっと、片目だけを開いた。
すれば、ツ……、と無言のまま、龍麻が己を指差すのが判り。九龍の全身が、ピキリと凍り付いたように動きを止めたのも判り。
見えずとも、龍麻と九龍の間にどんなやり取りがあったのか、大凡の見当が付いたのだろう京一が、笑いを堪え切れぬ風に、微かに肩を震わせたのも判った。
「……お茶のお代わり、要る?」
「……要ります。下さい。──年の功ですか?」
「殴られたい?」
「…………いいえ。きっぱりはっきり、遠慮させて頂きます」
「年の功とかじゃなくて、この会話の流れで気付かない方がどうかしてると思うけど。醍醐とかなら兎も角」
「醍醐って、誰ですか?」
「あー、こっちの話。……まあ、そういう訳。…………ハハハハハハハハ」
「そうですか。………………ハハハハハハハハハハ。はあ……」
ピクピクと、小刻みに肩を揺らす京一を、微かに開いた瞳で甲太郎が睨み付ける間にも、隣室の、龍麻と九龍の何処か白々しい会話は続き。
やっと笑いを堪えられたらしい京一に、じっと見詰め返され、挙げ句、ニタッと笑われながら、心底楽しそうにウィンクを一つ送られ。
「…………うお。うたた寝しちまった。…………何騒いでんだ? 二人して」
甲太郎は一瞬、眼前の『阿呆な大人』を目一杯蹴り上げてやりたい衝動に駆られたが、たった今うたた寝から目覚めた、との演技をするよりも早く、寝惚けた顔して京一が起き出してしまったので、蹴りをくれてやる代わりに甲太郎は、テーブルの下で握り拳を固め、何時か蹴る、との誓いを立てるに留めた。
………………だからその日、甲太郎と京一と龍麻は、九龍が秘かに抱く、甲太郎への想いを知って、京一はそれと同時に、甲太郎が秘かに抱く、九龍への想いを確信して、出来上がったばかりの甲太郎作の本格カレーを四人揃って食べて、夕食後の愉快で賑やかなひと時を過ごし、明日も休みだから、時間を気にせず遺跡に潜って来る、と少年達が帰って行った後。
「なあ、ひーちゃん。…………あいつ等、どーすんだろうな」
「どうする、って?」
「葉佩は皆守のことが好きで、皆守は葉佩のことが好きで、だから、どうすんだろうな、って話だよ」
「……え? ひょっとして京一、昼間の話聞いてたんだ? あの時起きてたとか? ……この、狸寝入りのド阿呆……って、ん…………? 一寸待って、京一。皆守君、も? 何で? ……え、え、え、マジで?」
「相変らず、ビミョーに鈍いなー、ひーちゃん。見てりゃ判んだろうが」
「う、ううううう……。まーーーた、京一に鈍いって言われた…………」
「仕方ねえだろ、事実なんだから。────あいつ等の色事に、口出すつもりはねえけどよ。如何せん、なあ…………」
「……そうだね。……何だっけ、朱堂君、だっけ。ビューティー・ハンターの彼。あの彼も、『変なの』の一人だったしなあ……。葉佩君達とやり合った後には、何でか、普通の人間の氣になってたけど。ってことはやっぱり、『変なの』の一人な皆守君も、あの遺跡と関わりがある、ってことだもんね……」
「修羅場になんなきゃいいけどな、連中。……いや、修羅場以前の問題か。葉佩は、あの遺跡を暴き続けることを、どうしたって止められねえ宝探し屋なのに、皆守が、本当にあの遺跡を守る側だってんなら…………」
「敵同士の、許されざる恋、って奴? ………………うわ、どうしよう、京一」
「どうしよう、ったって……。俺達にどうこう出来る問題じゃねえよ。どうするかはあいつ等が決めることだし、第一、皆守の奴が葉佩にも何にも白状しねえんじゃ、どうしようもない。……まあ、あいつ等のことは俺だって気に入ってっから、あいつ等が望むような形になってくれりゃ、とは思うけどな」
「うん、それは俺も思う。あの二人が、幸せになれればいいな、って。……でも……俺、この先、二人のこと見てるだけで、胃が痛みそ…………」
──片付け終わったダイニングの片隅で、京一と龍麻はコーヒーを啜りながら。
気付いたら、お気に入りの弟分達を見守るポジションに付いてしまった、彼等よりは大人な自分達にしてみれば、酷く悩ましい問題、と溜息付き付き、少年達の恋愛に付いて語り合った。