蹴り込まれた先は、仄暗く、けれど何処か明るく、視界に不自由はなかったが、嫌という程『敵』がいて、『フロア』なのか何なのか、甲太郎にはさっぱり判らぬその場の敵を、京一と共に倒し切ったのに。

「次行くぞー! どの道ここは、五階に一回しか、地上への戻り口は開かねえしなー」

嬉々とした声で叫ぶ京一に、がっちり腕を掴まれて、ひたすら下層へと向かわれ。

下りる度、強さも数も増す敵と、唯々戦い続け、三、四十階程下った頃だろうか、へとへとに疲れた甲太郎は、何も考えられなくなって、剥き出しの地面にへたり込んだ。

「初めてにしちゃ、踏ん張ったじゃねえか。もっと早く、音を上げるかと思ってたんだがな」

倒れ込みそうになる上半身を両腕で支え、天を仰ぐように肩で息する彼の傍らに、ケロッとした顔で、京一は胡座を掻く。

「…………あんた、バケモンだろ……」

「お前が体力なさ過ぎんだよ。自覚しろ? 修行不足だって」

「俺は、武道家じゃない……。……それよりも、ここは何なんだ……?」

「ここか? ──真神学園旧校舎。『世界』と『異界』の狭間、だ。…………ここはな、この国最大の龍脈と龍穴の力──要するに、この世のモノじゃねえ力を、この世に引き摺り出す為の『鍵』が眠ってる場所でな。日本では、鬼とか、妖怪とか呼ばれて来た異形のモノが、うじゃうじゃ湧く。……馬鹿になるまで体動かすにゃ、持って来いだ」

「成程…………。だが……何で俺を、こんな所に……」

この場所が如何なる所なのかを語る京一に耳を貸し、未だ若干乱れたままの息を整えようと、深呼吸を一つして、甲太郎も又、京一と向き合う風に、胡座を掻いて座り直した。

「お前が、青春の無駄遣いなんざしてっからだ。どうせなら、徹底的に無駄遣い出来る場所の方が良いと思ってな」

「…………俺は、そういうことを訊いてるんじゃない」

「………………判ってる。────しょうがねえ。こうなっちまったんだ、マジで腹割って話すとするか。だから、皆守。お前も、腹割って話せ。…………俺と龍麻はな、知ってたんだよ。お前が普通じゃねえってこと」

「……何時から?」

「最初からだ。……お前も知ってる通り、俺達は、氣を操れるし感じられる。遺跡でも、ここでも見せたような、ちょいと変わった技も使える。それと同じで、ヒトの氣も判る。異形の氣も。そいつの持つ氣が、ヒトなのかヒトならざるか。異形なのか異形ならざるか。………………だから、お前に初めて会った時、俺達には一目で判った。お前の持つ氣は、到底、ヒトの持ち得る氣じゃねえ、ってな。……お前だけじゃない。天香での初日に、お前みたいな氣を持つ『変なの』が、あのガッコにはちらほらいるって、判ってたんだ」

素直に向き直りはしたものの、何の話をすればいいのか掴み倦ねている風な甲太郎に、覚悟を決めろ、と言い置いてから、京一は、甲太郎が『普通』ではないのを初めから知っていた、と打ち明けた。

「…………そうか……初めから。……初めから、か…………」

それと知らされ、甲太郎は、声音に笑いを滲ませる。

「……でもな。俺達に判るのは、氣のことだけだ。お前の持つ氣が普通じゃない、それ以外は判らなかった。俺達は、この間も話した通り、葉佩のことを気にして天香に潜り込んだだけだし、当の葉佩はお前に懐いてたし、氣がおかしい、それだけの理由で、誰の何を疑うつもりもなかった。けど……例の、おかま、いるだろ?」

「朱堂のことか?」

「ああ。お前等に呼び出されて女子寮に行って、あいつに会った時。あいつの氣も変だって、判っちまって。なのに、お前等が執行委員だったあいつと戦って遺跡から戻って来たら、朱堂の氣は、極普通のヒトの氣に変わってた。だからな……お前も多分、執行委員や生徒会と……あの遺跡を守ってる連中と、関わりがあるんだろう、って。そんな見当は付いちまった」

俯いたままの甲太郎の声に滲んだそれは、自嘲なのだろう、と京一は、僅か眉を顰めながらも、そこまでを語って。

「………………なあ、皆守? お前は、何者なんだ?」

胡座を掻いた膝上で頬杖を付きつつ、静かに尋ねた。

「……俺は………………。俺、は……」

「…………言いたくねえんなら、無理に言うこたねえよ。お前の正体が何だろうと、俺達はどうだっていい。お前が、俺や龍麻の敵にならねえ限り、お前との付き合いを変えるつもりもないしな。……だがな、皆守。そのままじゃ、お前が辛いんじゃねえのか?」

けれど甲太郎は、京一の問いに、上手く答えられなくて。

問い詰めたい訳じゃないと、京一は首を振った。

「何で、俺が辛い、なんて……。俺は、別に…………。……それに、俺なんか──

──そういう、てめえでてめえを貶すような言い方は止せ。自分を貶めてみたって、碌なこたねえぞ。…………皆守。お前、葉佩に惚れてんだろ? 違うか? これだけは、正直に答えろや。葉佩に惚れてるから、お前は今、そんな風なんだろう? 辛いんだろう? てめぇの正体を、言えねえから」

…………京一が何を言っても、甲太郎は言葉を詰まらす一方で、彼が選ぶ言葉は次第に、自虐的になって行き。

そんな彼が、それでも言い募ろうとしたことを、京一は強い言葉で遮って、今度は、九龍への想いを尋ねた。

「……………………ああ。あんたの言う通りだ。俺は、九龍のことが……。でも……でも、俺はっ! 俺には、九龍のことを想う資格も、九龍の傍にいる資格もないから……っ」

「何でだよ。誰かを好きになるのに、資格もへったくれもねえだろ」

「あんたは、何も知らないからそんなことが言えるんだっ。あの遺跡は、大昔から《生徒会》が守り続けて来たんだ。《墓》を侵す者を排除せよ、それが絶対の掟の《生徒会》がっ! なのに、あの馬鹿は宝探し屋で、《墓》を侵しにやって来た《転校生》で、あいつがしようとしてることは、誰にも止められないっ。あいつの辿る『運命』を留める術なんて、俺にはないっ! …………だってのに……どうしようもないってのに……俺には、《生徒会副会長》って、肩書きがあって……っ……」

「…………皆守」

「どうしろってんだよ、俺にっ! どうしようもないだろっ!? 俺が九龍を想ってたって、九龍が俺を想ってくれてたって、何も変わらないっ。どうしようもないっ! あいつは《墓》を侵す宝探し屋で、だから俺は、何時の日か、あいつの前に立ちはだかって、あいつを排除しなきゃならないっっ。俺は、自分で望んで辿り着いたあの《墓》から、逃れることなんて出来ないし、運命に逆らうつもりもないっ。あいつのことを想ったって…………。どれ程想ったって…………」

……九龍のことを想っていると、素直に打ち明けながらも。

甲太郎は、喉に、胸に、詰まり過ぎていた石ころを吐き出すかのように、想いと声を出した。

「…………甘ったれたこと言ってんじゃねえよ、ガキ」

すれば、京一は頬杖を解いて腕を伸ばし、徐に、すっぱんっ! と彼の頭を引っ叩いた。

「何しやがるっ!」

「てめえよりも、五つばっか年上の『兄さん』の、愛の鞭って奴だ。……男のくせに、だらしねえことほざくな」

コミカルな音立てて頭を叩いた京一を、甲太郎は睨み付けたが、ああ? と京一は、睨み返し。

再び伸ばした手を、身構えた甲太郎のこうべに、ポン、と乗せた。

「お前のような思いを、俺はしたことがない。だから、お前の痛みの本当のトコは、俺には判らない。でも、お前が辛いのは判る。…………辛いよな。……でもな、皆守。葉佩は、《墓》を侵す宝探し屋で、お前は、《墓》を守る《生徒会副会長》で。……だから、何だってんだ? それが、どうした?」

「………………は?」

慰める風に乗った京一の手を叩き落とそうとして、告げられた科白に、甲太郎は目を見開き動きを止める。

「は? じゃねえっての。宝探し屋だから。副会長だから。それが何だ? お前が葉佩を好きなことと、葉佩がお前を好きなことと、関係あんのか? ……お前の質じゃ、こんな風に考えられねえのは判ってっけど。俺は、そう思う。好きなら好き、それでいいじゃねえか。悩むなら、そっから先を悩めよ。無駄に腹減るだけだぜ」

「だが……俺とあいつは──

──仇同士の運命、ってか? ………………五年前、散々言われた。俺達が『力』を持ったのは、異形と戦うのは、運命なんだ、宿星の導きなんだ、ってな。龍麻が、ご大層な役目を生まれた時に押し付けられちまったのも、俺が、そんな龍麻を護り通そうとするのも、運命なんだと。……でもな。俺は、運命って言葉が大ッ嫌いなんだよ。運命なんざ、クソ喰らえだ。そんなものが、この世に存在してるなんて、俺は信じない。人の一生が運命に定められてるなんて、そんなこと有り得ない。それでも、この世に運命って奴があるとするなら、それは、てめぇの足で辿り着いた先で、てめぇの手で掴み取ったモノのことを言うんだって、俺は信じてる。…………運命なんざ、ねえんだよ、皆守。何も彼も、決めるのは、自分の心一つだ」

何を言われているのかさっぱり理解出来ない、そんな顔をして、唖然と見詰めて来るだけの甲太郎に、京一は、力強く言い切った。