「入りたまえ。葉佩だろう? …………おや? 七瀬ではないか。間違えてすまなかった。……おかしいな、確かに葉佩の氣を感じたのだが……」
「……うわあああああ、ルイ先生ーー! やっぱり判って貰えそうーーー!」
「何だ……?」
──軽くノックし、保健室に足踏み入れれば、在室だった瑞麗は振り返りもせず、葉佩、と呼び掛け、その後、視界に捉えた姿が月魅であったのに首を傾げたので。
九龍は、涙目で彼女に事情を訴えた。
「七瀬と体が入れ替わった?」
「はいー……」
「では、君は、七瀬の体を持つ葉佩九龍だ、と。成程……。やはり、私がさっき感じた葉佩の氣は、勘違いではなかったということか……」
「そういうことです……。うううう……。甲ちゃんも信じてくれなかったんですよ……。これで、ルイ先生にも判って貰えなかったらどうしようかと……」
「信じるさ。私には、人の氣が読めるからな」
「うっうっうっ。ルイ先生が、偉大で良かった……。……処で、俺、元に戻れますかね……?」
「…………ふむ。専門的な話は今は省くが、戻れる、と私は思っている。霊魂と肉体は、常に同一とは限らぬからな。興味深い事例ではあるが……兎に角、葉佩。君は七瀬を探せ。入れ替わった時と同じ方法を試せば、あるいは元に戻れるかも知れない。それから、このことは、余り人には話さない方がいい。君を──葉佩九龍を狙っている者が、この学園にはいるようだからな。何故、君が狙われなければならないのか、その理由は敢えて訊かないが、君の体を借りているのが七瀬だと判れば、今まで様子を見ていた者達も襲い掛かって来ないとは限らない」
「……そうですね…………。でも、判りました。月魅ちゃん探してみます! 有り難うございます、ルイ先生! で、ですね。ルイ先生。月魅ちゃんのこと保護して貰えませんか? 先生が心配してくれたようなことが、本当にあるかも知れないんで、月魅ちゃんにはどっかに隠れてて欲しいんですけど、俺の姿で女子寮、って訳にはいかないと思うんで」
「判った。取り敢えず今夜は、私が七瀬を預かろう。彼女を探せたら、保健室に来るように伝えてくれ」
「はい、判りました! じゃ、ちょっくら行って来ます!」
切々と訴えた事の成り行きを、瑞麗はすんなり信じ、アドバイスもくれたので、うるうるうるっ、とひたすら涙目で彼女に感謝を告げ、九龍は、月魅を探すべく、保健室を出た。
保健室で、九龍が瑞麗に、泣きべそモードで事情を訴えていた頃。
早退するつもりでいた甲太郎は、昇降口へと進めていた足を、三年C組の教室へと戻した。
馬鹿馬鹿しく、質の悪い冗談だとは思ったが、自分は七瀬ではなく九龍だ、と言った『彼女』の必死さがどうにも引っ掛かって、教室に九龍がいるかどうか、確かめたくなったので。
「……あ、皆守クン。九ちゃん知らない?」
そんな彼が、教室へ一歩入るや否や、明日香がすっ飛んで来て、彼が問おうとしたことを、逆に尋ねて来た。
「俺も、探してる。あいつ、知らないか?」
「知らないから訊いてるんじゃないかー! んもー。何処行っちゃったのかなあ……」
「…………あいつに、何か用か?」
「それがねー。昼休みの終わり頃に、あたしと九チャンで、革ジャン着た不審者のおじさん、追い掛けてたのよ。そしたら途中で九チャンと月魅がぶつかっちゃって。……でね、九チャンも月魅も、急におかしくなっちゃったの!」
「おかしく?」
「うん。月魅の面倒はあたしが見るから、って、九チャンにおじさんの追跡続けて貰おうと思ったんだけど、何でか追い掛けたのは月魅で、月魅ってば、九チャンが落とした、ほら……九チャンが何時も持ってる機械、あれまで拾って行っちゃってさ。九チャンは九チャンで、気付いた途端どっか行っちゃって、そのまんま、五時限目終わっても教室戻って来ないし…………。だから、二人共心配でね」
「まさか…………、さっきのあれは、全部本当のことなのか…………?」
何故、九龍を探すのか、その理由を明日香は語り、先程の『彼女』の話と、明日香の話に食い違いがないことを知った甲太郎は、漸く、顔色を変えた。
「皆守クン、何? さっきのあれって?」
「……何でもない。俺は、早退するから」
「え、あ、一寸っ! んもうっ。九チャンいないと直ぐそうなんだからー!」
到底信じることが出来なかった『彼女』の話は、ひょっとしたら全て本当のことかも知れない。
……そう気付き、早々に踵を返した甲太郎は、明日香の声をBGMに、足早に廊下を抜け、保健室へ向かった。
京一達との付き合いのお陰で、甲太郎も九龍も、一般生徒達よりはカウンセラーの正体を知っているから、瑞麗に相談に行ったかも、と。
が、保健室には瑞麗しかおらず、未だ半信半疑だった彼は、「九ちゃん、来てないか?」とだけしか彼女に尋ねなかったので、彼が事態に気付き始めているとは想像しなかった瑞麗は、九龍のことを誤摩化してしまい。
それより甲太郎は、マミーズを覗き、寮のあちこちを探し、墓地を探し、と。
九龍を求め、学内を彷徨ってしまう羽目に陥った。
一方、九龍は九龍で。
司書室に隠れていた七瀬を見付け、放課後になったら保健室に行って、瑞麗に匿って貰うようにと告げた後、極力、生徒や教師達との接触を避けながら学内を横切り、何とか、未だ校舎では六時限目の授業が行われている内に、男子寮へと辿り着いた。
正面玄関からではなく、遺跡探索に出る際に使うこともある『抜け道』から中に忍び込んで、素早く自室に入り、遺跡に赴く為の装備一式をスポーツバッグに放り込むと、窓から逃走し、ダッシュで学内の西にある廃屋街へと紛れ、廃屋の一つに潜む。
「どーしよっかなー……。今夜は都合が悪くなった、なーんて言った処で、あの武士殿が納得してくれるとは思えないし、かと言って、甲ちゃんでさえ信じてくれなかった話を説明したって、信じて貰えるわきゃないし……。でも、月魅ちゃんの体で探索はなー……。嫁入り前の娘さんの体に、消えない傷でも残しちゃった日にゃ、大事だしなー……。くおーーーっ! 何て間の悪い日なんだよーーーっ! 月魅ちゃんのままで、誰かに一緒に行って! とは言えないしーー!」
GUN部が、時折開くサバイバルゲーム時以外、滅多なことでは人が来ない廃屋街で、膝を抱えて踞りつつ、九龍はひたすらに喚き。
「やっぱり何とかして、今日の約束はなかったことにして貰おうかな……。間違いなく、新しい扉が開いてると思うけどさ、やっぱりさ、月魅ちゃんの体のままでって訳には…………。……………………約束断ったら、又、扉は閉まっちゃいます、なんてことがあったらどうしよう…………」
何とか、真里野対策の手を打とうと、『H.A.N.T』を取り出した。
「うぇー………………。泣いていいですか…………」
と、図ったように、開いた直後の『H.A.N.T』に真里野からの転送メールが届き、それには、『念の為、お主が逃げ出さぬよう、お主の担任である学園の清楚たる花を預かってある』と書かれており、亜柚子を人質に取られた以上、どうしたって行かない訳にはいかなくなった、と。
彼はより一層、深く膝を抱え。
「甲ちゃーん……。俺、どうしたらいいと思うー……? …………うっ。どうしよう、今度はトイレ行きたくなって来ちゃったよぅ……。……御免よぅ、月魅ちゃんー……」
想い人の名を呟きながら、長らく打ち拉がれていた彼は、心の底から月魅に詫びつつ、スポーツバッグを背負って、ずりずりと、今度はトイレを求めて学内を彷徨い始めた。
甲太郎が自分を捜していることも、彼と、とことん擦れ違い続けてしまっていることも、知る由もないまま。