前日、メールにて、話があるから日曜の午後に来い、と。
京一達に、事情一つ教えられぬまま呼び付けられた九龍と甲太郎は、約束通り訪れた部屋の、続き部屋風になっているリビングとダイニングに居並ぶ大人達の一団に驚き、気後れしてしまった風に、二人揃って、リビングの隅の方にちょこんと座った。
そんな少年達へ、龍麻と京一が大人達を紹介し、大人達へは二人を紹介し。
九龍は元気良く、宜しくお願いします、と一礼し、甲太郎は無言のまま軽く頭を下げた直後。
「あ、れ………………?」
おやぁ? と九龍が、御門とミサの顔を見比べ始めた。
「九龍? どうした?」
「ああ、御免、甲太郎。大したことじゃないんだけど……。──……あのー。俺、御門さんと裏密さんに、何処かでお会いしたことありません……?」
「いいえ、お会いするの『は』初めてですよ」
「ミサちゃ〜んも、会うの『は』初めて〜。う〜ふ〜ふ〜……」
何を悩む? と見下ろして来た甲太郎に一瞬だけ視線を送り、彼は、再びまじまじ御門とミサを見遣り、見遣られた二人──御門はしれっと、ミサは相変らずの『魔女笑い』で、彼に答えた。
「会うの『は』?」
「……正体バラして問題無いなら、白状してあげなよ、二人共。って言うか、教えちゃうよ? ──葉佩君。御門はね、関東以北の陰陽師を統べてる、御門家の第八十八代目の当主で、御門グループの社長で、宮内庁陰陽寮の頭領なんだよ。で、裏密さんは、『新宿の魔女』って呼ばれてる、プロの占い師でね」
だから、益々九龍は二人を凝視し、年下をからかわない、と龍麻が助け舟を出した。
「………………えっ!? じゃ、じゃあ、お二人共、俺のお得意様ですかっ!? うわああああ! 何時も、お世話になってます!」
「こちらこそ。貴方の仕事が早いお陰で、色々と助かっていますよ」
「又〜、今度も宜しくね〜〜」
「お得意様?」
「ほら、甲太郎、あれだよ! クエストの依頼人の!」
「…………ああ、あの、イカれ──」
「──黙る! 黙れ、こーたろー!」
御門とミサが、自分とロゼッタの上客だと知らされ、大慌てで頭を下げた九龍は、ずばっと、イカれた依頼をして来る、と言い掛けた甲太郎の口を、バシンと塞いだ。
「イカ?」
「何でもありませんっ、御門さんっ! 甲太郎の言うことは、気にしないで下さいっ!」
「で、如月は、『JADE SHOP』と亀急便のオーナーで、劉は、ルイ先生の実の弟で、雛乃さんは、織部神社の巫女さんで、劉の恋人でもあって、遠野さんは、ルポライター」
少年二人が、部屋の隅でワタワタ、小さな騒ぎを繰り広げ始めたのを他所に、龍麻は、仲間達の正体ばらしを続け。
「『JADE SHOP』と亀急便? あの時代錯誤も甚だし──」
「──だから、頼むから黙れ、こーたろーーーーっ!」
「皆守はんは、正直なお人なんやな。──そらそうと、いい加減、本題に入らんか?」
甲太郎以上に失礼なことを、さらっと劉は言って、騒ぎに区切りを付けた。
「本題? 本題って、何ですか?」
「あ、そうか。お前等にゃ、何にも知らせねえで呼び付けたんだった。──ここにいる連中は、アン子と俺等以外は全員、オカルトや、陰陽道や、神道や、符術や、風水なんかの専門家でよ。あの遺跡の正体を探るのに、知恵貸して貰えるんじゃねえかと思って呼んだんだ。……そういう訳だから、葉佩。ちょっくら、遺跡に付いて、判ったことだけでいいから、こいつ等に話してみな」
「お、成程。そういうことだったんですか。……じゃあ、遠慮なく」
劉が話を切ってくれたお陰で、日曜午後の集まりは、やっと本題に突入し。
京一に、簡単に事情を語られて九龍は、『H.A.N.T』片手に遺跡の話を始めた。
以前月魅に教えて貰った、天香山──天を欠く山、の話も、天香遺跡が、日本神話をなぞるように作られていることも、内部の詳細も、化人達のことも。
己の知る限り、全て。
「あ〜〜……」
「そうでございますか……」
「……成程……」
すれば、話を聞き終えた途端、ミサと雛乃と御門が揃って、何かを会得したように呟いた。
「えっ? 皆さん、もう何か判ったんですか?」
「それはね〜〜、『呪い』よ〜〜」
「ええ。恐らく、呪術の一つですわ」
「それ以外、我々には考えられませんね」
詳細に語ったとは言え、何処までも駆け足の説明だったのに、三人は、一体何を理解したのだろう、と九龍は驚きを隠せなかったが、事も無げに三名は、口を揃えて、『呪術』、と言い出した。
「呪術…………?」
「……あの遺跡は《墓》だと、《執行委員》達は口を揃えて言ってる。《墓》が、何で呪術なんだ? 何で、《墓》に呪術なんか」
が、九龍は首を捻り、甲太郎は納得いかなそうに、問いを放った。
「神道は〜、ミサちゃ〜んの敵〜。雛乃ちゃ〜んが、専門〜」
「……私も、専門は祓う方ですが……。──古神道の基本典籍である記紀神話を繙きますと、既に、呪詛に関する言葉が数多く見られます。記紀の神典には殆ど、その方法は記載されておりませんが、人形──呪う相手の偶像を作って成す法が大抵で、皆様もご存知でいらっしゃる、藁人形を使って行う『丑の刻参り』、あれも、そう言った呪法の一つですわ。……要するに、我が国の呪術は、古の昔から、『見立て』が主流なのです」
「見立て……、ですか」
「はい。そうですわ、葉佩様。人形を、呪う人間に見立てる。又は、古事記にあるように、造り上げた品を、呪うモノに見立てるのです。……葉佩様から伺った天香遺跡は、その『見立て』と同じことをしていると、私には思えます」
「…………何故、そう思われるんです?」
「理由は、幾つかあります」
ミサに促された雛乃がした『見立て』の話を、御門が引き継いだ。
「一つは、天香遺跡が《墓》とされていること。《墓》は《墓》である以上、ナニモノかが葬られていなければなりません。遺跡は、記紀神話に準えて建造されているのですから、葬られているナニモノかが、尊きモノと位置付けられているならば、そのモノは、天地開闢より始まるパターンを辿る記紀神話の先に戴かれている筈で、天香山と等しい名を持つ《墓》を、地中深くを目指すように設える理由は何処にも生まれません。ですが、貴方の話を伺う限り、遺跡は、どう考えても地中が『頂点』となるべく風に造られているようです。……と言うことは。《墓》に葬られているナニモノかは、記紀神話、という『見立て』の呪術を用いて、《墓》の奥深くに封印されている、と考える方が妥当です。……これが、私達が、呪いだ、と考える理由の一つですね」
「成程…………」
「神話を辿る、ということは、神話を語る、ということです。それは、即ち、『草木物言う』と同じで、アニミズムの一つであり、言霊信仰です。だから、天香遺跡は、記紀神話にて語られる神々の『偉業』を以て、ソレを恐れるモノを祓い、調伏している場所、そう考えられなくもありません。記紀神話より発祥している神道は、祓いの宗教と言われる程、祓いを重んじます。神事の前に必ず唱えられる祓詞
「……うっ。それは遠慮させて下さいっ!」
時折、白扇を閉じたり開いたりしながら御門が語った話は、途中から、九龍でも遠慮したい程専門的になって行って、その先は結構です! と九龍は彼を遮り。
「うーーーんーーーーーーー………………」
ふうん…………、と『H.A.N.T』を弄りながら、少しばかり納得いかなそうに、考え込み始めた。