この二、三日、ずっと。
「お前のダチになったんだろ? ……何とかしろよ。でないと、あいつ目掛けて、モノホンのポン刀で最終奥義ぶちかますぞ?」
……と、無敵笑顔を浮かべる京一に脅され。
「情熱が先走るタイプなんだろうと思うけど……俺には、京一っていう相手が。……何とかしてくれるよねえ? 葉佩君?」
……と、わざとらしい憂い顔を拵えた龍麻に、『こんな時』ばかり、恋人同士、と揶揄すると、本気の憂い顔を浮かべる京一の名を、わざわざ引き合いに出され。
「……………………あいつ、蹴り壊していいか? それが嫌ならお前が何とかしろ?」
……と、顔から一切の表情をなくした甲太郎に、真剣に問われ。
九龍は、頭を抱えていた。
──彼が、『愉快なお兄さん達』と、片恋の相手にそんな風に詰め寄られている原因は、朱堂にあった。
あれ以来、瞬く間に、『葉佩ちゃん』という呼び名を『ダーリン』に変えた朱堂が、九龍は固より、自慢の『すどりんメモ』にバッチリ名を記載した、九龍の周囲の『イ・イ・オ・ト・コ』達を見掛ける度、見境のないアタックを仕掛けて来るようになったから。
京一に脅されずとも龍麻に憂いを浮かべられずとも甲太郎に問われずとも、九龍とて、己を見掛ける度、「ダーーーーリーーーーーーーーンっ!」と大声で捲し立て、『茂美ダッシュ』をカマして来る朱堂に追い掛け回されているので、許されるものなら自分の手でぶん殴りたい、と正直思ってはいるが、朱堂も悪気があってやっていることではないし、根は善人だとも判ってしまっているので、早々邪険にも扱えない九龍に出来ることは、朱堂の『ラブラブアタック』を、猛牛と戦うマタドール宜しく、華麗に避けることくらいで。
どうしたら、俺の平穏な日々は戻って来るだろう、どうすれば、京一や龍麻や甲太郎に文句を言われなくなるだろう、と。
彼はひたすら、悩んでいた。
…………そんな風に、昼間、教室の片隅にて、頭を抱えてウンウン唸る九龍の様子に、逸早く気付いたのは明日香だった。
ドン、と胸を叩いて、「困ってることがあるんだったら、あたしが相談に乗るよっ!」と、彼女は言ってくれた。
──明日香が、相談に、と言ってくれた時、九龍は彼女の申し出を、彼女の生来の性格故だろう、と受け取った。
一歩間違えばお節介焼きとなるのだろうが、明日香は、何時でも誰にも真っ直ぐで、良い意味でお節介だから、今回も、悩み抜いている己の様子を見兼ねてのことだろう、と。
それに彼女は、女子寮での『異星人騒ぎ』が起こった直後、「白岐サンと仲良くなりたいんだけど、どうしたらいいかなあ?」と九龍に持ち掛けた相談のことを、この間は自分の相談に乗って貰ったから、今度は九龍の相談に自分が乗る番だ、と引き合いに出して来たので、明日香なりの礼でもあるのかな、とも彼は思っていて。
────十月十四日 木曜。
甲太郎と二人、昼食を摂りに行ったマミーズで、奈々子に、デ部、という、如何とも感想の告げ難い通称を持つ、デジタル部が主催している『隣人倶楽部』なる集まりの話を噂され。
午後、校舎で行き会ったリカに、明日香が熱心に、『隣人倶楽部』に通っているようだけれど、あの集まりはとっても危険だから気を付けた方がいいと忠告しておく、と言われ。
やはり行き会った取手に、噂の『隣人倶楽部』に関する懸念を語られ。
相変らず懐かれっ放しの黒塚にも、あの集まりは、皆が囈言のように同じ言葉ばかりを繰り返している、怖い所だ、と教えられ。
六時限目の体育の時間、衰弱した明日香が倒れてやっと、九龍は、最近の明日香は、『人を助け、手を差し伸べること』に、必要以上に拘り過ぎていたのだ、と気付かされた。
仲間達や友人達が教えてくれた、噂の『隣人倶楽部』は、『汝の隣人を愛せ』との『教え』を伝える、一種の宗教団体のような様相を呈している集いだそうで、昼休みや放課後を利用し、足繁く倶楽部に通っている女生徒達の大半は、明日香も含め、そもそもは、『ダイエットに必ず成功する集い』との噂に惹かれて倶楽部に行き出したらしいが、ダイエット目的だった少女達も、興味本位だった少年達も、何時の間にか倶楽部の虜になり、その果て、明日香のように突然倒れ、保健室に担ぎ込まれているらしく。
明日香の様子を見に、甲太郎と一緒に保健室へ行ってみれば、瑞麗に、「この一、二週間の間、八千穂のようになって保健室に運ばれて来た生徒達は、皆一様に、隣人倶楽部に通っていて、彼等や彼女等の皮膚には、感染者から、生命活動に必要なエネルギーを吸い取るタイプのウィルスが付着していた」と語られた。
………………だから、その日放課後、九龍は、隣人倶楽部が開かれている電算室へ赴き。
何時もの時間、遺跡へ潜ることを決めた。
放課後の電算室にいた、隣人倶楽部の主催者、肥後大蔵は、そこまで行けば、立派にキュート、と言える、コロコロした体型の、つぶらな瞳をした少年で。
保健室で見舞った明日香が言っていた通り、隣人倶楽部が開かれる度、肥後が口癖のように言うらしい、『皆を救いたい』との彼の気持ちに、間違いはない気がする、と。
校舎を出て、寮へと向かう途中、甲太郎は九龍に言われた。
本来ならば、新約聖書のルカによる福音書、10:27に記されている通り、『己を愛するが如く、汝の隣人を愛せ』であるべきイエスの教えを、『汝の隣人を愛せ』とだけ伝えているのに似て、肥後は、何か理由があって、その方法を間違えているだけだ、との明日香の意見に賛成だ、とも。
……口にこそ出さなかったが、甲太郎とて、九龍や明日香の言葉に反論するつもりはなかった。
生徒達を集め、ウィルスをバラまき、お前は何をするつもりなのかと訊いている、と甲太郎が強い口調で咎めた時、肥後が言った、「あれはウィルスじゃなくて神の光で、救いを求める皆の許に届き、悪い魂
自身が《執行委員》であることを認めながらも、誰かを監視しようと思った訳ではなくて、明日香や皆に幸せになって欲しかっただけ、と肥後が訴えて来た時も。
そこに、嘘があるようには見えなかった。
だからこそ、九龍が、どの道遺跡には潜るのだし、それが、明日香の為にも肥後の為にもなるなら、と言い出したのも、甲太郎とて、九龍の性格を鑑みれば充分理解出来た。
尤も彼は、肥後が純粋な性根の持ち主であろうと邪悪な性根の持ち主であろうと、執行委員であろうとなかろうと、あの遺跡に潜り続けるのだし、甲太郎が、誰が、言葉を尽くして止めた処で、遺跡探索を諦めたりしないのだろうから、今更彼を留める気など、甲太郎にはなかったけれど…………けれど。
その夜も、九龍の『夜遊び』に付き合い遺跡に下り、新たに開かれた扉を潜り、未知なる区画の探索を続ける彼の背中を見守りながら。
わーわーきゃーきゃー叫んでは、何とか罠を解除し、化人に傷付けられつつも、歩みを止めない九龍をひたすらに見詰めながら。
甲太郎は、胸の中で、「遺跡の謎を解く為とは言え、お前はそうやって、《墓守》の全てを救い続けていくのか?」と、問わずにいられなかった。
かつての《墓守》達に、君が、貴方が、僕を、私を、救ってくれた、と告げられる度、答えに詰まり、『不自然な間』を持たずにはいられないくせに。
お前はそうやって、皆を救って行くのか。
……………………なら、九龍? ……もしも。
もしも、お前の前に、俺が立ちはだかったら。
お前はその時、一体、どうするんだ……? ────と。
甲太郎は、問わずには。