──ダイニングで開かれた、『愚痴垂れ同盟』二名のやけ酒大会は、最初の内。

「さっきも言ったけどさ。高が立場の一つや二つで、皆守君のこと、諦める必要なんかないって。好きなんだから好き、それでいいって」

「OKですかねー。その勢いで、突き進んじゃっても大丈夫ですかねー……」

「大丈夫! 好きな相手のこと無理矢理諦めるよりは、遥かにマシ!」

軽ーく廻って来たアルコールの勢いを借り、年長者が年少者を諭す会話ばかりだったが。

「大体ー、卑怯だと思いませんー? ねえ? 思いますよね、龍麻さんっ! こーたろーがホントに《生徒会》関係者だったら、その絡みで俺に近付いて来たかも知れなくって! でも、こーたろーは、あんなにあんなに優しいんですよ! 世話焼きオカンなんですよ! 俺のこと庇ってくれちゃったりもするんですよ! こっちは半ば一目惚れだったっちゅーに、そんな風にされたら益々惚れますってーーー!」

「あーー、そうかもねー。それは狡いかもなー。……あはー、でもそっかー、葉佩君、一目惚れだったんだー、皆守君にー」

「一目惚れって言うか……正確には違うんですけど、何と言うかー……。……そーゆー龍麻さんこそ、京一さんの何処が良かったんですー?」

「何処……………。何処、と言われても……。…………………………強いて言うなら、全部?」

「……そう来ましたか」

「………………だって、さ。京一は馬鹿だし、難しい話大嫌いだし、考えるよりも行動しちゃえ、な直情君な挙げ句、高校の時なんて、複数のお姉様と躰の関係持ちなタラシ君だったし、将来性なんか欠片も無いし、はっきり言って碌でなしだけど! でも、優しいし強いし漢前だし、一生でも傍にいてくれるって言うしさ…………」

「くっわーーー! 惚気ですか? 惚気ですかっ!? こーたろーだって優しいですよーっ! ちょーーっと怠惰で、ちょーーっとカレーとアロマ馬鹿ですけど、頭だって顔だって悪くないし、鎖骨綺麗だしーーーっ!」

──酒の回りが深くなるに連れ、彼等のやり取りは、惚気合戦へと発展し。

「俺……こーたろーのこと、好きでいてもいいんですよね……? いいんですよねぇぇっ!? うわーーん、好きだ、こーたろーー! 出来れば、こーたろーにも好きって言って欲しいよぉぉっ!」

「判るっ!! 判る、その気持ちっ!」

「龍麻さんなら、そう言ってくれると思ってましたっ! ……ううううう、こーたろーに、《生徒会》関係者疑惑さえなければぁぁぁぁっ! 俺はもっと、前向きになれるのにーーーーっ!」

「ホントにねー、そうだよねー。皆守君が全部悪いねーーー。……俺もさー、京一があんなんじゃなかったら、ここまでへこまないのになー……」

「俺達、不憫ですよねぇぇぇぇぇっ!」

「うんっ、不憫っ! かなり報われてないっ! 馬鹿二人の所為でっ!」

「ですよね! あの馬鹿二人の所為でっ! うわーーーーーんっ!!」

────所々、記憶が飛び始めた頃には、自分達が何を喚き立てているかの自覚ないまま、何故か二人は、己達の不幸を泣きながら嘆き始め。

「…………………………………………何やってたんだ? こいつ等……。宴会か……?」

天香学園が、疾っくに動き始めた午前早く、校門を潜った所で甲太郎と別れた京一が帰宅した頃には、龍麻も九龍も、惨状、と化したダイニングのテーブルの上で、手に手を取って、突っ伏しながら爆睡していた。

酒豪の部類に入る京一でさえ、顔を顰めずにはいられなかった程、アルコール臭漂う部屋を換気して、揺すっても叩いても怒鳴っても起きない酔っ払いに見切りを付けた彼が、九龍を和室に敷いた布団に転がし、龍麻を寝室のベッドに放り込み、『部屋に九龍がいない。そっちにいるのか?』と、九龍の不在に気付いた甲太郎が送って来たメールに、適当な言い訳を書き連ねたメールを叩き送って、数時間後。

「………………で?」

「だから、そのー……。あんまりよく憶えてないって言うか……。…………御免。御免、京一っ!」

結局徹夜になってしまった京一は、寝不足全開の、この上もなく不機嫌そーな顔をして、遅出の勤務が始まった直後から、サボリを決め込む為に陣取ったマミーズの一席にて、一応、龍麻の申し開きに耳を貸していた。

「葉佩君が、可哀想になって来ちゃってさ……。色々、腹も立って来て……」

「……それで、二人してやけ酒に走った、と。…………ひーちゃん。お前、最近益々馬鹿だろ」

「昔っから言ってる通り、馬鹿に馬鹿って言われたくない」

「…………二日酔いのくせしやがって、何ほざいてやがる」

「うう、御免…………」

夕べ、二人向かった墓地で、一人遺跡に潜って行った甲太郎と、甲太郎を影から見ていた九龍に気付いて、京一は甲太郎を追い、龍麻は九龍を足止めする為、二手に分かれ……、とした後、何故、九龍とやけ酒大会に走ったかの理由を、言いたくない部分だけ端折って語る龍麻を京一はブスっと睨んで、両手を合わせ、京一を拝むようにしながらの龍麻は、唯々身を縮めて。

「……まあ、いいか。これくらいで勘弁してやるよ。っとに……、お前、いい加減酒に懲りろよ?」

「ホント、御免……。……うん、そろそろ、酒に関しては学習する…………」

「んで? 結局葉佩の奴は、皆守の隠し事に気付いてんだな?」

「…………半ば、ってトコみたいだけどね」

説教タイムは終わり、隣り合わせて座る彼等は、頭を寄せ、声を潜めて、昨夜のことを語り合い始めた。

「葉佩君は、皆守君が《生徒会》関係者なんじゃないかって疑ってる。でも、認めたくないみたいでさ。けどやっぱり、それが本当の処なんだろうって、確信もしてるっぽくって。……皆守君のことが好きだけど、敵の自分なんかに想われたって、迷惑なだけなんじゃないかー、とかも言ってた。一寸、『想いの君』のことで、煮詰まっちゃってるんだと思うよ。でも、だからって、当人差し置いて、皆守君も葉佩君のことが好きみたい、とは言えないから……。……京一の方は?」

「俺はあれから、皆守の奴引き摺って、真神の旧校舎まで行って来た」

「え、旧校舎? 又、何で?」

「……何かよー、皆守の奴も、相当、頭煮えてるみてぇだったからさ。何も考えられなくなるまで体動かしゃ、ちったあ口も軽くなるんじゃねえかと思って行ってみたんだ。四十階くらい潜ったんだったかな。んで、突っ突いてみたら白状した。……あいつには、どうしても自力じゃ剥がせねえ『肩書き』があるんだと」

「………………どんな?」

「立派な肩書きだぞー? 《生徒会副会長》」

「うわーーーー………………。マジで……?」

「マジ。……あの遺跡──皆守は《墓》っつってたけど、あそこは大昔から、《生徒会》が守り続けて来たらしい。《墓》を侵す者を排除せよ、それが《生徒会》の絶対の掟だ、とも言ってたな」

「……ってことは、葉佩君が、あのまま、あの遺跡だか《墓》だかを調べ続けちゃえば…………」

「あの二人は、何時かぶつかるってことだ。………………ったく、何でこんな厄介なことになっちまったんだか……。遺跡だの《墓》だの、んなこた、俺等にはどうでもいいことだってのに。ま、ここまで足突っ込んじまった以上、今更、ガキ共のこと見捨てるつもりはねえけどな」

ヒソヒソ声での二人の『報告会』は、『玩具を可愛がるお兄さん達』の頭上に、暗雲立ち籠めさせるような内容にしかならなく。

只、『一寸した目的』の為に天香に潜り込んで、宝探し屋な彼と接触を持ってみただけだったのに、随分と話が複雑になって来た、と京一も龍麻も、揃って憂い顔を拵えた。

「それにしても……。選りに選って、副会長さんとはね……。そりゃー、葉佩君とのこと悩むやねー。立派過ぎる肩書きだもんなあ……」

「まあな。……だけど、だからって、それっぽっちのことで、あいつ等が好き合えねえ道理なんざ、何処にもねえんだからよ。それはそれ、これはこれ、って奴だろ。葉佩の奴は、煮詰まり切っちまえば開き直るだろうから、後は皆守の、あの、ひたすら後ろ向きな質さえ何とかなりゃ、案外、丸く収まるんじゃねえの?」

「そうかなあ…………」

「何だよ、ひーちゃん。何か、思うことでもあんのか?」

「俺だってさ、立場云々で好きな相手のこと諦めるなんて、って葉佩君には言ったけど。皆守君が、副会長だって言うなら、多分、色々諸々、根深いよ」

やれやれ、と頭を掻きながらも京一は、それでも多分、何とかはなる、と明るい未来を想像したが。

彼とは対照的に、龍麻は、それまで以上に難しい顔を拵えてみせた。