誰にも知られぬように気を遣いながら、墓地の穴へと潜って行く甲太郎を見てしまった時。
九龍は、後を追い掛けようとした。
どうして彼がそんなことをするのか、知りたかった。
それを知れば、彼の正体が判ると思った。
…………知りたかった、彼の『本当』を。
彼の『本当』を知ってしまうのは、怖い、とも思ったけれど。
その時の九龍は、知りたい思いの方が強かった。
だが、甲太郎を追い掛けようとした彼の前に、すっと、影が立ちはだかった。
立ちはだかった影の主は、龍麻だった。
「……龍麻さん…………?」
「…………葉佩君。一寸、俺と一緒に来てくれないかな」
「………………すいません、龍麻さん。俺、今急いでるんです。だから、又、後で……」
「いいから。一緒に行こう? ね?」
「でも…………っ」
「……一緒に行こう」
何故、彼がここにいるのか、何故、立ちはだかるようにしているのか、九龍にはさっぱり判らなかったけれど、今、龍麻に構っている暇は無いと、九龍は彼の傍らをすり抜けようとして……でも、強く肩を掴まれ、押し止められてしまった。
「龍麻さん…………」
掴む彼の手の力は、痛い、と感じる程で、龍麻には、自分に甲太郎の後を追わせるつもりがないのだ、と知り、例え、手を振り払えたとしても、彼が本気になったら絶対に勝てないことも知っていた九龍は、一度だけ、遺跡へと続く穴を振り返ってから、己を引き摺るように歩き出した龍麻に、大人しく付いて行った。
「上がって」
「……お邪魔します」
──連れて行かれた先は、龍麻と京一の部屋だった。
リビングに通され、淹れて貰った、暖かい、甘い紅茶のカップを手に、小さくソファの隅に座って九龍は、言葉もなく俯く。
「………………ねえ、葉佩君。……その…………」
じっと、床の一点だけを見詰め、息すらも詰めている風な彼に、小さなテーブルを挟んで床に腰下ろした龍麻は、呼び掛けてみたけれど。
その後の言葉を、どう続けたらいいのか選び兼ねる風に言い淀み。
「……皆守君のことなんだけど」
暫し続いた、居た堪れぬ沈黙の後、思い切ったように、甲太郎の名を出した。
「………………甲太郎は……甲太郎はっ!」
片恋の人の名を出された瞬間。
……ああ、龍麻さんはきっと、知りたいと思った、でも知るのは怖いと思った、甲太郎の『本当』の話を始めようとしている、と悟り。
九龍は思わず、声を張り上げた。
「葉佩君?」
「甲太郎は甲太郎ですっ。天邪鬼で、可愛気が無くて、時々唐突に詩人だったりするくせに、普段は捻くれたことしか言わなくって、でも、皆守甲太郎人情に厚い説もあるし、関西で言う処のオカンみたいにやたらと世話焼きで、カレー馬鹿でアロマ馬鹿で、えーっと、えーっと、それから、それから……っ」
「…………葉佩君、大丈夫?」
「大丈夫ですっ! 俺は何時もと一緒ですっっ。甲太郎は、落とし物か何かしたから遺跡に行っただけで、甲太郎が一人で遺跡に潜れたって、甲太郎は極々普通のーーーーっ!」
「……ええと…………。…………落ち着こうよ。ね? 言ってること、一寸訳判らないよ?」
「………………ふぇぇぇぇ……。龍麻さんーーーーーっ! 俺も、何だかよく判らなくなって来ましたぁ……」
自分でも、何を言っているのか全然判らない、と思いながら、九龍は甲太郎のことを捲し立て、話を無理矢理遮った龍麻に、まあまあ、と宥められた果て、とうとう半泣きになった。
「取り乱す気持ちは判らなくもないけど……。……あの、さ。葉佩君は、皆守君のこと、どう思ってるのかな」
「俺は……俺は、甲太郎のことが好きですっ!!」
「…………や、そうじゃなくて……」
ベソベソ始めた九龍に、龍麻は、先程よりは幾分軽い調子で、甲太郎のことを問うてみたけれど、返る科白は何処までも斜め上で、あー、これは錯乱してるなー、と彼は溜息を零し。
どうしようかなー……、と悩んで、うん、と腰を上げ、九龍の傍らに座り直すと、よしよし、と頭を撫でてやった。
「ううううう…………」
「泣かない、泣かない。男が、そう簡単に泣くもんじゃないよ。…………なんてね。偉そうなこと言っちゃったけど、俺も、丁度高三の頃は、しょっちゅう泣いたんだ。何だ彼
「……すいません…………。何か、俺……どうしていいのか判らなくなって来ちゃって……。…………あのね、龍麻さん……」
泣くな、と言いながらも、龍麻が、昔は自分もよく泣いたことも、同じように京一に慰められたことも、懐かしそうに語ってくれたから、小さな子供を宥めるように撫でて来る彼の手に、今は、泣きながらされるままでいてもいいんだ、と九龍は少し安心して。
「何?」
「…………俺、ずーーーー……っと、初めて会った日から、甲太郎はもしかしたら、一寸普通の生徒じゃないのかな、なんて思ってたんです。ずっと、甲太郎のこと、心の何処かで疑ってたんです……。だから……、龍麻さんもきっと見ちゃったと思うんですけど、さっき、甲太郎が一人で遺跡に潜ってくの見た時、知りたいって思ったんです。甲太郎が本当はナニモノなのか、知りたいって。…………でも……でもやっぱり、俺は、知りたい気持ちよりも、知るのが怖い気持ちの方が強かったみたいで……甲太郎が普通の生徒じゃないって認めたくもなかったみたいで……。御免なさい、取り乱しちゃった……」
ボソボソボソボソ、彼は、今の気持ちを龍麻に伝えた。
「大丈夫、気持ちは判るから。……俺が君の立場にいて、京一が皆守君の立場にいたら、俺だって、ドツボ嵌まってたと思うし」
すれば、九龍の頭を撫で続ける龍麻の手に、益々力が籠った。
「でも……でもでもでも! 俺も、ドツボ嵌まり掛けてますけど! 俺、やっぱり初めて会った日から、甲太郎のこと気になってたんです。甲太郎と仲良くなりたかったんですっ。今は、甲太郎のことが好きなんですっ」
「…………うん。なら、それでいいんじゃないかな」
「けどっ! ……甲太郎は、嫌なんじゃないかな……、と……。墓荒らしの俺なんかに想われたって、迷惑になるだけなんじゃないかな、とか……」
「……何で?」
「何で、って…………」
「あのさ、葉佩君。……例えば、の話だけど。例えば、皆守君が本当に、葉佩君が疑った通り普通の生徒じゃなくて、それが明らかになっちゃったら、皆守君のこと、あっさり諦めるんだ?」
「え? 諦めません! そんなことで諦めませんっ! 諦めたりなんかしません、けど…………」
「だったら、そんな所で悩む必要無いと思うけどなあ、俺。……葉佩君が疑っちゃったのは、皆守君が普通の生徒じゃないかも、ってことだよね? 葉佩君と一緒にいる時の皆守君を、全部疑っちゃいけないと思うよ」
「そりゃ、俺だってそんなこと疑いたくないですし、甲太郎だって俺のこと、少なくともホントに友達だと思ってくれてる、って信じてますけど…………。でも、龍麻さんが言ったみたいに、例えば、ですよ? 例えば、甲太郎が普通の生徒じゃなくて、執行委員だった皆と同じ、《生徒会》の関係者だったとしたら、墓荒らしの俺は甲太郎の敵ってことになって……。敵の、しかも男の俺なんかに…………」
優しい声で諭されながら、幾度も頭を撫でて貰って、少しずつ落ち着きを取り戻しはしたものの、九龍の声音は、沈んで行く一方で。