「あいつって? どっち?」

「蓬莱寺」

「一寸、意外だけどね。でも、あの二人だってフツーの人達なんだし」

余りにも感慨深気に甲太郎が言うものだから、甲太郎は京一のことを、超人か何かと思い込んでいたのだろうかと、九龍はけらけら笑った。

垣間見たことしかないから、実際の処、どれ程なのか彼には未だ判らないけれど、京一と龍麻は間違いなく、異形と戦うことに掛けては文字通り『人外』で、でも、中味は何処までも普通の青年だ、と一頻り笑いを零して…………ああ、そうか、と。

彼は、唐突に笑いを引っ込めた。

──あの二人とて、恋や愛に、人生に悩み苦しみ、それでもきっと、二人して、共に在る路を模索しながら、この一年半、何とか歩いて来たのだろう。

そして今尚、何とか歩いているのだろう。

……そうだ。

悩むなんて、誰にだってある、当たり前の、当然のことだ。ドツボに嵌まるのも。

悩みの種類や、大きさが、人それぞれ違うだけで、誰だって。

だったら、自分が悩むのも苦しむのもドツボに嵌まるのも、当たり前で、当然で。

極々、普通のことだ。

悩みながら、苦しみながら、甲太郎のことを想い続けることも。

極々、普通の。

────唐突に、笑うことを止めた九龍は、ふっ…………と、そう思って。

やっと、確かな実感として、甲太郎を想い続けること、それが、決意として彼の中に降って来た。

『見本達』に言われた言葉からではなく。開き直りで、無理矢理そう思い込もうとしたのでもなく。

形あるモノを掴むが如く、自然に。

「ふむ………………」

「……何だよ。笑ってたと思ったら、急に真顔作ったりして。おかしな奴だな」

「あっはー。自分でも、そう思うよ。……いいじゃん。人間なんだからー、そういうこともあるー、ってことで。──さって。もう一遍、寝よっと。……今日は有り難うな、甲太郎っ」

「あ? ああ。…………もう二度と、馬鹿な真似するなよ。俺のいない所で呑んだりするな。それから、今夜は『夜遊び』は止めとけ」

「うん、そうする。大人しくしてる。…………嘘じゃないよ?」

「当たり前だ。──じゃあな。お休み、又明日、な」

コロコロと表情を移り変わらせた果て、納得の呟きを洩らした九龍を、相変らず訳が判らない、と呆れながら甲太郎は眺め、小言を二、三垂れ。

お休み、と部屋を出て行った。

ラベンダーの残り香を置いて、隣室に戻って行った彼の気配が消えるのを待ち。

「甲太郎っ。好きだぞーーーっ!」

頭から被った布団の中で、九龍は、抱き抱えた枕に向かって叫びながら、アルコールを完璧に抜くべく、再び眠った。

十月十七日 日曜。

午後早く、京一と龍麻に招集を掛けられた『知恵袋』達が、彼等の部屋を訪れた。

余程の例外を除き、部外者立ち入り禁止である筈の天香学園だが、京一や龍麻や、彼等の仲間内に、何人なんぴとがそんな『法』を振り翳してみても無意味この上無く。

『知恵袋』達は、友人達のマンションを極普通に訪ねるように、学園の正門を、その部屋の敷居を、跨いだ。

「……劉と雛乃ちゃんや、如月は、まあ……いいとして。アン子、何で、お前までいんだよ」

呼び付けたのは、当代きっての陰陽師な御門清明と、『新宿の魔女』として名高い裏密ミサの、二名だけだった筈なのに。

何故か、劉弦月や、織部雛乃や、如月翡翠の顔もあって、更には、或る意味では京一の『天敵』の一人、遠野杏子もおり。

何で、六名様の団体になってやがんだ? と玄関にて彼等を出迎えた京一は、ムスっと拗ねた顔を作った。

「何よ。あたしがいちゃ悪いとでも言う訳? ──ミサちゃんから話聞いたのよー。あんた達に呼ばれたから、天香に忍び込む、って。滅多にない、そんな美味しい話、あたしが逃す筈無いじゃない!」

「……っとに…………。来ちまったもんはしょうがねえけど、あんま騒ぎ立てんじゃねえぞっ」

明らかに、迷惑、という表情を京一が拵えても、杏子は、おほほ、と高笑いを返してみせ、大仰に溜息を付き、渋々彼は、彼女をも中へと通した。

「ひーちゃん、連中来たぞ!」

「うん、判ってる。いらっしゃ……──あれ? 何で六人? …………うっ。座布団もカップも足りないっ」

出迎えを京一に任せ、キッチンで茶の支度をしていた龍麻は、ダイニングのドアからひょいっと廊下へ首覗かせ、ひー、ふー、みー、と仲間の数を数え、予想外の人数に焦り、中へ引っ込んだ。

「アニキ! 気ぃ遣わんといてぇな」

「龍麻様、わたくしもお手伝い致しますわ」

慌てて支度を整え直しに向かった彼を手伝う為、劉と雛乃が後を追い掛け。

「何で、こんなに団体さんになったんだよ」

一先ず、残りをリビングに突っ込んだ京一は、御門と如月を見比べた。

「この東京の妖しに関する話になるかも知れないと、私に連絡を寄越した時、緋勇が言っていましたから。如月と雛乃さんにも声を掛けたのですよ。『この街の封印』にも絡むかも、と思いましたので。劉と遠野さんは、付録です」

女性二人にソファを譲り、ダイニングから勝手に椅子を持って来てさっさと腰掛けた御門は、しれっと答え。

「紅葉にも声を掛けたんだが。仕事があるとかで」

如月は、リビングの片隅に積まれていた座布団を一枚失敬して、姿勢正しく座った。

「……そこまで大仰な話にゃなんねえぞ?」

彼等の言い分を聞き、何を勝手に、と京一は苦笑したが。

「まあ、いいじゃん」

劉と雛乃に手伝って貰い、やっと人数分のコーヒーを淹れ終えた龍麻は、今更、と笑いながら、カップを配り始め。

「そりゃ、そうだけどよ」

「賑やかな方がいいよ。難しい話始まっても、寝ないで済むし」

「…………確かに」

呼び付けておいて、その発言は如何なものか、と御門が盛大に顔を顰めるようなことを、彼はさらっと言った。

「処で〜、噂の彼は〜? 葉佩く〜ん、って子〜」

「ああ、そろそろ来ると思うよ。皆守君って相棒と一緒に。もう一寸待ってて。御免ね? 裏密さん」

「皆守? その子も、宝探し屋なの?」

「ううん。遠野さん、そうじゃないよ。葉佩君の、同級生」

「まあ。お二人にお会いするのが、楽しみですわ」

あーだこーだ言い出した男性陣を他所に、女性達が、噂の少年、九龍がやって来るのを楽しみに待ち侘び始めた処へ。

「こんにちはーーーー!」

「邪魔するぞ」

丁度、九龍と甲太郎がやって来た。

……まるで、この、一癖も二癖もある一団の中に自ら飛び込む、生け贄のように。