「……京一。俺、寝ていい……?」

「俺は、疾っくの昔にギブアップしてるぞ、ひーちゃん。……判んねー……。興味も持てねー……」

ベランダに面したサッシに凭れ、話に付いて行けない、と聞くことを放棄した龍麻と京一を尻目に。

「承服出来兼ねるようですね、貴方は」

「あ、いえ。そういう訳じゃないんですが…………」

御門と九龍のやり取りは、未だ続いた。

「何か……益々判らなくなって来ちゃって」

「何がです?」

「俺は、ロゼッタに、天香学園に《超古代文明》にまつわる遺跡を発見したから、探索して来いって要請されたんです。ロゼッタがそう言って来たってことは、あの遺跡には、《超古代文明》が生み出した《秘宝》がある筈です。そうでなかったら、探索して来い、なんてロゼッタは言いません。………………だから、《超古代文明》と、《秘宝》と、記紀神話を『見立て』に使った呪いとが、どう関係して来るのかな、って思って……」

「それは、我々が専門とする分野の話ではなく、宝探し屋である貴方の専門分野です。我々は、我々の見地から意見を述べただけのこと。後のことは、貴方がお考えなさい」

「……おおう。それはそうですね。──有り難うございました、参考になりました!」

「ん? やっと、鬱陶しい話は終わったか?」

「うん、そうみたい」

参考にはなったけど、一層頭がこんがらがった、と悩みつつ御門に九龍が頭を下げれば、ぼーーーっ、と窓の外を見ていた京一と龍麻が、元気を取り戻した。

「で? 結局、あの遺跡の正体は何だったんだ?」

「その辺、掻い摘んで教えて貰えると嬉しいなー」

「………………貴方達は、私達の話を、これっぽっちも聞いていませんでしたね?」

簡潔に、結論だけを言え、と迫って来た二人に、御門は冷たい一瞥をくれる。

「小難しい話なんざ聞いたって、判んねえんだよ。な? ひーちゃん」

「うん。俺達じゃ。もーちょーっと、賢く生まれてれば話は別だけど」

「君達の場合は、賢いとか、賢くないとかいう以前の問題だな。……結論など出ていない。単に、この学園の遺跡には、『何か』を封ずる為の呪術が施されているかも知れない、という推測が立っただけでね」

が、希代の陰陽師が注いで来る、氷の視線も何のその、ケロっと二人は言い切って、溜息を零しながら、如月が話を纏めた。

「ふうん……。あれだけの規模で、呪い、かあ……」

「呪い、ねえ……。要するに、鬱陶しい古臭ぇ代物ってことか」

「……流石と言うか、何と言うか。あれを、鬱陶しいと古臭いで済ますの、京一くらいだよ」

「それ以外の何モンでもねえだろ。俺に言わせりゃ、馬鹿馬鹿しいの一言だ。誰かなんだか、何かなんだか知らねえが、あんな風にして盛大に呪うくらいなら、とっとと、始末でも何でもしちまえば良かったんじゃねえ? その方が、よっぽど清々する。あれを造った連中は、何でそうしなかったんだろうな」

遺跡の正体に関する結論は、当分出そうにない、と教えられ、あからさまに詰まらなそうな顔になった『大の大人』二人は、誠、好き勝手を言い出し。

「…………………………俺、龍麻さんが、京一さんは野生の勘で生きてる、って言ってたの、今、本能のレベルで理解出来ました」

「俺もだ。……悪い意味で、偉大だな、あんた」

ポロッと京一が言ったことに、九龍と甲太郎は、揃って目を剥いた。

「あ? 何だ? お前等。俺のこと、然りげ無く馬鹿にしてねえ?」

「五つも年下の子達に、そんな風に言われちゃたら、形無しよねえ、京一」

「確かに京はんは、野生の勘だけで生きとるからなー……。言われてもしゃあないんちゃうか?」

「黙れ、アン子っ。劉、お前もだっ!」

呆れながら感心し、感心しながら呆れる少年達の様子に、杏子は笑い始め、劉はうんうんと深く頷き、そんな二人に京一が噛み付いた隙に。

「何で?」

「『野生の勘のお告げ』通り、始末しちゃえば良かったんですよ。鬱陶しい方法で、封印するくらいなら」

「なのに、わざわざあの遺跡を造ったのは、始末することすら出来なかったから。……そういうことなんだろう? 九龍」

「うん。始末出来なかったか。それとも始末したくなかったか。……どうしても、始末出来ない、したくないモノがあるから、わざわざ…………。そっか、その辺が、きっとあそこの《秘宝》の正体の、ヒントなんだ。…………有り難う、『野生の勘のお告げ』」

「だから、生きてる人間を拝むなっつってんだろうが」

龍麻と九龍と甲太郎は、膝付き合わせて言い始め、九龍は京一をしみじみ拝み、甲太郎は、縁起でもない、と彼の頭を引っ叩いた。

「二人共〜、京一く〜んよりも、頭いいわね〜」

「…………裏密、てめぇもか」

「だって〜、本当のことよ〜」

「止めときなよ、京一。反論するだけ無駄だから」

だから、リビングとダイニングに詰め込まれた一団を包む空気は、賑やかなものになって。

「……あ、もうこんな時間。──葉佩君。皆守君。一寸、お願いがあるんだけど、いいかな?」

雰囲気を鑑み、ちらり、と壁の時計に目をやった龍麻は、ぼそぼそ、少年二人に『遣い』を頼んで、態よく彼等を追っ払った。

「アニキ? あの二人に何頼んだん?」

「買い出し。少しだけ、席外して欲しかったから。────という訳でね。あの二人が、宝探し屋の葉佩君と、バディの皆守君。…………俺も京一もあの二人のこと気に入ってるし、絶対に、悪い子達じゃないのは保証するけど。……なーんで、未だに葉佩君のこと気になりっ放しなのか、判んないんだよね」

何やら手渡され、やけに大人しく説明に耳を貸した二人が出て行くのを待って、龍麻は一同へ向き直る。

「……こればかりは、私には何とも」

「僕も特に、思うことはないな。少々氣がおかしい皆守君の方は兎も角、葉佩君は極普通の少年のようだし」

「私もです。取り立てて、これというような処は見受けられませんわ」

「わいも、やなあ……。宝探し屋なだけで、何処にでもおる少年やないん?」

どんな感じ? と小首を傾げる彼に、御門、如月、雛乃、劉の四人は、何も思い当たらない、と答え。

「………………んーーーーー……」

『おまけ』だった筈の、杏子が、意外にも首を捻った。

「さっきから、ずっと考えてたんだけど……。……あたし、どっかであの子の顔、見たことある気がするのよ。何処でだったかしら……。少なくとも、最近の話じゃない筈なんだけど……」

「そんな筈ねえよ。あいつ、九月に日本に来るまでずっとカイロで暮してたって、そう言ってたぜ?」

「でも、確かに記憶にあるの。何処かであの子のこと見てる、って。…………いいわ、後で調べてみる。あ、それから、皆守君なんだけどね。もしかして、あの子の実家、病院じゃないかしら」

ぼんやりでしかないけれど、九龍の顔に見覚えがある、と言う彼女に京一が異議を唱えたが、記憶に間違いはないと杏子はきっぱり宣言し、大きなショルダーバッグの中から、ノートパソコンを取り出しインターネットに繋ぎつつ、今度は、甲太郎のことを言い出した。

「俺は知らないなあ……。そういう話、したこともないし。……京一は?」

「いや、俺も」

「多分、間違いないと思うわ。──ここよ、あの子の父親の病院」

そうして彼女は、そんな話は聞いたこともなかった龍麻と京一に、開いた、と或る病院のHP画面を見せる。

「………………げ。ここ、俺でも知ってんぞ……?」

「ここって……新宿で一番有名な個人病院、だよね。……皆守君、お坊ちゃんだったんだー……」

杏子が見せてくれたページで紹介されている病院は、新宿生まれの新宿育ちな京一は固より、十七の年に新宿に越して来た龍麻でも聞いたことのある、大病院だった。

確かに、何処となく甲太郎の面影がある、皆守、という名字の院長の近影も載っていて、あいつは医者の息子でボンボンだったのか、と二人は馬鹿面を晒し。

「……未だ当分、あんた達が、葉佩って子にも、皆守って子にも関わるつもりなら、気を付けた方がいいわよ」

唖然とするばかりの二人へ、杏子は、少々声を潜めた。