それこそ、空を流れる雲のような、掴めそうで掴み得ぬ、が、意味深長ではあった雰囲気の中、甲太郎との昼休みを終えて、九龍は一人、こそこそと校内を彷徨い始めた。

盗人活動に勤しむ為に。

だが、屋上での甲太郎は、一体、何を言いたかったのだろう、と考えながらの盗人活動は、どうにも鈍りがちで。

三階の踊り場で、右目に眼帯をし、袴姿の腰に木刀を差した少年に立ちはだかられても、何処となく彼は、ぼうっとしていた。

「お初お目に掛かる。拙者、参之『びい』に世話になっておる、真里野剣介と申す。つかぬことを訊くが。お主の名は?」

「え? あ? あ、俺? 俺は、葉佩九龍。宜しく!」

参之『びい』、と言うからには、三年B組の生徒なのだろうが、その、制服ですらない着物姿は、生徒としてどうなんですか? と思いつつ、眼前にぬっと現れた真里野に、九龍は慌てて名乗った。

「葉佩九龍────やはり、お主がそうか」

「へ? やはり? って、真里野……。…………ああああ、明日香ちゃんが何時だか言ってた、剣道部の主将の!」

「そうだ。──噂によると、お主、随分と腕が立つそうだな? その腕に敬意を表し、拙者も堂々と素性を明かして進ぜよう。剣道部の主将というのは、世を忍ぶ仮の姿。拙者の真の姿は、《生徒会執行委員》。つまり、お主がここまで戦って来た者と同じ《力》を与えられた者よ。同胞はらからが倒されていくのを見て、お主と手合わせをしたく、ここまで参った次第だ。どうだ? 拙者と一勝負しては貰えぬか?」

考え事を、一旦頭の隅に追い遣り、元気良く自己紹介をした彼へ、真里野と名乗った少年は、本当に正々堂々、自らの正体を明かした。

「えーー……。あー……。──お主が、如何にしても立ち合いを望むと申されるなら、拙者とて受けて立つのは吝かではないが。お主が、何者から如何なる噂を聞き及んだのか拙者には判り兼ねるし、一勝負、と申されても、拙者は、剣士でも武道家でもない故に、その申し出、即答はし兼ねる。──……ってな処で、どーでしょーか?」

「………………要するに、断る、と?」

「断るとか、そんなんじゃなくってー。……あのね。そっちが正直に正体明かして来た以上、誤摩化したって仕方無いんだろうし、真っ向勝負には真っ向勝負でお返ししたいんで、俺も言うけど。俺は、宝探し屋な訳ですよ、旦那。宝探し屋の仕事は宝探しで、戦うことじゃないのですな。俺はね、《執行委員》の皆と戦いたくて戦った訳じゃないんだよ? 戦わなきゃ先進めないから戦っただけ。だからねー、立ち合いって言われてもねー。…………お、そうだ。一勝負ってことなら、とっても噛み応えのある剣士を紹介するけど? ホントーに、噛み応えあると思うよー?」

「それは、お主の理屈であろう? 我々《執行委員》が通すべき筋はそうではない。どうあっても、お主には拙者と手合わせをして貰う。──今夜、暮れ六ツ半、《墓》の奥で待っておる。別に、仲間を連れて来ても構わぬぞ? これは、『死合い』故、お互い正々堂々と悔いの残らぬように遣り合おうではないか。では、御免」

「えーーー。俺の言い分は無視ですかー……って、あ、一寸! 真里野! 真里野殿ーーー! ……あーあ、行っちゃったよ…………」

《生徒会執行委員》である、と。

自ら告白した真里野は、九龍に『立ち合い』を申し込み、断ることは許さぬと、半ば強引に段取りを伝え、さっさと去った。

「…………まあ? 俺の理屈がどーだろーと? 向こうが《執行委員》だって言う以上、戦わなきゃ駄目なんでしょーけどねー。でなきゃ、遺跡の奥、進めないもんなー。……っとに、面倒臭い構造だなー、あの馬鹿遺跡! 何なんだよ、このRPGチックな展開はーーっ! …………ん……? あれ……? そう言えば……本当に、何でなんだ……?」

廊下の角を直角に曲がる、武士の鏡のような真里野の背中を見送って、九龍はブーブー文句を垂れ、ふ、っと。

自分で自分の科白に、首を傾げた。

「あれ? 九チャン? どうしたの? 真剣な顔しちゃって。あっ、判った。もしかして、あれでしょ? ツチノコのこと考えてたとか?」

三階踊り場のど真ん中に突っ立って、九龍が首を傾げ続けていたら、そこへ、明日香がやって来た。

「お。明日香ちゃん。……あー、まあ、そんなとこ?」

「やっぱりね。そうじゃないかと思ってたんだ! 月魅や皆守クンは止めておけって言うけど、捕まえないまでも見てみたいよねー。何てったって、謎の生物だし。謎を知りたいと思うのは、人間の本能じゃない?」

……今日の明日香は、全てがツチノコに繋がっているようで。

ふーむ、と悩んでいた九龍の表情を、ツチノコに思い馳せていると捉え、勢い込み出した。

「謎……は、知りたい。うん、知りたい。目の前に、知れることが転がってるなら、知りたい。……そう、それは明日香ちゃんの言う通り、ヒトの本能! ビバ・本能!」

「うんっ。そういう気持ちって、止められないよね!」

決して、ツチノコを捕まえたいとか、ツチノコの謎を知りたい、とは思わないが、『謎』は確かに知りたいと、九龍は、無駄に熱血を滾らせ、明日香も、更に盛り上がり。

「泥棒だぁぁぁぁっ! 誰かそいつを捕まえてくれっ!!」

が、二人の熱血に水を差すように、廊下の向こう側から悲鳴が上がった。

「ん?」

「そいつ、天香うちの教師じゃない!!」

「先生じゃないって……? あっ。もしかしてこの前、ヒナ先生がホームルームで言ってた不審者?」

悲鳴の正体はどうやら、学内に不法侵入した何者かへ、生徒達が放ったものらしく。

「一寸、御免よ。お嬢ちゃん」

本当に、学園にそんな人が忍び込んでるの? と首を傾げた明日香の脇を、悲鳴が上がった方角より駆けて来た何者かが通り抜けようとした。

「………………あーーーーーーーーーっ! 宇宙刑事!」

──姿見せた不審者は、『女子寮にての、異星人襲来事件』の際、九龍と甲太郎が行き会った、鴉室という名の探偵だった。

それに気付き、九龍は大声を出し。

「ん? 少年、君は何時ぞやの──

「おいっ、こっちだっ。階段を下りてったぞ!」

「ま、拙いっ!! じゃあな、少年!」

鴉室も九龍に気付いたが、追っ手の声に、探偵は又走り出した。

「そうか……。あの時、茂美ちゃんの方で一杯一杯になっちゃって、宇宙刑事のこと、『本職』に言うの忘れてた。宇宙刑事に会ったことも、忘れてたもんなー。失敗、失敗」

「宇宙刑事だか何だか知らないけど、九チャン、追い掛けよう!」

「あ、うん」

鴉室と邂逅したあの夜は、朱堂のことで手一杯で、彼と出会ったことすら忘れていた、としみじみする九龍を、明日香が急き立て、何はともあれ、と二人は、鴉室の後を追った。

階段を駆け下り、二階の廊下を曲がって行った宇宙刑事に追い縋るべく、九龍は走るスヒードを上げ。

「ええっと、先ずはD組から本を回収して……」

「月魅、危ない!」

「え? きゃああああっ!」

「うわっ!」

タイミング悪く、一つの教室から出て来た月魅と、明日香の制止虚しく、彼はぶつかる。

「一寸、大丈夫、二人共?」

縺れ合うようにして廊下に倒れ込んだ九龍と月魅の傍らに、明日香は慌ててしゃがみ込んだ。

「あーっ、逃げられちゃう! 九チャン、月魅はあたしが見てるから、何時までも倒れてないで、早くあいつを追い掛けて! あ、ほら、九チャンが何時も持ってる奴、落ちてるよ!」

余程激しくぶつかったのだろう、頭も視界もくらくらする、と思いながら、明日香に捲し立てられつつ何とか起き上がった九龍は、落ちている、と言われた『H.A.N.T』を拾い上げ、再び、鴉室の後を追った。