「………………皆守君は、君が男とか男じゃないとか、そんなことにはこだわらないタイプだと思うけどなあ」

自ら叫んだ通り、ドツボに嵌まり掛けているらしい九龍の様子が、ひたすら下降線を辿り続けるのを見て、何を思ったのか龍麻は、急に、酷く気楽な声で喋り始めた。

「……でも、だとしたって、俺は宝探し屋です。甲太郎から見れば、只の墓荒らしです」

「…………じゃあ、宝探し屋なんか、止めちゃえば? そうすれば、少なくとも皆守君の敵ではなくなるよ?」

「そんな簡単にいきませんよぉぉぉ……っ。……俺は、どうしても宝探し屋になりたくてなった訳じゃないですけど、でも、止める訳にはいきません。止めるつもりもありません。……今は未だ、ですけど……」

「なら、皆守君が、本当に《生徒会》と関わりのある生徒だったら、皆守君のこと説得して、皆守君に、そっちを辞めて貰えば?」

「…………そーゆー、お手軽に片付く問題じゃないと思いますけどー……。どう考えたって、《生徒会》関係者は、理由があって、《生徒会》にいるんだと思いますしぃ……」

「じゃ、皆守君のこと諦めちゃえば? 楽だよー?」

「っ、それも出来ないから、ドツボ嵌まってんじゃないですかーーーーっ!」

酷く軽く、あれを止めれば? これを止めれば? とだけ言い始めた龍麻に、九龍はとうとう絶叫を上げる。

「……ほら、答えは出てる」

その叫びへ、龍麻はにこっと笑った。

「…………へ?」

「葉佩君は、宝探し屋は止められないんだよね? で、もしも本当にそうなら、の話だけど、皆守君も、そう簡単には《生徒会》と手は切れそうにない。けど、君は彼のこと、諦めるつもりはないんだろう? ……だったら、悩んだって仕方無いよ。お互いの立場がどうだって、例え敵同士だったとしたって、想い続けるより他ない」

「それは…………」

「気休めにしか聞こえないかも知れないけど。……京一の見立てではね、皆守君は掛け値なしに、葉佩君のことを気に掛けてる、って。君のこと、何時でも心配してる風だ、って。…………この手のことの京一の見立ては、一度も外れたことないんだ。だから、きっと大丈夫。俺も、皆守君は君のことを気にしてる、って思うし」

「…………龍麻さん………………」

「本当の意味で想いが通じるかどうかも判らない相手のこと、それでも想い続けるのは辛いし、先が見えなければ見えない分だけ、不安にもなるし落ち込みもするけどね。それでも、好きになっちゃったんだから。想いが叶うかどうかも判らない内から、好きになった相手のこと、諦めなくてもいいと思うな、俺は。諦めるんなら、好きになっちゃったことを諦めた方がいいよ。好きなんだから、どうしようもない、って。──あ、御免。一寸待ってて」

そして龍麻は、開き直れ、と九龍に告げて、控え目に鳴り出した携帯を取り上げ、届いたらしいメールに目を走らせた。

「京一さん……ですか? そう言えば、今夜は京一さんは?」

「あー、野暮用で、一寸ね」

「そうですか……。あ、もう一つそう言えば。何で、さっき龍麻さんは墓地にいたんです?」

「ん? 少し、調べてみたいことがあって、それで、京一と一緒に行ったんだけど、京一は、野暮用が出来ちゃって。俺は、皆守君がああしてるトコ見掛けて顔色変えた君を見付けたから、別行動してみたんだよ」

甲太郎絡みの話を、九龍が一旦止めた所為もあるのだろう、九龍の素朴な疑問に答えながら、パカリと開いた携帯画面を眺める龍麻の目許は、メールの送り主が彼の想い人であるのを物語る風に、綺麗に優しく細められて、口許には微か、笑みが浮かんだ。

「いいな、龍麻さんは…………」

龍麻としては唯単に、京一が送って来た、『皆守を借りるから──』との文面に、あっちはあっちで何とかなったのかな、との安堵を思わず表情に出しただけだったのだが。

九龍はそれを、想い人からの文を喜ぶ表情、と受け取り、うっかり、刹那感じた妬きもちを、声に出してしまった。

「え? 何が?」

「京一さんと、仲が良くて」

「……そりゃまあ……確かに、仲は良いんだろうけど…………」

「ううううう……。ホントに、いいなあ……。幸せそうで、羨ましい……」

又泣き出したのか、それとも時折やってみせる泣き真似か、その何方なのか龍麻には判らなかったけれど、九龍は、龍麻と京一の仲を羨むと、ぐっすん、と盛大に鼻を啜って、ソファの上にのの字を書き出す。

「………………そういう訳でも、ないよ……」

何処からどう見ても、幸せそうで羨ましい。

そう呟いて九龍がいじければ、龍麻も、先程の彼のように、うっかり、本音を洩らした。

「まーーた、そんなこと言っちゃって。龍麻さんってば。どっからどー見たって、京一さんとラブラブなくせにー!」

「……本当。嘘じゃないんだ。残念ながらね」

「……………………何でです……?」

「…………俺と京一はさ。高三の時から、ずーーーーっと親友兼相棒同士、でさ。でも、この間話したみたいに、或る日突然、俺達は関係が変わっちゃったんだ。あのド阿呆が、試しにキスしてみないか、なんて言い出して、押しに負けて、つい、罰ゲームか何かだと思うからいい、とか言っちゃって……。……本当、馬鹿な話だよね。更には、もっと馬鹿なことにさ、そんな風に京一とキスしてみて、やっと、何年も親友やってた京一のこと、好きだったのかも知れない、って、俺、気付いちゃったんだ……。……でさ。それに気付いちゃったら、京一を、友情として好き、の部分よりも、恋愛として好き、の部分の方が大きくなっちゃって、これまで通り、親友でいたいし相棒でいたいけど、恋人でもいたい、って思い始めて、愛してる、って言って欲しくなって……。でも京一は、惚れてる、とは言ってくれても、愛してる、とは絶対に言ってくれない。……どっちでもいいみたいなんだよね。LoveでもLikeでも。って言うか、寧ろ一緒? ……あいつは、俺が『俺』であれば、それでいいみたいでさ。だから、『好き』ではいてくれるけど、愛してはくれない」

「……京一さんって、そんな曖昧な人でしたっけ………………?」

「曖昧なんじゃないよ。潔過ぎて、変なトコ融通が利かないド馬鹿なだけ。俺が『俺』でさえいれば、LoveでもLikeでも構わないだけ。俺が、京一のこと好きだから、『好き』だって言ってくれてるだけ。……でも、愛してはくれなくて。なのにさ、俺達二人共馬鹿だから、躰の関係はばっちりあって、ぶっちゃけ話で御免、なんだけど、『力』なんかがある所為で、俺と京一の組み合せだと、『そっち』の方も『普通』じゃないから、好きだろうが嫌いだろうが、他の誰かと寝るのはもう無理、な感じで、ま、俺は京一のこと愛してるからそれでもいいし、そういうことは京一とだけしたいけど、京一は、俺とだけ抱き合いたいのか、俺相手だから抱き合う処まで行けちゃうのか、判ってないみたいでね…………」

「………………………………わーお……。本当にぶっちゃけ話ですな、あにさん……」

一度堰を切った本音は、すっかり潜み方を忘れたようで、龍麻は九龍に問われるまま、赤裸々なことまで打ち明け始め、「それは、又、複雑な…………」と九龍は唸った。

「でも…………それじゃ、龍麻さんは辛いですよね……」

「……辛くないって言ったら嘘だけど…………けど、京一は、惚れてる、とは言ってくれるし、傍にもいてくれるから……。それなり、ではあるよ。葉佩君と皆守君に比べれば、贅沢な悩みなんだと思うかな……。────何か、御免ね? こんな話になっちゃって…………」

「いえ、そんなことは。…………何ちゅーか。俺も龍麻さんも、お互い、あんま報われてない同士ですねー。ハハハハハハハハ…………」

「………………自虐的に言えば、そうなるね。──葉佩君」

「はい?」

「鬱積抱えてる者同士、宴会でもする? 呑んで、あの二人の悪口でも言い立てて、憂さ晴らししようよ」

「……うぇ? 酒ですか? で、でも龍麻さん、仕事は……? 俺は、所詮似非学生ですから、どーでもいいですけど……」

「へーき、遅出だから。……という訳で、呑もう! あー、何かむしゃくしゃして来たー! 色んなことに腹立って来たー! 俺達が今夜、こんな風に暗くなったのは、京一と皆守君の所為だー! あの二人が悪いんだー!!」

「…………確かに。ラーメンマンと、カレーマンの所為ですね。────うっしゃ! 呑みましょう、龍麻さん! 愚痴、言い倒してやりましょー!!」

……そうこうする内、やがて龍麻は、思考回路の一部が焼き切れたらしく、呑んで暴れる! と言い出し、九龍も、何となくそんな気分になってしまったので。

警備員専用マンションの一室では、朝まで、即席の『愚痴垂れ同盟』二名による、やけ酒大会が開かれることになった。