至る所に、八岐大蛇伝説を思い起こさせる装飾が施されたその区画を辿り、待ち構えていた肥後と戦い、肥後より這い出た《黒い砂》の化身のような、巨大化人とも戦い。
額に、靴裏の模様をくっきりと刻み込んでやりたくなった程、物の見事に満身創痍と化した九龍を、肥後と共に魂の井戸に放り込み。
かつて、苛められっ子だった肥後に大切なことを教えてくれた『転校生』との想い出と、その転校生が譲ってくれた、宝物の聖書を取り戻してくれた九龍に感謝しながら、これまでの《執行委員》達のように、九龍のこれからに力を貸す、とプリクラとメルアドを手渡す肥後と、嬉しそうにそれを受け取った九龍を横で眺め。
マミーズのメニューに関して一家言を持つ、肥後の熱い語りを聞きながら、地上へ、そして寮へと戻った後。
甲太郎は、誰にも悟られぬように気遣いつつ、再び、一人遺跡に戻った。
──体育の日に当たっていた先だっての日曜、すっかり馴染みになった『馬鹿な大人達』の部屋で、甲太郎は、九龍の想いを知った。
……否、知ってしまった。
彼も又、己がそうであるように、友情以上のモノを向けてくれている、と気付かされ、柄にもなく甲太郎は舞い上がり、しかしその後、反動を喰らったように、これまで以上の迷路に、一人迷い込んだ。
………………自分の心と等しいバランスで、九龍が己を好いてくれている、それを、純粋に嬉しいと思い。
けれど、どうしたって彼に何一つも打ち明けられない、己の立場と意気地のなさ、そのものに怯み。
好きだと気付いたけれど、好かれているとも気付いたけれど、こんな自分が、あの彼を、思うまま手に入れようと思うなんて、と躊躇い。
それでも彼を求めて止まぬ己は、彼の傍にいてはならない、と諦め掛け。
けれど自分はきっと、九龍を諦め切れない、と諦め掛けることを諦め掛け。
ぐるぐると……唯ひたすらぐるぐると、あの日以来、出口の見えない迷路を辿り続けた甲太郎は、悩んだ果て、『何一つも忘れられない』己が、『全てを受け止めてくれる』瞳を持った九龍に惹かれ続け、『夢』を見続けるのは、結局の処、『何一つも忘れられない』己から、逃れたいだけなんじゃないのか、と……九龍を想う自身の心まで疑い始めた。
何をどうしたらいいのか判らなくて、気持ちの整理でも付けてみようかと、何とか思い立ってはみたものの、己が心すら欠片も掴めないのに、気持ちを整理してみる、など、夢の又夢で。
誘われるように、甲太郎は遺跡に下りた。
憂さ晴らしにも似た真似をすれば、少しは気が紛れるんじゃないかと思った。
体を動かして何かを発散するなんて、有り難くもない青春を、この上もなく無駄にしているとしか感じられないけれど、何もしないよりはマシだ、とも、彼には。
……だがそれは、甲太郎にとって、何処までも自虐的な行為だった。
………………彼を縛る遺跡。
『何一つ忘れられない』彼が、望んで辿り着いた場所。
それでも、何も変わらなくて。
何一つも忘れられなくて。
……いいや、それ処か、辿り着いた場所にまつわる『記憶』も、まつわらぬ『記憶』も、唯増していく一方で。
なのに、愛を傾け始めた人は、辿り着いた場所を暴くことを、決して止めようとせず、《墓守》達を救い続けるから。
何時の日か、彼は、望んで辿り着いた、けれど彼を縛るだけの、九龍が『想いの墓場』と例えたそこを、過去を守る為だけに、護り通さなくてはならないから。
一人、誰の目も気にせず、正体を隠さず遺跡に潜ることは、甲太郎に、痛みだけを感じさせる行いにしかならなかった。
これまでの己と、今の己と、秋の日の午後突然、目の前に現れた九龍と、九龍に傾ける想いと、九龍が傾けてくれる想い、それ等が、一つの塊のようになって、与えて来る痛みを感じる……────。
──……更には、それに加え。
肥後が言っていたことも、彼の頭の片隅から離れてくれずにいたので、彼が踏み込んだ迷宮は、複雑さをいや増した。
…………放課後の電算室で、遺跡での戦いを終え戻った墓地で、肥後は、『白い仮面の人が』、と幾度か言った。
これまでの《執行委員》達と同じく、何故《執行委員》になったのか、何時なったのか、少しも思い出せない肥後は、『白い仮面の人』が何を言い、何をしたのか、そして何をさせようとしたのかも、思い出せぬ口振りだったけれど。
甲太郎には、『白い仮面の人』の正体を、朧げながら推測することが出来た。
────《生徒会執行委員》は、《役員》と違い、普段は一般生徒の中に紛れている。
《生徒会》とは切っても切れない縁を持つ甲太郎自身、《生徒会》との関わりより遠退いて久しいから、誰が《執行委員》なのかは判らない。
なのに、『白い仮面の人』に、皆から悪い心を集めれば、この学園ももっと良くなって、と言われて『隣人倶楽部』を始めた、とも肥後は語っていたから、『隣人倶楽部』の集いで肥後が《力》を使う以前より、『白い仮面の人』とやらは、彼が《力》を持つ《執行委員》だ、と知っていて接触して来た、ということになり。
……この学園内で、これまで、誰にもその正体を気付かれなかった肥後を、《執行委員》と容易く看破出来る者──即ち、『白い仮面の人』の心当たりを、《生徒会役員》として、公式に名を連ねる者達以外に、甲太郎は持たなかった。
彼等なら、《執行委員》全員の顔を知っていてもおかしくないから。
………………でも。
《生徒会》の頂点に君臨する、《生徒会長》阿門帝等──甲太郎の数少ない友人の一人である彼は、役員や執行委員に、確実に《校則違反》を犯した生徒達以外に《力》を振るうことを、容易く許すような男ではないのも、甲太郎はよく知っていた。
他人の主義主張や信念に、更々興味無い甲太郎でも、興味が無いことと、識っていることは、別問題だった。
阿門が、《生徒会》と縁を持つ彼でさえ、行き過ぎている、とか、《執行委員》はどうなっているんだ、とか、幾ら何でもおかしい、とか思うような『学園運営』をすることなど有り得ぬのに、どうしても、肥後を誑かした『白い仮面の人』は、《生徒会役員》の誰か、としか考えられず。
おかしくなり始めている、としか思えない《生徒会》が気掛かりで。
『借り』のある友人の阿門のことや、この学園に入学して程無くより、《生徒会》との関わりから遠退くまでの数ヶ月、『己が為したこと』の本当の意味も、気にせずにいられなくなり。
──甲太郎は、『想いの墓場』を、一人、奥へ奥へと進みながら、何処までも、『迷路の奥』に迷い込んで行った。
………………彼が、たった一人で遺跡に舞い戻った、その日未明。
甲太郎にとっては運悪く、彼が、自ら墓地の穴へと潜って行くのを、物陰から見ていた者が、三名いた。
一人は、九龍。
甲太郎が、隣室であるが故、九龍がこそこそ、一人で遺跡探索に出掛けて行くのに気付けたように、同じ理由で、戻ったばかりの部屋から、彼がこっそり抜け出して何処へと行くのを知り、思わず後を追い掛けた為に。
九龍は、潜んだ森の影より、甲太郎の目指す場所を見てしまった。
そして、残りの二人は、京一と龍麻。
彼等は、確かめたいことがあって、部屋を抜け出し墓地へと向かい、そこで、九龍と同じく、甲太郎が一人向かう場所が何処かを、知ってしまった。