大分慣れて来たとは言え、元来が、深夜零時を過ぎても「夜はこれから」な京一には、午前五時勤務スタートの早出はかったるいもので。

そこそこには宵っ張りな龍麻も、午前四時には起きた方が無難な早出は、格闘や戦闘などに使うのとは又別な体力を消耗させられるらしく。

その日、早出だった彼等は、勤務明け、遅い昼食を摂った直後から仮眠に突入し、日没近くに目覚めてからも、リビングでだらけ切っていた。

二人共に、フローリングの床に直接腰を下ろし、龍麻はソファに凭れ、京一は龍麻の膝を枕に、グダグダと、他愛無いことを喋り合う。

「うあー……。未だねみぃ……」

「もう少ししたら、夕飯の支度始めるから、京一、出来るまで寝てる?」

「んー……。でもよー、今寝ちまったら、明日が辛いしよー……」

「まあね。ここのアルバイトは楽だけど、シフトだけは無茶苦茶だからねー」

「修行してる時みてぇにさ、起床時間は夜明け、が毎日続くんならいいんだけどな」

「うん。…………あー、俺も、又眠くなって来たぁ……。もう直ぐ中間テストだから、葉佩君と皆守君、今週は遊び来てくれなかったしなあ……。今夜も来ないだろうなあ……。開き直って、寝ちゃおうかなあ……」

「来なきゃ来ないで、ちょいと詰まらねえよな」

何となーく、枕にした龍麻の脚に懐きまくりの京一と、存外柔らかい、京一の、色素の薄い赤茶色の髪を弄ぶ龍麻は、眠気覚ましに『玩具』でもくればいいのに、と酷く勝手なことまで言い出して。

「………………お」

「……あ」

「噂をすれば、何とやら、だな」

「だね。ナイスタイミング。……でも、葉佩君だけみたいだ」

折良く、ピンポーン、と鳴り出したインターフォンと、玄関のドアの向こうから感じる九龍の気配に、二人揃ってだらけを終えた。

「いらっしゃい、葉佩く……──。どうしたの? その格好」

「何だ? どーした、ひーちゃん? …………ああ、何だよ、さっさと上がって来いよ。そりゃそうと、随分気合い入った仮装だな、葉佩。女装大会でもあんのか?」

「葉佩君、コーヒーがいい? それともお茶がいい?」

呼び鈴に応え、玄関を開けたのは龍麻で、彼は、扉を開いたそこに立っていた『見知らぬ少女』にきょとん、とし、中々戻って来ない彼を訝しんだ京一も玄関へと出て来て、が、二人共に、『見知らぬ少女』を、当然のように、葉佩九龍として扱った。

「……………………京一さんと龍麻さんは……二人は……判ってくれるんですねっ!! って、それはそうと、お手洗い貸して下さいっ!!」

二人の様子に、『見知らぬ少女』──九龍は、うるうるっと涙ぐみ、が、三和土にスポーツバッグを放り投げると、トイレに駆け込んで行った。

「何だ?」

「さあ?」

────故に、それより数分後。

幾度も幾度も、くどいくらい月魅に詫び倒して用を足した九龍は、すっきり爽やか! な表情でリビングに入り、己が身に起こった出来事を、京一と龍麻に訴えた。

「ふぅん……。じゃあ、その体は、七瀬さん、って子のなんだ。氣が、葉佩君のものだったからさ。京一が言ってたみたいに、てっきり、仮装か何かしてるんだと思ってた」

「そりゃ又、何つーか…………。…………で、どうだったんだ、葉佩? 女として便所で用足した感想は」

「……京一さん、根っからのスケベですなー。言えませんって、そんなこと。──それよりもー。そういう訳で、どうしても遺跡行かなきゃならなくなっちゃったんで、行って来ます……。お手洗いと、コーヒー有り難うございました。……すんごく、切羽詰まってたんです、トイレ……」

「行くって……一人で?」

「大丈夫なのかよ、お前」

「でも……甲ちゃんも信じてくれなかったし、バディやってくれてる皆にも、月魅ちゃんのままは同行頼めませんし。……ううう、甲ちゃんの馬鹿……。俺のこと心配して、何度かメール打って来るくらいなら、俺の話信じろー……」

「……………………じゃあ、さ。今回だけ特別に、俺達が付き合おうか? いいよね? 京一」

「ああ、いいぜ。お前の言う通り、他人の、しかも女の子の体に、勝手に傷付ける訳にゃいかねえだろ。真里野とかいう執行委員やデカブツとやり合うのはお前の仕事だから、手出しはしてやらねえけどよ。そこまでは、俺達で送ってやる」

「うんうん。戦い辛いだろうしね、他人の体じゃ」

切々と、ひたすら切々と、不幸を語った九龍に、少々同情したのだろう龍麻と京一は、そういうことなら、化人創成の間までなら、護衛をしてやる、と言い出し。

「あ……有り難うございます!! 良かった……! ここにトイレ借り来て良かった……! 二人が、氣が読める人達で良かった……! ラッキー、俺!!」

九龍は、一も二もなく、二人の提案に飛び付いた。

だから、約束の時間の午後七時に、真里野の許へと辿り着けるよう、彼等は早速遺跡へと潜り。

新しく開かれた扉の向こうの区画は、水の間、とも言える場所だった。

ドゥドゥと、至る所に張り巡らされた水路を激しく地下水は流れ、水路の上に渡された木の橋や、水路と水路の間の回廊を無理矢理にでも越えなければ、先に進めぬ構造だった。

罠も多く、仕掛けは少しばかり複雑で、当然、化人も数多蠢いていた。

「…………オヤジみたいな顔した蛙がいる……」

「テカってる辺りもオヤジだな。──とっとと倒すか、可愛くもねえし」

「さんせー」

が、『護衛』の二人は余裕の顔で、化人のビジュアルを採点しつつ、打ち合わせてもいないのに、パッと、京一は右へ、龍麻は左へ、と散って。

「剣掌・鬼剄っ!」

「巫炎っっっ」

剣の、拳の一振りで生み出す、膨大な氣や紅蓮の炎で、彼等は化人を、露と消した。

「うーーーん。反則ですねー、二人共」

「反則って、何が?」

「べらぼうですよ、その強さ」

「まー、俺達ゃ、これしか能がねえしなー」

二人の余りの強さに、罠や仕掛けを解除する以外、することがない……、とちょっぴり黄昏れつつ、まあでも、今夜は月魅ちゃんバージョンな自分だし、と九龍は余り労せず奥へと進んで────辿り着いた、『化人創成の間』の扉前にて。

「本当に本当に、有り難うございました」

彼は、京一と龍麻に、深々頭を下げた。

「いえいえ、どう致しまして。……事情が違えば、この先も付き合ってあげられたんだけどね。葉佩君が、嫁入り前の娘さんの体になっちゃってる今でも、ここから先は多分、『本当の意味での、君達だけの世界』だろうから」

「……はい。俺も、そう思ってます。…………大丈夫です」

「俺達は、臨時の護衛でしかねえしよ。お前の戦いを、おいそれとは手伝ってやれない。よっぽどのことでもありゃ、話は別だがな。……ま、根性据えて、気張って行って来い。思いっ切りやれよ? 一寸やそっとの怪我なら、痕も残らねえように、俺達が治してやっから」

「有り難うございます。期待してまっす! ……じゃ、行って来まーす!」

「気を付けて」

「魂の井戸で、待ってる」

…………そうして。

この先の『世界』には、『今は』関わらない、ときっぱり宣言した龍麻と京一に見送られ、九龍は、悪趣味な扉の向こうへと消えた。